W.D.battlefield |
朝の爽やかな風に、真っ白いシーツが気持ちよさ気に揺れている。 「さてと、終わった」 洗濯かごを抱えて、八戒が部屋の中へと戻ってきた。 サニタリーにかごを片づけて、リビングの時計に目をやる。 「10時ですか…それにしても悟浄は突然飛び出して、何処に行っちゃったんでしょうねぇ」 八戒は小さく溜息をついてソファへと腰を下ろす。 キッチンで洗い物をしていると悟浄が突然買い物に行くと声だけ掛けて、八戒の返事も待たずに飛び出していった。 あまりの早業に、呆気に取られたくらいだ。 「昨日も今朝も何も言ってなかったのに…どうしたんでしょう?」 午前中に賭場や酒場に出かける訳がない。 それに今日の夜は必ず家にいる様に頼んであった。 …悟浄はちょっと真っ青になって涙目で必死に頷いては居たけど。 「まさか逃げたとか?」 その考えも一理あるが、後々の手酷い報復を分かっているはずなので、いくら悟浄でも自分から寿命を縮める様な真似はしないだろう。 はて?と八戒は首を傾げる。 「煙草を買いに行ったにしては遅いですし…」 もうひとつ、可能性としてあることはあるのだが。 「…まさかね」 八戒は自嘲気味に微笑む。 悟浄は曜日や日にち感覚が結構曖昧だ。 今日が何日の何曜日で、ましてや何の日かなんて気にもしてないだろう。 「まぁ、その分僕が覚えていますしね」 悟浄には毎日いっぱい幸せを貰っている。 そのお返しが公明正大に堂々と出来る機会なら、ホワイトデーだって何だっていい。 「でも、昨日のうちに買い物して置いてよかったな。こんな不意打ちされたんじゃ出かけられませんよねぇ」 今日の準備をする為に、八戒は昨日のうちに街へと出かけていた。 食材の買い物はもちろんだが、ホワイトデーのプレゼントを探すのが目的だ。 八戒は散々頭を悩ませ考えて、ものすごくいいモノを思いついた。 折角贈るのだから、悟浄に喜んで貰えるモノ。 愛用して毎日でも使って貰えるモノ。 そして、贈った僕を感じて貰えるモノ。 我ながらいいモノを思いついたと、八戒はご満悦だった。 それ自体は極々当たり前のモノで、きっと悟浄は素直に受け取ってくれるはず。 でも。 それを贈る本当の意味を知ったら。 悟浄は一体どんな顔をするのだろう。 想像しただけで楽しくなってくる。 きっと真っ赤な顔をして、もの凄く照れまくって。 恥ずかしいコトするなっ!って悪態をついたり。 でも、最後には。 嬉しそうに笑ってくれるかも知れない。 八戒はその時に思いを馳せて微笑んだ。 「僕が買い物に出かけるとか考えてなかったんでしょうねぇ。閉め出したりしたら拗ねちゃいますね、きっと」 慌てて飛び出した悟浄は鍵を持っていってない。 リビングにある小物ケースの中に鍵が入ったままだ。 それこそ朝起きた着の身着のまま、上着だけ引っかけて飛び出していったことになる。 「だけど、何をそんなに慌ててたんでしょうねぇ?」 何か緊急な用事でも出来たのかとも思ったが、前日から何も言っていなかったし、朝もそれらしい電話が入ったということもなかった。 「ま、悟浄が帰ってきたらゆっくり聞けばいいか」 八戒は小さく肩を竦めるとソファから立ち上がり、ローチェストにしまって置いた紙袋を取り出す。 袋を開けて中から取り出したのはパーティ料理の特集雑誌。 「さてと。今日は頑張って新作もご披露して豪勢にしましょう!」 八戒は気合いを入れるとパラパラと雑誌を捲った。 「…食え」 ぶっきらぼうに一言だけ呟いて、三蔵は灰皿を引き寄せた。 目の前のテーブルにはギッシリと並べられた料理の数々。 「これ、ほんとに全部食べちゃっていーの?」 悟空は瞳をキラキラと輝かせながら三蔵を見つめた。 街で一番美味しいと評判の中華料理屋に三蔵と悟空は来ている。 昼の時間帯で店内は並んでいる程混雑しているが、二人は直ぐに個室へと案内をされた。 そして程なくして運ばれてきた料理は、全て悟空の大好物ばかりだった。 三蔵は煙草を吸いながら、手酌でビールを飲んでいる。 「好きなだけ食え。欲しいのがあったら勝手に頼んでもいいぞ」 途端に悟空の顔がみるみる嬉しそうに綻んだ。 「ほんとに?