W.D.battlefield

「おい、悟空。ちょっと来い」
キョロキョロと店内を眺めながら回っていた悟空は、三蔵に呼ばれて駆け寄った。
「なに?三蔵??」
Tシャツを手に持った三蔵が、それを悟空の胸元に当ててみる。
「…お前、あんま成長してねーな」
つい、三蔵は悪気もナシに本音を漏らしてしまう。

元から悟空は同年代の子供達と比べても、かなり小柄だった。
きっと八戒と悟浄も未だに悟空のことは、12〜3歳ぐらいだと思いこんでいるらしい。
実際は15歳なのだが。
その辺聞かれてもいないことを三蔵がわざわざ教えてやる訳がない。
最近やけに懐いている二人に大して、多分な嫉妬も含まれているようだ。

成長することも考慮してサイズが少し大きめのモノを選ぼうとしていたのだが、この分だとあまり気にしなくてもいいな、と三蔵は判断する。
他にいくつか色違いのTシャツを数枚三蔵は手に取り、悟空の方を見下ろした。
悟空はじっと大きな蜂蜜色の瞳を潤ませ、不機嫌そうに思いっきり唇をへの字に歪めて、三蔵を見上げていた。
「…何だよ?」
訳が分からず三蔵は眉を顰める。
「三蔵まで…俺のことガキだって思ってるんだろっ!どーせ俺はおっきくねーよっ!!」
「………。」
どうやら先の発言に、この目の前の養い子はえらくご立腹らしい。
三蔵にしてみれば嫌味でもバカにしているのでもなく、ただの状況判断に過ぎなかった。
その辺に関して悟空は分かっていても、コンプレックスを刺激されてかなりヘコんでるようだった。
悔しそうに俯いて手にしたTシャツを握り締める。
三蔵はしばし考えて、悟空の頭をポンポンと叩いた。
「…さんぞ?」
その掌の感触があまりにも優しかったので、悟空は慌てて三蔵を見上げる。
「世間じゃ20歳以下は全部ガキだ。それにてめぇが俺よりデカくなったら、凹むまで鬱陶しく飛び出た頭をハリセンでブン殴るからな」
三蔵はそっぽを向いたまま、低い声で物騒なことを言った。
悟空は一瞬きょとんと三蔵の言葉を聞いていたが、ふと首を傾げる。
「なー、三蔵は俺がでっかくなったらヤなの?」
「生憎と、俺は自分よりデカくてゴツイのを抱く趣味ねーからな。てめぇぐらいで丁度イイんだよ」
今のままでいいと三蔵に言われて悟空は嬉しそうに笑うが、よくよく考えればかなり卑猥な肯定をされた様な気も…。
俯きながら悟空はちょっと考え込む。
「えと…俺って抱き心地がイイってこと?」
「ほぅ?サル頭にしちゃぁ良く分かったじゃねーか」
三蔵は口端を楽しげに歪めて、悟空をじっと見つめた。
途端に悟空の頬が真っ赤に紅潮する。
「なっ!?なんだよぉ〜!さんぞーのばかっ!えっちっ!!」
悟空は恥ずかしそうに三蔵の胸をポカポカと叩いた。
素直すぎる悟空の反応を、三蔵は満足げに眺める。
「おい、お前がギャーギャー騒いでるから、周りのヤツラがみんな面白そうに見てるぞ?」
三蔵は羞恥で暴れている悟空の腕を掴むと、身体を屈めて耳元で囁いた。
「えっ!?」
悟空がグルリと店内に視線を向けると、何故かあっちこっちで何人もバチッと目が合う。
思わずパチクリと瞬きすると、皆一様にさりげなく視線を逸らしたりして、何事もなかったかの様に振る舞った。
「…何でみんな見てんの?」
悟空は不思議そうに首を傾げる。
「さぁな?」
三蔵は全く興味ないのか、適当に応えた。
小柄で元気良く、大きな瞳で愛らしい容貌の悟空と、この辺では見かけない金色の豪奢な髪と紫水晶の瞳を持つ超絶美形の二人組なら、否が応にも人々の視線を集めてしまう。
