W.D.battlefield |
帰る途中に煙草を買い、足取り軽やかに悟浄が家の近くまで戻ってきた。 悟浄はピタッと立ち止まると、右手にぶら下げた紙袋に視線を落とす。 「…これじゃすぐにツッコミが入るよな」 さてどうしようか?と悟浄は腕を組んだ。 とりあえず煙草のカートン箱を足許に置くと、袋からプレゼントを取り出した。 それを上着のポケットへと突っ込み、紙袋はたたんで上着の中から背中に回してジーンズのウエストに差し込む。 「こんなモンでバレねーだろ」 悟浄が満足げに頷きながら煙草を拾い上げた。 ふと、我に返ってガックリと肩を落とす。 「何で俺…ここまでしなきゃいけねーんだか」 額を抑えて自嘲の笑みを浮かべるが、楽しいんだからしようがない。 悪戯を仕掛ける子供の気分で、何だか笑いが込み上げてきた。 上機嫌のまま、悟浄は自宅の扉に手を掛ける。 一瞬躊躇するが何食わぬ風を装って、大きく扉を開けた。 「たっだいま〜♪」 玄関から声を掛けると、キッチンからもの凄い勢いで八戒が突進してくる。 「悟浄っ!いいところに帰ってきてくれました!!」 「………あ?」 唯ならぬ雰囲気の八戒に、悟浄の額から冷や汗が噴きだした。 つい、条件反射で後ずさってしまう。 八戒は鬼気迫る顔で悟浄の肩をガッチリと掴んだ。 「大変なんですっ!僕としたことが初歩的なミスを…あああぁぁっっ!?」 世も末と言わんばかりに、八戒がガックリと項垂れる。 さすがに悟浄も顔が引きつってきた。 そんなに嘆く程重大なコトが起こったのか? 「気づかなかったんです…今の今まで…」 「…で?何があった訳?」 悟浄の肩に縋り付いて悲嘆に暮れていた八戒の掌が滑り降りて、ちゃっかり悟浄の尻を撫で回しているのをビシッと払い除けた。 「小麦粉を買い足すのを忘れていたんです〜」 「あ、っそ。んじゃ小麦粉使わねーモノ作ればいいじゃん」 「そんなのダメですっ!!」 思いっきり耳元で叫ばれて、悟浄が八戒の頭を叩く。 「うるせーっ!ちょっとは落ち着けっての!」 八戒は叩かれた後頭部をさすりながら、恨めしそうに悟浄を見つめた。 「だって、小麦粉なんて料理では基本の材料ですよ?無いとメチャクチャ困ります」 「いや…だからさ。今日一日ぐれぇ使わなくったていーんじゃねーの?って話で」 「イ・ヤ・ですvvv」 ニッコリと全開笑顔で八戒が即答する。 「と、言う訳で。僕はこれから街に小麦粉買いに行きますからね!あー、本っ当〜に帰ってきてくれてよかったですよ〜」 八戒は慌ただしくエプロンを外すと、玄関先に掛けてある上着を手に取った。 「何で?別に鍵持ってるんだから、俺待たなくっても出かければよかったのに…」 「悟浄…コレなんでしょう?」 八戒の指先にはシルバーチェーンの付いた家の鍵。 「あ…あれ?俺、持って出なかったんだっけ?」 悟浄は笑って誤魔化しながら視線を逸らす。 そんな様子に八戒は苦笑しながら溜息を零した。 「そうですよ。いきなり何も言わずに慌てて出かけてしまうから。心配したんですよ?そういえば買い物に行ってきたんじゃなかったでしたっけ?」 「ん?買ってきたけど?ホレ」 悟浄はひょいっといつものブルーの箱を振って見せる。 それ以外は手ぶらの悟浄に八戒は首を傾げた。 「それだけですか?その割りに随分遅かったじゃないですか」 「あー、煙草買ってからコーヒー飲んで来た」 悟浄はリビングのソファに腰を下ろす。 持っていた箱のセロファンを取って、煙草をばらして出すとローテーブルの上に並べていった。 「コーヒーでしたら僕いれましたのに…ちゃんとイイ豆買ってありますよ?」 「ホラ、街に新しいオープンカフェ出来たじゃん?あそこのフレーバーコーヒーってのを飲んでみたかったんだよ」 実際は考え事をしていて味なんか全く分からなかったけど。 八戒は納得いったように小さく頬笑んだ。 「ああ、何か色々な種類があるんですよね〜」 「そういうこと。お前も小麦粉買ったついでに飲んできてみれば?結構八戒が好きそうな雰囲気の店だったぜ?」 封を切って旨そうに煙草を吸い始めた悟浄を八戒は見下ろした。 少し考えてから、小さく首を振る。 「いえ、今日はやめておきます。今度本を買った時にでもゆっくり行くことにしますよ。それじゃ僕出かけてきますから…あ、悟浄!着ている上着その辺に放り投げておかないで下さいよ?」 「はぁ〜い、了解」 悟浄はヒラヒラと手を振って八戒を送り出す。 「あ、悟浄出かけたりしませんよね?