ほんっとーにいっぱい食っちゃっていーの??」 それこそ悟空にしっぽでもあったら、千切れんばかりに振っていることだろう。 涎を垂らさん勢いで身を乗り出し、三蔵へしつこく尋ねた。 「いーから、さっさと食え。冷めちまったら旨くねーだろ?」 片手をヒラヒラと振って、悟空へ箸を取る様即す。 悟空はニッコリ微笑むと、漸く箸を握った。 「えへへ…そんじゃ、いっただきま〜っす♪」 料理に一度箸をつけると、後はもの凄い勢いでバクバクと料理を口へ運び出す。 「すっげぇ旨い〜♪」 身悶えしながら悟空が料理の旨さに唸った。 そんな様子を眺めて呆れながらも、三蔵は口端で小さく微笑む。 「おらっ!口にモノ入れながらしゃべんじゃねーよ。少しは落ち着いて食え」 「はぁ〜い!」 悟空は1種類ずつ料理を口に運んでは、じたばたと椅子の上で悶えた。 大喜びで料理を食べている悟空の様子に満足しながら、三蔵も箸を取って食事を始める。 相変わらず個室以外の店内は満席らしく、ざわざわとした喧噪が聞こえてきた。 「でもさ、すぐに通して貰えてよかったよね?これだけ美味しければ人が並ぶの分かるもんなぁ」 えび蒸し餃子を口に放り込みながら、悟空はうんうんと頷いている。 「ここの主人が寺の檀家なんだよ。前から来てくれって言われてたからな」 「へぇ…そうなんだ。じゃぁ、そのために今日街に来たの?」 悟空は小さく首を傾げた。 「そのためだけにわざわざ来るか。街に来てから思いだしたんだよ」 別に食通でも何でもない三蔵が、食事のためだけに街へ出る訳などない。 普段でも三蔵が街に出るのは煙草が切れたとか酒がなくなったとか、生臭坊主の所以と言われる品々を購入するためだけだ。 「ふぅん。じゃぁ、煙草買ったら寺に帰るの?」 北京ダックに齧り付きながら、悟空が三蔵を伺う。 「休みの日に漸く外出したってーのに、辛気くせぇ寺へさっさと帰るか、バカ猿!」 「もうっ!すぐサルって言うなよ〜!!」 ぷぅっと頬を膨らませて、悟空が拗ねた。 「じゃぁさ、ご飯食った後どーすんの?」 悟空は至極まともな疑問を口にする。 時間はまだ昼。 食事が終わっても、まだ夕刻までには大分時間がある。 「もう暖かくなってきたからな。お前の服も買わねーと…去年のは小さくて着れねーだろ」 大分世間の成長期からは取り残されている悟空も、少しづつではあるが大きくなっている。 それに普段から悟空は遊びまくって汚したり破いたりは日常茶飯事、何枚あったって困るモンでもなかった。 その度にハリセンを振り回す方としては忙しくって仕方ないが。 「三蔵は?服買わないの??」 「俺は殆ど法衣で過ごしてるからいらねーよ。別にお前みたいに成長してる訳でもねーし」 悟空は三蔵を見つめながら少し残念そうに俯いた。 「何だ?」 「ん…だってさぁ。俺、三蔵の私服姿って好きなんだもん。もっと違うのも見たかったなぁって」 ほんのり頬を染めながら俯いて拗ねる悟空に、三蔵は絶句する。 計算の無い殺し文句程質が悪い。 一瞬、理性が切れかけたが、渾身の忍耐で踏みとどまった。 さすがにココで押し倒す訳にはいかないと分かるぐらいには、三蔵も冷静さを保てた様だ。 「…別に、今見てるだろーが」 何事もなかった風を装い、三蔵はグラスのビールを煽る。 つられて悟空もお茶に口を付けた。 「そうだけどさ…もっといっぱい見たいし。あっ!そうだ!!」 突然悟空が大声を上げる。 あまりの不作法に三蔵は額に血管を浮かべて、ハリセンを喰らわそうとした。 「俺、三蔵とお揃いの服が欲しい♪」 「はぁ!?」 三蔵は驚愕のあまり声が裏返ってしまう。 自分とお揃い、ということは? 世間で言うところのペアルック。 冗談じゃない! そんなモン八戒当たりに知れたら何を言われるか、想像するだけで銃を乱射したくなる。 「ダメ?さんぞー…」 小首を傾げて悟空が三蔵を上目遣いにじっと見つめた。 否、と言おうとしたまま三蔵がぐっと喉を詰まらせる。 どうやって諦めさせようかとグルグル考えていると、次第に悟空の大きな瞳に涙が浮かんできて、三蔵はらしくもなく益々混乱してしまった。 「お前と俺とじゃサイズが違いすぎるだろ」 「じゃぁ、同じのじゃなくってもいいから、似た様なのが欲しいっ!」 