そこら辺の自覚が三蔵にも悟空にも全くなかった。
周りの視線が二人の一挙一動に注目している。
但し、非常に心の狭〜い最高僧サマは、悟空に向けられている視線を感じると、嫌悪感を隠そうともせず、思いっきり相手を射殺す勢いで睨み付けた。
額に怒りの青筋を立てながら、
『てめぇら、俺のモンを勝手に見てんじゃねーっ!減る!確実に減る!ブッ殺す!!』
などと物騒なコトを心の中で吐き捨てていた。
周りの人間もちょっとした好奇心で見ていただけなのに、捻じ曲がった言い掛かりで最高僧サマに呪詛されたのでは堪ったモンじゃない。
三蔵が無表情のまま周りを一望すると、途端に人々が怯えながら三蔵の視界から離脱していく。
逃げていく人々を高慢な態度で眺めていると、ふいに袖口がつんと引っ張られた。
「なー、さんぞ?お揃いの服はどーすんの?」
キラキラと瞳を輝かせて、悟空が期待の眼差しで三蔵を見上げている。
三蔵は視線を逸らすと、チッと小さく舌打ちした。
悟空のサル頭じゃ、さっさと忘れるだろうと踏んでいたのだが。
こういうコトに限ってしっかりと覚えているとは、三蔵も考えが甘かった。
悟空が三蔵とのことだからこそ忘れないでいるとは、全然気付いてもいない。
三蔵は諦める様に小さく溜息をつくと、店内をざっと見渡した。
ふと、シャツが積んである棚に目が止まる。
悟空の手を取ると、三蔵はその棚目指して歩いていった。
「…三蔵?」
腕を強く引かれながら、悟空は無言で店内を横切って歩いていく三蔵を呼ぶ。
シャツの積んである棚の前で止まると、三蔵はざっと見渡してサイズを確認し、そのうちの一枚を悟空へと手渡した。
「シャツ?」
それはごくシンプルなデザインの綿シャツだった。
デザインは定番のモノだが、縫製は細部までしっかりと施してある。
少し厚手の生地は、とても触り心地がよかった。
三蔵は悟空に白を渡し、自分は黒を手に取る。
「これならいつでも着れるし、お前が欲しがってるお揃いだろ?」
「お揃い?」
自分の持ったシャツと三蔵のシャツを交互に眺め、悟空は首を捻った。
「でもでもっ!色が違うもん!!」
悟空は色も形も全く同じでなければお揃いじゃないと言いたいらしい。
プクッと頬を膨らませて、思いっきり拗ねながら三蔵を見上げた。
悟空の様子に三蔵は呆れた様に溜息を零す。
「あのな…いくら何でも人にはそれぞれ似合う色っつーもんがあるだろうが。いくら一緒に揃えたって似合ってなけりゃ意味ねーだろ?」
「そうだけど…」
「お前に黒は似合わねーよ」
三蔵に言われてみれば、確かに自分が黒いシャツを来ても妙に浮いてしまって似合わない気がする。
だったら、三蔵が白いシャツを選べばいいじゃないか?と言うことまで悟空の頭は回らない。
同じ形でもシンプルで色が違えば、同じ物には見えないだろうと三蔵は悪知恵を働かせたのだ。
別に三蔵だって悟空とペアルックがしたくない訳ではない。
しかし、そのペアルックを何が何でも見られたくない連中が居た。
一見ほのぼの笑顔で人当たりがイイが、腹の中は真っ黒ドス黒な質の悪い人非人男と、その同居人で人のカンに障ることを嬉々としてやる割りに、毎回地雷を踏んづけて酷い目に遭っても、全く懲りないゴキブリ並生命力の自称男前のバカ。
三蔵の安定した精神のために、何としてでもペアルックは阻止しなければならなかった。
「でもさ…コレじゃお揃いに見えないよ?」
悟空はじっとシャツを見比べている。