僕鍵持っていきませんから」 「…昨日絶対出かけるなって、爽やか〜にお願いしてたのはどちら様でしたっけ?」 昨夜のことを思い出して、悟浄はキッと八戒を睨め付けた。 「あははは〜♪それじゃ、行ってきますね」 財布を上着のポケットに入れると、八戒は街へと出かけていった。 悟浄はソファから立ち上がり、さり気なさを装って八戒の後ろ姿を窓から見送る。 その姿が見えなくなると、ガサガサとプレゼントと袋を取り出した。 「しっかし…上着のこと言われた時には一瞬バレたかと焦ったなぁ〜」 脱いだ上着をポイッとソファに投げると、スタスタと自室へ向かう。 部屋に入ってきょろきょろと室内を眺めると、クロゼットにプレゼントをとりあえず隠した。 万が一、八戒が戻ってきて掃除を始めたとしても、クロゼットの中までは覗いたりしない。 「後は夜を待つのみ〜♪」 リビングに戻ると悟浄はソファへと転がった。 ふとローテーブルに視線を向けると、さっきは気づかなかった雑誌が置いてある。 寝そべったままの体勢で腕を伸ばし、雑誌を引き寄せた。 「なになに?『今夜のおかず』?アイツ…すっかり主婦じゃねーか」 呆れながら悟浄が雑誌の表紙に目を走らせる。 「えーっと『特別の日のパーティー料理特集』だと?もしかして…」 何となく八戒がこの雑誌を買った理由が分かってきた。 さっきのたかが小麦粉ぐらいで妙に力の入った言い訳といい、この本といい。 もしかしなくても、きっと。 「あ〜あ。ほーんとアイツってばイベント大好きヤローだよなぁ」 そういう自分もしっかりノッてやってるんだけど。 悟浄はおかしそうに笑うと、そのまま目を閉じた。 何だか朝からエライ頭使って眠くなってくる。 どうせ八戒が帰ってきたら起こされるんだろうし。 それなら、このまま寝てもかまわねーよな。 悟浄は心地よい睡魔に身を任せる。 暫くするとリビングからは穏やかな寝息が聞こえ始めてきた。 ゆっくりとした昼食を取り終わって、三蔵と悟空は店から出てきた。 時間は2時近くになっている。 三蔵が歩き出すのに、悟空は慌てて付いていった。 置いて行かれないように、悟空はハリセンを覚悟で後ろから三蔵の腕へとしがみつく。 ぎゅっと目を瞑って頭上に訪れる衝撃を待つが、いつまで経ってもハリセンは降ってこなかった。 悟空は恐る恐る目を開けて、三蔵をじっと見上げる。 三蔵の方はチラッと視線を向けただけで、何も言わずにそのまま歩き始めた。 「さっ…さんぞ?あのさっ」 悟空が慌てて話しかけるのを遮るように、三蔵が腕を振り払った。 自分の腕から擦り抜けていったモノを呆然と眺め、悟空は何だか悲しくなってしまう。 いつもと様子が違う三蔵に、ついつい悟空も甘えてしまった。 もしかしたら調子に乗りすぎたのかも知れないと、悟空はしゅんと俯いた。 「…ぶら下がられると重いんだよ。」 「え?」 悟空が慌てて三蔵を見上げる。 三蔵の不機嫌そうな表情は相変わらずだが、何だか瞳の色が違って見えた。 すごく優しくて、暖かいような。 ぼんやりと三蔵を見上げたままで居る悟空の手を、三蔵はぎゅっと握り締めた。 その掌の感触で、はっと悟空は我に返る。 途端に顔を真っ赤に紅潮させてわたわたと慌てだした。 「さっさんぞっ!?あのっ…えっと??」 「いつまでも立ち止まってたらジャマだろうが、さっさと行くぞ」 前を向いて歩き出す三蔵は悟空の手を握ったまま。 半ば引きずられるように三蔵の後を付いていた悟空が、やがて嬉しそうに頬笑んだ。 ぎゅっと三蔵の掌を握り返す。 「なーなー!服買いに行くんだよな?」 三蔵の掌に甘えながら、悟空は三蔵を覗き込んだ。 「ああ、とりあえず向こうの通りに…あ、ちょっと待て」 いきなり三蔵が立ち止まる。 ふっと視線を流すと、その先にはオープンカフェがあった。 何も言わずにすたすたと三蔵がオープンカフェに入っていくと、悟空を席に座らせる。 「さっき煙草が切れたんだ。買ってくるからそこで待ってろ」 ウェイターにオレンジジュースを頼むと、三蔵はそのまま煙草を買いに行ってしまった。 途端に一人になってしまった悟空は、つまらなそうに足をブラブラと揺らす。 ふと視線を前に向けると、目の前のお菓子屋にやたらと人だかりが出来ていた。 「何だろう?すっげー混んでるよなぁ」 小さく首を傾げながら店の様子を観察していると、大きなポップが目に入る。 「3月14日は愛のホワイトデー?14日って今日じゃん。ホワイトデーって何だろ?」 