悟空が力を込めて三蔵へと懇願する。 このままだとイイと言うまで悟空は諦めないだろう。 眉間を指で押さえながら、三蔵は深く溜息を零した。 「…分かった。そのかわりシンプルなモンにするからな」 「うんっ!!」 途端に悟空の表情が嬉しそうに輝く。 まぁ、シンプルなモノを選べば、例えデザインや色が同じでもペアルックとは思われないはず。 三蔵にしてみれば限界ギリギリの妥協案だった。 「おい、何時までもしゃべってねーでさっさと食え」 とりあえず悟空の気を逸らそうと、三蔵は料理へと箸を延ばす。 「あ、うん。あ!三蔵、桃まん食べてもイイ?」 「…注文しろよ」 「やりっ♪あ、すみませ〜ん!桃まん一つね〜」 嬉々として追加注文している悟空を眺めつつ、三蔵は内心でほっと安堵した。 実のところ、周りの反応がどうだろうと、悟空が自分とペアルックがしたいと言い出したことについては、満更悪い気はしていない。 三蔵はグラスで口元を隠しながら、ひっそりと嬉しそうに微笑んだ。 ちょうど三蔵と悟空が食事をしている同じ頃同じ街で。 悟浄はあるモノを探してショーウィンドウをキョロキョロと覗き込んでいた。 「どれがいいかなぁ〜」 悟浄が来ていたのは、自分も普段利用しているとあるショップ。 いつもは愛用している物を購入するだけなので、大して時間など掛かったことがない。 しかし今回は八戒にあげるものなので、品物を眺めつつ腕を組みながら思案していた。 自分の好きな物ではなく、八戒のイメージで選ばなくてはいけない。 八戒のイメージ…。 「アイツ、両極端だからなぁ…」 一見綺麗な顔で爽やか笑顔の好青年。 実際は毒舌吐きまくりで、腹の中真っ黒な鬼畜ヤロー。 性欲なんかありませ〜んな清廉な外見に反して、色欲絶倫で楽しげに恥ずかしいことをスルしさせたりもする厚顔無恥。 さて、どちらのイメージで買うべきか? 当然後者を選べば、ソレを選んだ理由がバレた時に八戒が何をするか分かったモンじゃない。 「うぅぅ〜、恐いこと考えちまった…」 ガックリと項垂れながら悟浄は頭をブンブンと振るった。 先程から挙動不審な行動をとる色男に、店内の女性客から好奇の視線が集中する。 いつもなら直ぐに気づいて体裁を繕うが、自分の考え事に一生懸命な悟浄は全く気付いてなかった。 「でもなぁ…俺との組み合わせもあるから、その辺も考えねーと。つーと、やっぱ爽やか路線か?」 一人ブツブツとショーウィンドウに向かって独り言を呟く姿は、ハッキリ言ってマヌケだ。 悟浄は数種類のモノを手にとってそれぞれ確認をしてみる。 「んー?こっちよりこれかなぁ…悩むよりは第一印象で決めた方がいいだろ。これなら多分八戒も気に入るよな?」 悟浄はニッコリ笑うと、決めた品物を手にとってレジへと向かった。 「こちらは贈り物でらっしゃいますか?」 レジの女性定員が愛想良く尋ねてくる。 「あ…そう。包んで貰えるかな?」 何となくうっすらと頬を紅潮させながら、悟浄はニッコリと微笑んだ。 普段プレゼントなどしないから、何となく気恥ずかしい。 しかも贈る相手が八戒だと思うと尚更だ。 会計を済ませると、女性店員がレジ下の棚から数種のラッピング洋品を取り出す。 「こちらの中からお好きな色を1種類ずつお選び下さい」 包み紙とリボンを選べるらしい。 悟浄はじっと少し考えて眺めると、 「じゃぁ、包装はコレで。リボンはコレにして貰える?」 「承知致しました。少々お待ち下さい」 軽く会釈をして、女性店員は梱包をし始めた。 悟浄が選んだのは黒地に細いストライプの入った紙と、鮮やかな緑のリボン。 『やっぱ、八戒のイメージってコレだよなぁ〜』 緑は悟浄を惹き付けて止まない、深い翡翠色の瞳。 黒は…八戒の真の性格にピッタリ、と悟浄は内心ほくそ笑む。 「お待たせ致しました」 綺麗にラッピングした品物を紙袋へ入れて、女性店員は悟浄に差し出した。 「あ、どーも」 悟浄は微笑みながら受け取る。 散々頭を悩ませたモノもどうにか手に入れると、悟浄はホクホクとご機嫌で店を出た。 後はどうやって八戒に渡すか。 楽しそうにアレコレ考えながら、悟浄は軽い足取りで自宅へと向かった。 |