「んなコトねーよ。デザインは同じなんだからな」
「…そっかな?」
「ああ、どこから見ても同じだ」
どうにか悟空を丸め込もうと、三蔵は表情にこそ出さないがかなり必死だった。
じっと見上げてくる悟空に向かって、ふっと口端で微笑む。
悟空はポッと頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯いた。
「三蔵が言うなら…そうだよな、うん!」
手に持ったシャツを眺めながら、悟空はニッコリと嬉しそうに笑う。
どうにか誤魔化せたかと三蔵は内心で安堵の溜息をつくと、悟空の手からシャツを取り上げて、他にもTシャツやらショートパンツやらを適当に選び出した。
ポンポンと選んでは腕に抱える三蔵に、悟空の方は慌て出す。
「さんぞっ!?そんなにいっぱいいらないよぉ!」
シューズのサイズを確認していた三蔵の腕を引き留める様に、悟空がぎゅっとしがみ付いた。
「あ?言っただろーが。お前はいっつも汚したり破いたりするんだから何枚あっても足りねーぐらいだ。せっかく街に来たんだからこういう時に買っておかないと、次に何時来れるか分からねーだろ?」
全く聞く耳持たない三蔵は、更に薄手のニットやブルゾンなどを次から次へとと選んでいった。
「…とりあえずこんなモンでいいか」
両手に一杯の服を抱えて、三蔵は会計するためにレジへと向かう。
大量の服をレジカウンターにドサッと置くと、途端に店員の愛想も格段に良くなった。
三蔵はキャッシュトレーの上にカードを無造作に投げる。
ふと、大人しい悟空が気になって視線を向けると、俯いたまま三蔵の袖口を掴んでいた。
「…どうしたんだ?」
「だって…何か俺ばっかいっぱい買って貰っちゃって…悪いよぉ」
悟空の想像を超える三蔵の豪快な買い物に、ひたすら恐縮しているらしい。
そこら辺、三蔵に育てられたにも拘わらず、悟空は至極庶民的な感覚の持ち主だった。
「そんな気にする様なコトか?第一コレぐらいでいっぱいなんて言ってたら、てめぇの食費はこんなもんじゃねーだろうが」
「そっ…それは…そうだけどさ…でも…」
いきなり自分の規格外胃袋のことを持ち出されて、悟空は更に縮こまってしまう。
しゅんとしている悟空の頭を三蔵はガシガシと強めに掻き回した。
「てめぇが気にするコトじゃねーって言ってんだろ?俺は俺が必要だと思ってるから勝手にやってるまでだ。いちいちくだらねーコト言ってねーで、素直に受けとりゃぁいーんだよ」
言い方はもの凄く乱暴だが、三蔵は気後れしている悟空を宥めているらしい。
悟空は三蔵の手を取り、少し考えてから顔を上げた。
「うんっ!分かった。三蔵…ありがとっ」
ニッコリと全開の笑顔で悟空は三蔵にぎゅっと抱きつく。
三蔵も応える様に、悟空の頭をポンと叩いた。
伝票にサインをして服を受け取ると、三蔵と悟空は店を出る。
大きな紙袋二つ分をそれぞれ肩に掛けた。
「三蔵…本当にありがとうな!」
照れながら悟空は三蔵へと礼を言う。
素直な悟空に三蔵は口端に笑みを刻んだ。
「ねね?これからどーすんの?もう寺帰んの??」
三蔵は腕時計を見る。
時間はちょうど5時を回ったところだった。
まだ夕食を取るには早すぎる。
思案してると、またもや袖口を引っ張られた。
「もう帰らねーと夕食の時間に間に合わないんじゃねー?」
悟空が心配そうに三蔵を見上げている。
「いや…今日は街で泊まるから時間はどーでもいい」
「え?寺に戻らねーの!?」
悟空は目をまん丸に見開いて驚く。

