W.D.battlefield |
外もすっかり日が暮れていた。 自室のベッドに寝転がり、雑誌を読んでいた悟浄は薄暗くなっていた室内に気付いて、電気を点ける。 八戒は買い物から戻ってからずっとキッチンに籠もったままでいた。 悟浄も暫くはリビングに居てその様子をぼんやり眺めていたが、八戒に邪魔者扱いされて自室へと追いやられてしまう。 別にリビングに居てもいいんじゃないか?と悟浄はブツブツ文句を言ったが、 「ダ・メ・で・す〜♪出来上がるまでナイショにしたいんですよ、ね?」 と、ニッコリ笑顔で返されてしまったので退場するしかなかった。 トボトボと自室へと行き、かなりのヒマを持て余した悟浄は、八戒に構ってもらえないので仕方なしにゴロゴロとしている。 この時間のテレビは大して興味もなく、すぐに飽きてしまったのでさっさと電源を切ると、床に積んであった雑誌をパラパラと捲って眺め始めていた。 思いのほか熱中して読んでいたらしく、時計を見れば6時になっている。 「…まだ終わんねーのか?妙に気合入れてるみたいだからなぁ…八戒のヤツ」 小さく溜息をつくが、自然と顔が綻んでしまう。 悟浄はふと視線をクロゼットへと向けた。 掃除は悟浄が外出している間に済ませていたらしく、隠している物は多分バレてはいない。 きっと、アレを渡しても八戒は首を傾げるだろう。 何故自分に?と。 贈る理由を言ったら。 一体八戒はどんな顔をするだろう。 その瞬間を想像するだけで、笑いが込み上げてきた。 悟浄は発作に襲われたようにゲラゲラと腹を抱えながら笑う。 一頻り笑った後、バフッと枕に顔を埋めた。 「…俺も大概浮かれてるよなぁ」 妙に恥ずかしくなって一人赤面してしまう。 枕を腕に抱えてベッドを転がっていると、ドアがノックされた。 「悟浄?起きてます??」 声を掛けて八戒がドアを開けて顔を覗かせる。 「ちゃんと起きてるよ」 「よかった。ちょっとお待たせしてしまったから、悟浄寝てるかなーと思って」 八戒が申し訳なさそうに微笑んだ。 ベッドのスプリングで弾みをつけて、悟浄が立ち上がる。 「もー、俺すっげー腹減ってたし〜。もうちょっと遅かったらキッチンに奇襲かけてたぜ?」 悟浄は腹を押さえながら、ニヤッと笑う。 「それはそれは。大変お待たせしました」 恭しくお辞儀をして、八戒が腕を広げて悟浄をリビングへ即した。 ドアを閉めて視線が合った途端、二人して同時に噴出す。 「ぎゃっはっはっはっ!何だよそれ〜!何処ぞのナイトにでもなったつもりかよ〜」 「あ、それいいですねぇ〜♪じゃぁ、悟浄は深窓の令嬢かお姫様ですねvvv」 「…八戒、それ寒すぎ」 思いっきり眉を顰めて、悟浄がガックリと項垂れた。 「先に振ったのは悟浄でしょう?ですから僕は自分に正直に応えただけですけど?」 「お前の場合、その方向がメチャクチャ間違ってるっつーの!」 悟浄は肘で八戒の横っ腹を小突く。 そうですか?と八戒は不思議そうに首を傾げた。 もう今更言い返す気も起きず、悟浄は呆れたままリビングへと先に向かう。 リビングとフロア続きのダイニングに入り、悟浄は思いっきり声を失った。 後ろから付いてきた八戒が、ひょいっと悟浄の肩越しでニッコリと微笑む。 「どうですか?なかなかの出来でしょう?」 「いや…なかなかどころか…マジでコレ八戒が全部作ったの?」 呆然としたままテーブルの上を眺めてから、悟浄がゆっくりと八戒を振り返った。 「もちろんですよ?」 テーブルの上には所狭しと材料も見目も一級品の料理が、所狭しと並べられている。 街の高級料理屋でもココまでのはそうそうお目にかかれないんじゃないか?と悟浄はテーブルを眺めながら唖然とした。 料理も作りたてが一目で分かるぐらい、暖かい物はホンワカ湯気を立てていて、冷たい物は器まで冷やして気を使っているのが分かる。 この分だとメイン料理の後にはデザートまで用意しているに違いない。 「よくこれだけの物、あの時間で作れたよなぁ。これで上手い酒があれば完璧なんだけど?」 悟浄が口端でニンマリ笑うと、八戒は何故かテーブルの下に身体を屈めた。 