聞き慣れない言葉に悟空はうーんと唸ってしまう。 ジュースを飲みながらぼんやりと考え込んでいると、隣の席で女の人がハイテンションで話をしているのが聞こえてきた。 「へぇ、彼氏随分奮発したんだ〜。綺麗な石じゃない?指輪」 「でしょう?何かやっぱ嬉しいよね。こういうモノを贈られると愛されてるって実感するって言うの?」 「やぁ〜ねぇ、惚気てるの?はいはい」 「ねーねー、アレ見てよ。みーんな気合い入ってるよね〜、ホワイトデー」 「そりゃぁ、バレンタインで彼女から気合いの入ったチョコを貰ったら、ホワイトデーにしっかりお返ししないと彼女が怒るんじゃないの?」 女性達の会話に『ホワイトデー』と言う言葉が聞こえて、悟空は興味津々で聞き耳を立てる。 「あら?あんたそーんなに彼氏のこと脅した訳?」 「失礼ねっ!そんなコトしないわよ。コレは〜、あの人が私をものすっご〜っく愛してるって気持ちをお返ししてくれたのvvv」 「じゃぁ、バレンタインデーにはちゃ〜んと愛を上げた訳?」 「もちろんっ!バレンタインに上げたから、こうしてホワイトデーに愛情を示してくれたんじゃないの!」 「へぇ、以外とあんたの彼氏って真面目なのねぇ。イメージ湧かないけど」 「失礼ねっ!悔しかったら彼氏作りなさいよね」 「大きなお世話!それにしてもさぁ、随分彼氏も気が利いてるわよね?指輪欲しいって言ってたもんね〜」 「ふふふ…ちゃーんと私が何を貰えれば喜ぶか、愛してるから分かってるのよ」 「はいはい、ごちそうサマ」 ふんふんとコトの成り行きを伺っていた悟空は、ストローを口に銜えながら女性達の話を整理してみた。 えーっとぉ…ホワイトデーってのは大好きな人にお返しをするんだよな? で、それはバレンタインに上げたから返してくれたって言ってたっけ? んとんと、ようするに…ホワイトデーってバレンタインのお返しをする日なの? と、言うことは? 俺もバレンタインに三蔵へチョコ上げたよな? やっぱ三蔵がすっげー大好きだからどうしても上げたかったし。 そんで、三蔵も俺のことスキってゆってくれて…そのそのっ!えっとっ…いっぱいえっちなコトしてくるし。 でもそれは大好きだからスルんだって三蔵ゆってたから。 えと?それで今日はホワイトデーってバレンタインの〜大好きのお返しをする日なんだよな? で、お返しは俺が喜ぶコトをしてくれるってことで。 それって… 漠然と頭に浮かんだ結論に、悟空は顔と言わず全身を真っ赤に紅潮させた。 「もしかして三蔵…今日遊びに連れてってくれたのって」 きっと三蔵は今日ホワイトデーのお返しに、自分を遊びに連れ出してくれたんだ。 ずっと前から三蔵と遊びに行きたいって言ってたから。 俺が言ってたこと、ちゃんと覚えていてくれて。 「どーしよぉ…すげー嬉しいかも」 紅潮しすぎて火照った頬を、悟空は掌で覆う。 何だか嬉しすぎて三蔵と顔を合わせるのが恥ずかしくなってしまった。 「…何やってんだ?お前」 突然頭上から呆れ返った声が聞こえてくる。 どうやら気づかないうちに三蔵が戻ってきていたらしい。 三蔵が居ることにも気づかないで、一人ジタバタと悶えてしまったようだ。 「なっ…何でもないっ!」 「何か顔が赤いな…熱でもあんのか?」 三蔵の掌が悟空の額に触れる。 途端に悟空の顔が火を噴くように更に真っ赤に染まった。 そのまま悟空はどうしたらいいか分からず硬直してしまう。 「おい?どうしたんだ、サル??」 悟空の訳の分からない反応に、三蔵の眉が顰められた。 腰を屈めると、悟空の顔を覗き込んでくる。 「えと…あのっ…」 言い淀みながらも、悟空の視線がチラチラと前方へと向けられた。 三蔵はその方向、自分の背後へと振り返ってみる。 「………。」 振り返った先には人でごった返した菓子屋があり、しつこい程『ホワイトデー』のポップが貼り付けられていた。 視線を戻して、三蔵は悟空を見下ろす。 「お前、ホワイトデーの意味…知ってるのか?」 とりあえず確認してみると、悟空が恥ずかしそうに俯きながら小さくコクンと頷いた。 散々照れまくっている悟空の様子に、三蔵は小さく苦笑する。 少しは成長して自覚しやがったのか? 満足げに頬笑むと、悟空の腕を掴んで立ち上がらせた。 「ほら、行くぞ」 三蔵は自分の掌を悟空の方へと差し出す。 相変わらず悟空は真っ赤な顔で俯いていたが、おずおずと三蔵の掌をとって自分の指を絡めた。 その手を握り返して、三蔵は歩き出す。 三蔵の顔を見上げながら、悟空は幸せそうに頬笑んだ。 |