そう。
三蔵は今日街に出かけると決めた時から、寺に戻るつもりはなかった。
悟空がどういうつもりでいようとも、三蔵にとっては立派にデートなのだ。
ホワイトデーに可愛い恋人とデート。
そんな日にわざわざ辛気くさい寺になんか帰る訳ねーだろ!
何せ三蔵は恋愛初心者。
恋するオトコは表情にこそ出さないが、実の所かなり浮かれていた。






数日前。
八戒が突然の来訪した日。
物思いに耽っていた三蔵がふと気付くと、いつの間にか八戒は帰っていた。
執務机にはいつの間にか封筒が置かれている。
八戒が来る前には無かった物だから、わざわざ置いていったのだろう。
三蔵は封筒を手に取ると、じっと胡乱な表情で眺めた。
「何置いていったんだか…」
封を開けると、何かのチケットらしき物が入っている。
三蔵は中から取り出すと、まじまじとそのチケットを眺めた。
その手からチケットがヒラリと落ちる。
「なっ…何だこれはーーーーーっっ!!!」
三蔵の執務室から聞こえる大絶叫に、その声を聞きつけた僧達は怯えて一斉に聞こえない振りをした。
ぜーぜーと肩で息を切らして、三蔵は件のチケットを注視する。

八戒が置いていったチケット、それは。
最近街にオープンしたばかりのラブホテルの半額割引チケットだった。

この際何故八戒がこんな物を持っていたのか?などの疑問は、動揺しまくりの三蔵には思い浮かばない。
「八戒のヤツ…何考えてやがんだっ!」
あまりの激昂に血管ブチ切れ寸前の三蔵は、チケットを手に取ると真っ二つに破こうとした。
しかし。
暫くそのままの体勢で固まった三蔵は、徐に手に取ったチケットを裏返す。
「何だと?有効期限はねーのか。お好きな日にお好きな時間お好きなお部屋を自由に選べますだと?テーマ別に様々な欲求にお答えするお部屋を用意しております…か」
三蔵はつい真剣にチケット裏面の説明書きを確認していた。
つい最近長年の本願成就で、心身共に自分のモノになった愛しい養い子。
八戒には嫌味ったらしく『可愛い悟空と一つ屋根の下。互いの愛を確かめ合うのが悪いとは言いませんが、貴方の場合
ヤリすぎです。性欲旺盛大変結構ですが、その弊害が僕たちにも降りかかってきますので、そこそこにして下さい。お願いしますねvvv』などと、品性下劣なお願いとは名ばかりの脅しを掛けてきているので、三蔵としては不本意ながらかなり我慢しているのだ。
八戒が置いていったというのが多少引っかかりはするが、三蔵だって立派な成人男子。
こういったモノに全く興味がない訳ではない。
ましてや、今では毎日でも抱いていたい悟空がいる。
こういった場所で悟空が一体どういう風になるのか、かなり興味がそそられた。
最近仕事が忙しかったせいもあり、悟空と一緒にいる時間がかなり激減している。
この際、八戒の思惑がどうあれ利用してやろうと、三蔵は決心した。
それからの当日のホワイトデーまで、三蔵は殆ど不眠不休で今日のために仕事をこなして、スケジュールをきっちり調整したのだ。
それもこれも悟空とのデートのため。
甘美な夜の一時を過ごすために三蔵はかなりの無茶をして、今日この休日を手に入れていた。






「さんぞっ!さんぞーってば〜!!」
はっと我に返ると悟空が懸命に三蔵を呼んでいた。
どうやら物思いに耽って、ボンヤリしていたらしい。
「…何だ?」
何事もなかったの様に、三蔵は悟空を見下ろす。
「もぅっ!いきなり黙り込んで全然返事もしてくれねーし!」
思いっきり頬を膨らませて、悟空は拗ねまくっていた。
「ちょっとな。この後何処に行くか考えてたんだ」
「そうだよっ!寺に帰らないって…どーすんの?」
悟空は思いだした様に首を傾げる。
「今日は街に泊まる。これからメシ食ったら帰るのメンドくせーからな」
三蔵は平然とした顔で予定を話した。
「ふぅん…でも明日の仕事は大丈夫なの?」
悟空は心配そうに三蔵を見上げる。
「出かけるって言ってあるんだから関係ねーよ」
不遜な態度で三蔵が言い切った。
三蔵が一方的に決めたことだろうと、いちいち口出し出来る剛胆な僧など寺にはいない。
「なら、いいんだけどさ」
悟空が安心して頷くと、

ぐうううぅぅ…。

タイミングを見計らった様に、腹の虫が盛大に鳴った。
「さんぞ…腹減ったぁ」
うるうると瞳を潤ませ、悟空がお強請りをする。
三蔵は眉間を押さえながら深々と溜息をついた。
まぁ、アレの最中に騒がれねーように、コイツの腹にめいいっぱい食料を充填しとかねーとな。
「…行くぞ」
悟空の肩に腕を回して、三蔵は食事する店を探すために歩き出した。