W.D.battlefield |
「ただいま、悟浄…悟浄?」 いつもならすぐに帰ってくる返事がないのに気づき、八戒は首を傾げる。 視線を部屋の中に巡らせると、ソファのアーム部分から紅い髪が零れ落ちていた。 そっと近づいて八戒が覗き込む。 ソファでは気持ちよさそうに悟浄が昼寝をしていた。 呼吸は規則正しくて、かなり深く寝入ってるらしい。 「全く…上着は放り投げないでって言ったのに。返事だけなんだから」 八戒は小さく溜息をつくと、背凭れに掛かったままの上着をそっと取り上げ、自分の上着と一緒にハンガーへと掛けた。 「ん…?」 ソファの方から子供がむずがるような小さい声が聞こえてきた。 上着を取った時にどうやら覚醒したらしい。 八戒は苦笑しながら悟浄の方へと近づいた。 まだ寝ぼけているのか瞳はぼんやりと焦点が定まらず、天井を眺めたままでいる。 「悟浄、起きて下さいよ」 そのまま瞼を閉じそうな悟浄に向かって、八戒はポンポンと肩を叩いた。 「っれ…?はっかい…」 寝起きで事態がよく分かっていない悟浄は、小さく首を傾げて八戒を呼ぶ。 「はい、ただいま♪」 八戒はニッコリ頬笑みながら、そっと顔を近づけて悟浄の唇にしっとりと口付けた。 それでもまだ寝ぼけている悟浄は、条件反射で腕を伸ばすと八戒の頭を抱え込む。 「ん…っ」 誘うように開いた唇から、八戒の舌が嬉しそうに進入してきた。 根元からねっとりと舌を絡め取られて強く吸い上げられてから、漸く悟浄はハッと我に返る。 「うわわっ!いきなり何してんだよ、八戒!?」 悟浄は八戒を強引に引き離すと、真っ赤に赤面しながら大声で叫んだ。 心なしか、身体も逃げを打つように、狭いソファの上で後ずさる。 昼間っからハードワークに付き合わされては堪ったモンじゃない!と、悟浄は警戒するネコのように八戒をじっとりと睨み付けた。 しかし、真っ赤な顔をして荒く呼吸を乱してうるうると涙目で睨まれても、迫力はまるっきりゼロだったが。 そんな悟浄を楽しげに眺めながら、八戒は内心『悟浄ってば何時までも僕に対してだけは初々しいですねぇ…すっごく可愛いvvv』などと、自分本位にクサッたコトを考えたりしていた。 「もーっ!何だよ!!いきなり昼間っから寝込み襲うなよな〜」 「言っておきますが、誘ったのは悟浄の方ですよ?僕は起こそうとしただけなのに、可愛い顔して甘えるように僕にぎゅっとしがみついたりしたから」 「…忘れろ。寝ぼけていただけだ」 悟浄はバツ悪そうに視線を逸らしながら、ゴニョゴニョと呟く。 「いーえ!ぜ〜ったい忘れませんvvvああっ…いつも思うんですけど寝ぼけたままの悟浄は本っ当に凶悪な程愛らしいですねぇ〜♪もー、毎回僕は貴方に理性を試されてるようで…罪作りなヒトですねぇ」 八戒は勝手に陶酔しながら、ホゥと溜息なんかついたりしている。 どうも悟浄には理解不能な遠くのお空にイッちゃってるらしい。 「ぐわっ!寒っ!!気色悪いコトベラベラしゃべってんじゃねーよっ!」 悟浄は全身に鳥肌を立てながら、思いっきり眉を顰めた。 「そんなに照れることないのに〜vvv」 「照れてんじゃねーっ!ばかっ!!」 さすがに我慢の限界がきて、悟浄は思いっきり八戒の後頭部を小突く。 「いたっ!もぅ…じゃぁ照れじゃないなら何ですか?」 いきなりの反撃に、悟浄は一瞬固まってしまう。 悟浄がひそかにお気に入りの花が綻ぶような極上笑顔で、八戒は可愛らしく首を傾げた。 『八戒の本性知らないヤツならコロッと一発で撃沈だろうなぁ〜』などと悟浄は人ごとのように考えていたが、すっかり見惚れてる段階で悟浄も御同様だとは気づいていない。 「悟浄?そんなに見惚れる程、僕の顔が好きなんですか?」 八戒に声を掛けられるまでボーッと惚けていたことに気づき、悟浄はカッと頬を紅潮させて頭を振った。 「べっ…別に!八戒に…みっ見惚れてた訳じゃ…」 動揺してしどろもどろに言い訳をしていては肯定しているようなモンだ。 その辺は八戒も確信犯的にわざとやってたりしている。 「そうですか?まぁ、いいんですけど♪」 八戒はニッコリと楽しそうに頬笑んだ。 こういう風にあっさりと引かれてしまうと何だか軽くあしらわれた気がして、悟浄はムッと不機嫌に八戒を睨む。 小さく溜息をつくと八戒はソファに腰掛けて、そっと悟浄の身体を抱き締めた。 悟浄はすっかりご機嫌斜めに拗ねていたが、八戒の腕を振り解こうとはしないで大人しく腕の中に収まっている。 