ゴトッ。 テーブルの下から酒瓶を取り出して、悟浄の目の前に置く。 「お?老酒じゃん…って…古越龍山25年モノ!?」 悟浄は思いっきり瓶を取り上げてまじまじとラベルを眺めた。 古越龍山の25年物は値段もお高いが、なかなかお目にかかれない。 以前、八戒と街へ食事に出かけた時に、紹興酒を飲みつつ『いっぺんでイイから飲んでみて〜』とぼやいた程だ。 50年物になると限定数が限られる幻の酒だ。 そこまではいかなくても、あれ程飲んでみたかった悟浄にとっての幻の酒が目の前にあったりする。 「すっげ…お前コレどうやって手に入れたんだよ!?」 幻の酒を目の前に、悟浄の瞳はキラキラと喜びで輝いていた。 その表情を眺めて八戒は満足そうに微笑む。 「それはも〜僕が出来るありとあらゆる手を尽くしましたよ?」 「例えば?」 悟浄にしても興味津々だった。 八戒の手管を参考に、自分でも欲しい酒が探せるかも知れないと。 「まずは、いつもの酒屋のご主人ですが」 「あのオヤジ…俺が言っても無い無いって笑って誤魔化すクセに。八戒に気があるんじゃねーか?」 「酒屋のご主人は愛妻家ですよ?まぁ、たまにお子さんの勉強を見てあげたりしてるので、比較的お願いを聞いてもらえるんです。でも今回はさすがに難しかったみたいで…方々探して頂いたんですけど見つからなかったんです」 八戒は椅子を引いて悟浄に座るように即した。 悟浄が素直に腰を下ろすと、八戒も向かいへと座る。 「まぁ、とりあえず乾杯しましょうよ、ね?」 八戒がニッコリと微笑んで、悟浄から老酒の瓶を取り上げた。 栓を開けて瓶を差し出すと、悟浄はグラスを前に出す。 「ところで、何に乾杯するんだ?」 悟浄はグラスを掲げたまま、口端に笑みを刻んだ。 八戒は考える様に少し首を傾げる。 「そうですねぇ…家内安全、無病息災とか?」 「…寺にお参りに行ってんじゃねーんだから」 八戒の言い分に悟浄は思いっきり呆れ返った。 「でしたら…来年もこうして二人で過ごせることを願って」 「………………恥ずかしいヤツ」 紅潮した頬を隠す様に片手で顔を覆いながら、悟浄はグラスをカチリと当てた。 「さぁ、いっぱいありますから食べてくださいね」 「おー。そういやぁ、バレンタイン時は八戒何もしなかったな」 箸で料理を口に運びながら悟浄が首を傾げる。 普通はバレンタインの方が盛り上がるし、八戒なら尚更気合いを入れるだろうと思ったから。 「だって、バレンタインの時は悟空も来ていてバタバタしていましたから」 八戒は苦笑しながら、料理を小皿に取り分けて悟浄へと渡す。 「あー!そうだったけか。す〜っかり忘れてたわ」 「すっかりって…1ヶ月前のことじゃないですか」 「うっせーよ!あ、そういやぁ結局コレ、どうやって手に入れたんだよ?」 悟浄はグラスを掲げて、中身を一息に飲み干した。 「貸しを返して頂きましたvvv」 八戒は満開の笑みで悟浄へと答える。 「貸し?八戒、誰かに貸しなんかあった訳??」 悟浄は不思議そうに返しながら、手酌でグラスへと老酒を注いだ。 「こうも見つからないとなると、絶対的な権力がないと無理かな〜と思いまして」 ニコニコと八戒が微笑む。 何となく予想がついてきて、悟浄は眉を顰めた。 「もしかしてー…いや、もしかじゃなくって…それってさぁ…三蔵を使っちゃったの?」 「はい♪」 八戒の黒い笑顔の肯定に、悟浄は肩を震わせながらテーブルへと顔を伏せる。 「悟浄、どうしまし――――」 「ぶわっはっはっはっ!!!」 突然噴きだして、悟浄がゲラゲラと大爆笑し始めた。 「ひっ…ひっでぇ〜!八戒ってば世の最高僧サマを使いっぱにしちゃったの〜ん♪」 しゃくり上げながら悟浄はバンバンとテーブルを叩く。 「別に僕はバレンタインの貸しを返して頂くために、ちょこーっとお願いをしただけですよ?それに三蔵だってちゃっかり自分の分も手に入れてるんですからね」 八戒は小さく肩を竦めて苦笑した。 悟浄は笑いすぎで浮かんだ涙を拭いながら、うんうんと頷く。 「確かに。