「全く…子供みたいに拗ねたりしないで、ね?」 「わぁ〜るかったな、ガキみてぇな真似して」 抱き締めている八戒の肩口に額を付けて、悟浄はブツブツと文句を繰り返す。 「じゃぁ、コレ上げますから機嫌直して下さい」 腕の中から悟浄を解放すると、八戒は手を取ってポンッと袋を置いた。 「何だぁ〜?飴??」 悟浄の手の上には小さなキャンディーが数個入った袋が乗っている。 じーっと袋を疑視しつつ、悟浄の眉間にだんだん皺が寄ってきた。 まさか、コレがホワイトデーのお返しとか言うオチ? どう見てもコンビニでも売ってそうな安価なキャンディーの袋。 品物の金額イコール愛情の深さと判断するオンナの様な事はさすがに悟浄も思わないが、相手が八戒だけに何となく気落ちしてしまう。 悟浄のウケを狙ったとも考えられるが、それにしては今ひとつインパクトが弱いし。 もうちょっと、こう、何かあるだろう! 俺だってすっげー頭使って散々考えたのに。 そう思えば思う程、何となく期待していたホワイトデーも寂しく感じてしまう。 さて、どういう反応をしたものかと悟浄が思案していると、 「さっき、いつもの商店で小麦粉買ったらオマケでくれたんですよ〜」 ニッコリと八戒は微笑んだ。 「は?オマケ??」 「ええ。今日はホワイトデーだからでしょうか…買い物したお客さんに配っているそうなんですよ」 「へー…そう」 悟浄は思いっきり気の抜けた返事をしてしまう。 よくよく見れば、セロファンに貼ってあるシールの『HAPPY WHITE DAY!』と書かれた下に商店名がちゃっかり入っている。 らしくもなく無駄に悩んでしまった。 悟浄は気恥ずかしさを誤魔化すために、キャンディーを眺める振りをして顔を伏せる。 「あ、心配しないでも大丈夫ですよ?いくら僕でもアダルトショップで、催淫剤入りのキャンディーなんか買ったりしてませんから〜♪」 「そんなこと聞いてねーっっ!!」 真っ赤な顔で悟浄が憤慨する。 でも、八戒なら案外やりそうかも?と内心思っていると、 「そんな効果が不確かなモノ買うよりは自分で作りますよvvv」 八戒は爽やかな笑顔で悟浄を奈落の底へ突き落とした。 「そんなことしなくてイイ…つーかするなっ!!」 もーヤダ、コイツ〜!と悟浄は嘆きたくなる。 ガックリとソファに懐いて項垂れていると、ふいに八戒が背中を抱き締めてきた。 脈絡もない八戒の行動に、居心地悪くて悟浄は身体を捩る。 「悟浄…今日がホワイトデーだって知ってたんですね?」 耳元で八戒が溜息混じりに囁いた。 突然ホワイトデーのことを振られて、悟浄の心臓がドキッと跳ね上がる。 「んー?そりゃぁあれだけ街中が浮かれてりゃ、いくら何でも気付くだろ?」 悟浄は脈打つ鼓動をどうにか宥めつつ、何でもないことの様に応えた。 「それに…八戒は何かくれるんだろ?」 背中越しに振り返ると、楽しげに悟浄は笑う。 八戒は驚いて一瞬目を見開き、苦笑しながら悟浄の肩口にこつんと額を乗せた。 「もちろんですよ…期待してて下さいね」 「すっげー自信満々な訳?」 「そうですねぇ…割と自分では良いモノが見つかったと思ってますよ?」 「へぇ?それは楽しみだな」 肩口に俯く八戒の髪に頬を寄せて、悟浄は嬉しそうに微笑む。 「でも、正直以外でした」 「…何が?」 八戒が視線を上げて悟浄を見つめた。 何となく意味深に瞳が笑ってる様な。 「悟浄って、ホワイトデーとか全然気にしない人なのかと思ってました。今までだって女性からいっぱいチョコを貰ってた訳でしょう?それにいちいちお返しなんかしてたら大変でしょうし…お返しを宛にしているとか、そういうことに拘らない女性からしか受け取ってないんじゃないかと」 「…なーんだよ、それ嫌味?」 思いっきりムッとして悟浄は八戒を睨め付ける。 しかし八戒の推論は全く以て当たっていた。 オンナは大好きだから、モテるのはやっぱり嬉しい。 でも面倒なことはキライ。 見返りを期待されても鬱陶しいだけで。 誰かに執着するとか、恋愛感情を持つとか。 そういう事とは自分は一生無縁だと思っていた…八戒と出会うまでは。 誰かの誕生日を気にするとか、クリスマスや正月を二人で一緒に過ごすとか。 ましてやバレンタインにソワソワしたり。 こうしてホワイトデーにお返しを考えてメチャクチャ頭を悩ませたりなんか、今までしたこと無かったけど。 コレが相手が喜んでくれるためとか思うと、ワクワクしたりして。 あー何か俺ってば結構純愛しちゃってるのかね〜? なーんて考えたりして勝手に赤面したり。 そういう複雑微妙な俺の心情も分かれっての! 一人ぐるぐる考えて不機嫌さを増す悟浄とは逆に、八戒はくすくすと楽しそうに笑った。 「違いますよ〜。だって僕すごい嬉しいですもん」 「はぁ!?何が??」 ネチネチと昔の所業で嫌味を言われるのかと思いこんでいた悟浄は、全く逆のことを言われ思いっきり驚く。 「だって、今まで気にもしてなかったホワイトデーのことを、悟浄はちゃんと知っていてくれたんですから。それって…」 今は僕が側に居るからでしょう?とあえて言葉を途切らせ、八戒は艶やかに微笑むことで悟浄へと伝えた。 いきなり図星を突かれて、悟浄の顔がかぁっと真っ赤に染まる。 「あ…う…っ…」 言い返そうにも酸素を求める金魚の様に口をパクパクとさせて、上手く二の句が告げられない。 一人パニックを起こしている様子を八戒は嬉しそうに眺めると、強く悟浄を抱き締めた。 「悟浄…愛しています」 八戒がわざと意識して低く甘い声で耳元に囁くと、悟浄は服から覗いている首筋までも真っ赤に染めて恥ずかしそうに更に俯いてしまう。 それでも悟浄は腕の中から逃げようとはしなかった。 「悟浄?」 「…何だよ」 「僕のこと…好きですか?」 「………。」 「…悟浄?」 もそもそと八戒の腕の中で動くと、悟浄は正面を向いて恨めしそうに睨め付ける。 真っ赤な顔をしてあまりの羞恥に瞳を潤ませて見つめてくる悟浄に、八戒は激しく雄の本能を煽られた。 しかし、ここで暴走してはこれからの計画が無駄になってしまうと、渾身の理性で衝動を押さえつける。 そんな八戒の思惑など悟浄は微塵も気付かずに、唇を尖らせてじっと睨んでいた。 「あのな…俺が大人しくこぉ〜んなコトしてんのに分かんねーの?」 悟浄は腕を伸ばして八戒の頭を抱き寄せる。 「分かってはいますけど…言葉を返して貰えるのって嬉しいモンなんですよ?」 八戒が悟浄の髪に鼻を埋めて、甘える様に頬を擦り寄せた。 「う〜ん…」 確かにそれは一理あるか。 俺だって八戒に言われるのは嬉しいし。 悟浄はしばし考え込んでしまう。 分かってはいても恥ずかしいモンは恥ずかしい。 「じゃぁ、ソレをホワイトデーのお返しに下さい」 「へ?」 真正面から悟浄を見つめたまま、八戒はコツンと額を付けた。 「ホワイトデーのお返しに…悟浄から僕に言葉を下さい」 じっと熱を孕んだ視線で見つめられて、落ち着いていた羞恥心がまた沸き上がる。 「何か…それって違うんじゃね?」 悟浄は両手で八戒の頬を包んだ。 「何かと引き替えとかで気持ちって伝えるモンじゃねーだろ?」 「そうです…よね。すみません、僕…」 寂しそうに微笑んで謝ろうとしていた八戒の唇に、ふわりとした熱が重なった。 「………え?」 すぐに離れていった感触を、悟浄が自分に口付けたからだとすぐには気付かなかった。 目の前で悪戯が成功した様に無邪気に笑う表情を、八戒はぽかんと呆けて見つめてしまう。 「…夜になったらさ、イイコト教えてやるよ」 「何ですか?」 「だから、夜になったら…な?」 くくっと喉で堪えながら笑い、悟浄は八戒をぎゅっと抱き締めた。 小さく溜息を漏らしながらも八戒は抱き締め返して、悟浄の耳元に唇を寄せる。 「実は…僕にもあるんですよねぇ」 「ん…何だよぉ?」 悟浄は拗ねる口調で聞き返しながら、答えを即して八戒の耳朶を甘噛みした。 「ですから…僕も夜になったら教えてあげます」 お返しとばかりに、八戒は悟浄の首筋に歯を当てながら強く吸い上げる。 「んっ…何かソレってさぁ」 「同じ理由…みたいですねぇ」 間近に互いの目を見つめ合いながら、二人同時にプッと思いっきり吹きだした。 「うわっ!何ソレ〜!!いやぁ〜ん♪寒すぎ〜!!」 ゲラゲラと大爆笑しながら、悟浄は八戒の肩口に突っ伏す。 「まぁまぁ。ラブラブカップルってことでいいじゃないですかvvv」 「…何真顔で言ってんだよ、ばか」 ペシッと八戒の頭を叩きながら、悟浄が勢いを付けて立ち上がった。 「どうしました?悟浄」 「あー?何か喉が渇いたからビールでも…」 「…悟浄?」 八戒のほのぼの笑顔の背景には、心臓までも凍り付きそうな極寒ブリザードの嵐。 「昼間だからコーヒーにします…」 怯えながら悟浄はキッチンへと逃げた。 苦笑しながら八戒も立ち上がる。 「さてと、僕も準備をしなくちゃ!」 買ってきて放置したままの小麦粉を手に取ると、悟浄の後を追ってキッチンへと向かった。 |