最高僧サマの鶴の一声じゃ周りも必死になって探すよなぁ〜」 「そのおかげでこうして美味しいお酒が頂けるんですから、今度三蔵にあったらお礼言いましょうね」 「…ますます機嫌悪くなるんじゃねーの?」 さすがに悟浄は三蔵に同情してしまった。 この目の前の男の底意地悪さに、悟浄は深々と溜息をつく。 「ま、いっか。三蔵だって手に入ったんなら結果オーライっつーことで」 「そうですよ」 再度悟浄と八戒はグラスの淵を合わせた。 豪勢な食事と酒の後にデザートまでしっかりと平らげて、悟浄はソファでゴロゴロしている。 適度にアルコールも入って、すこぶる気分がいい。 八戒はキッチンで後かたづけに勤しんでいた。 「あ、そうだ!」 悟浄はソファから起き上がると、そっと音を立てずにリビングを出る。 いそいそと自室へ戻ると、クロゼットを開けた。 「あっぶね〜。折角苦労して用意したのに、忘れるトコだった」 昼間に買ったプレゼントを手に取ると後ろ手に持って、またリビングへと何事もなかった様に戻る。 悟浄はソファのクッションの下に、綺麗にラッピングされた箱を隠した。 少しするとキッチンの水音が止まる。 エプロンを外しながら八戒がリビングへと戻ってきた。 「悟浄、コーヒーでも飲みますか?」 「ん?後でいいや。ちょっと八戒来いよ」 ちょいちょいと手を振って、八戒を手招く。 八戒はきょとんとしながら悟浄の居るソファまで近付いた。 「…どうしました?」 妙にハイテンションで機嫌のいい悟浄に、八戒は首を傾げる。 掌でピタッと悟浄の額に触れた。 「熱はないですねぇ」 「どういう意味だ、コラッ!」 ムッと眉間を寄せながら、悟浄は八戒を睨み付ける。 悟浄は八戒の腕を掴むと、引き寄せて自分の隣へと座らせた。 「何かあったんですか?」 うって変わって今度は心配そうに八戒は悟浄をじっと見つめる。 その様子に耐えきれなくなり、悟浄はプッと噴きだしてしまった。 くくっと肩を震わせながら、八戒の首にしがみ付く。 悟浄の行動に内心動揺しながらも、何気ない振りをして八戒は震える背中をポンポンと叩いた。 「もぅ…どうしたんですか?いきなり。酔ってるんですね?」 ふっと小さく八戒が溜息を零す。 悟浄は顔を上げると、楽しげに双眸を眇めながら八戒に微笑んだ。 その蠱惑的な表情に、八戒の心臓がドクンと跳ね上がる。 「違うって。アレ程度じゃ酔わねーっての」 「…じゃぁ、何なんですか?」 悟浄は八戒に抱きついたまま、腕をクッションの下へと伸ばした。 「ほい、お返し♪」 少し身体を離して、悟浄は八戒の掌を取るとポンと箱を置く。 八戒の瞳が驚きで見開かれた。 「あの…っ…お返しって…今日の…ですよね?」 珍しくオロオロと動揺する八戒に、悟浄はしてやったりとニヤニヤ笑う。 「ホワイトデー以外に何があるってーのよ?」 「―――――――悟浄っ!!!」 感極まった八戒は、思いっきり悟浄を抱き締めてソファへと倒れ込んだ。 「おわっ!?」 ソファへと押し倒されてふと視線を上げると、深くて綺麗な翡翠色の瞳が悟浄を見下ろしている。 慈しむ様に微笑みながら八戒に見つめられて、悟浄の頬がカッと火照った。 心臓もバクバクと落ちつかな気に脈打つ。 「八戒…あの…」 悟浄が口を開こうとした途端、そっと触れるだけの口付けを落とされた。 この状態でそれは反則だろっ! 悟浄はあまりの恥ずかしさに身体中真っ赤になってしまう。 八戒は嬉しそうに微笑むと、何度も啄みながら悟浄の唇に触れた。 次第に悟浄の方がもどかしくなって、誘う様に唇を開いて濡れた舌を覗かせる。 気付いた八戒が舌で歯列をこじ開けて深く口腔を貪りだした。 「ん…っ…んぅ…」 悟浄は素直に八戒の舌を誘い込み、ねっとりと絡み合わせて強く吸い上げる。 何度も角度を変えながら、口蓋や舌根を思う様舐られて息が上がった。 少しの隙間ももどかしくて、悟浄は腕を上げると八戒の頭を引き寄せて抱え込む。 「はっ…ふ…ぅ…っ」 口中で溢れる互いの唾液を、喉を鳴らしながら何度も飲み下した。 舌に軽く噛みつかれて吸い上げられると、じんわりと身体の芯が疼いてしまう。 悟浄は無意識に八戒の下肢へと、熱を持ち始めた自身を擦り付けた。 「は…ぁ…っかいぃ…」 掠れた甘い声を漏らして、悟浄は確信犯的に八戒の雄の本能を刺激する。 八戒が欲しくて欲しくて、どうしよーもねぇ。 たまんねーよ、チクショー。 やっぱ、俺もホワイトデーに浮かれてんのかねぇ? ぼんやり考えながら、悟浄は濡れた紅玉の瞳に笑みを浮かべて八戒を誘った。 八戒の濡れた唇に、舌を這わせて舐め上げる。 「なぁ…しよ?」 悟浄は素直に誘いながら、長い脚を八戒の腰へと絡めた。 かなり魅惑的な悟浄からのお誘いに、本気で困りながら八戒は苦笑する。 「悟浄…とりあえずコレ、開けてみたいんですけど?」 「………………………あ?」 八戒は悟浄からのプレゼントを手にニッコリと微笑んだ。 「あのぉ…八戒さん?」 スコーンとはぐらかされて、悟浄は頬を引きつらせる。 「だって…折角悟浄から貰ったのに。ものすご〜っく気になってしまってvvv」 「あ…そうなの?」 すっかり盛り上がった欲望を肩透かしされて、悟浄はガックリと肩を落とした。 「あれ?悟浄、どうしたんです??」 パチクリと瞬きをして、八戒が不思議そうに首を傾げる。 八戒のヤツ〜〜〜〜〜ッッ!! わざとか!?わざとだろっ!! チクショッ…この俺の高ぶりきった情熱をどうすりゃいーんだよぉ〜っ!! かなり身体の方が切羽詰まった状態の悟浄は、くやしそうに涙目になって八戒を睨め付けた。 「えっとぉ…悟浄?」 「もー、バシッと開けちゃって下さい…」 大きく溜息をついて、悟浄はクッションに懐く。 八戒がプレゼントを開けて満足するまでは、自分は構って貰えない様だと悟浄は諦めた。 「あ、そうだ!その前に…ちょっと待ってて下さいね〜♪」 突然ソファから立ち上がって、八戒がリビングを出ていってしまう。 「おぁっ!?お…おい、八戒??」 ポツンと一人残され、悟浄は八戒の消えたドアを唖然と眺めたが、カッと激昂すると扉に向かっててクッションを投げつけた。 「八戒のばーかっ!!」 「…誰のことを言ってるんですか?」 静かに扉が開くと、満面の笑みを浮かべて八戒が立っている。 その背後にドス黒いオーラが立ち上っているのに気づいて、悟浄は怯えながら硬直した。 扉を閉めると、八戒は悟浄の隣へと乱暴に腰を下ろす。 「ひっ!」 慌てて逃げようとする悟浄の肩を掴んで、八戒は笑顔のままその場へ強引に座らせた。 「悟浄…」 「うわっ!ごめんなさいっ!!」 八戒の低い声音に悟浄はぎゅっと目を瞑って縮こまる。 「はい、コレ」 悟浄の手を取ってその上に八戒は箱を置いた。 「え…っ…コレ?」 手の中の箱と八戒の顔を、悟浄は驚きながら交互に何度も眺める。 シンプルなクラフト紙で包まれ、深紅のリボンでラッピングされた箱。 八戒は悟浄の瞳を見つめながら、ニッコリと微笑んだ。 「僕もお返しを用意していたんですよvvv」 「え…じゃぁ、さっきの夕飯は?」 「アレはホワイトデーのパーティーだからですけど?」 八戒はサラリと何でもないことの様に答える。 やっぱ、八戒のこういうトコって真似出来ねーよなぁ。 あまりの恥ずかしさに、悟浄は頬を紅潮させながら目を伏せた。 「悟浄、コレ開けてもイイですか?」 優しい声で八戒が悟浄にお伺いを立てる。 「ああ。じゃぁ俺も…一緒に開けようぜ」 「ええ、そうですね」 二人でそれぞれ贈りあったプレゼントを手に取り、ドキドキしながらラッピングを解き始めた。 「何だろーなぁ〜?」 悟浄は鼻歌交じりにビリビリと包み紙を破く。 八戒は丁寧にテープを剥がして包装を外した。 それぞれの包みの中からは、箱が現れる。 「あ…あれ?」 悟浄は見覚えのある箱の銘柄を認めて、僅かに驚嘆した。 八戒はそのまま箱の蓋を開けて、品物を見て驚きで目を見開く。 「あの…コレを僕に…ですか?」 二人がそれぞれに贈った物。 それは。 銘柄は違うけれども、全く同じ物だった。 「僕…オードトワレって使ったことないんですけど?」 八戒は掌の綺麗なブルーの瓶をつくづくと眺めた。 |