W.D.battlefield |
「なぁ〜んかすっげーの〜♪」 悟浄は喉で楽しげに笑いながら、ゴロンと俯せになる。 ベッドヘッドに手を伸ばして煙草を取り上げ1本口に銜えると、すかさず横から取り上げられた。 「寝煙草厳禁ですよ〜」 わざと怒った表情を作って、八戒は煙草を箱へと戻す。 悟浄は肩を竦めて横になると、頬杖を付いて八戒をじっと見上げた。 「…どうしました?悟浄??」 八戒は小さく首を傾げる。 「いや…この部屋凄くねー?」 紅い双眸を細めて、悟浄はニンマリと笑った。 部屋と言われて八戒はキョロキョロと見回す。 これといって変わったところはないはずだが。 「何が凄いんですか?」 「匂いだよ、に・お・い♪」 「ああ…」 漸く悟浄の言わんとしていることが分かり、八戒は困ったように苦笑する。 二人して競うように付け合ったトワレの匂いが、混ざり合って部屋中に充満していた。 「さすがに鼻がおかしくなりそうですね。少し換気しましょうか」 窓を開けようと立ち上がった八戒の腰に、するっと悟浄の腕が回る。 そのまま強い力で引き寄せられて、八戒はコロンとベッドに戻されてしまった。 「悟浄?」 「んー?」 悟浄は八戒の腰にしがみついて、甘えるように鼻先を擦り寄せる。 「やっぱ違うよなぁ…」 「何がですか?」 「だから匂いだって。買ってきたトワレとは全然違う…な〜んか俺と八戒のオリジナルって感じ?悪くねー匂いになっただろ?」 擦り寄って懐いてくる悟浄の頭を撫でながら、八戒は嬉しそうに頬笑んだ。 「僕はこういう物には詳しくないですからね。さほど興味もありませんでしたし…でも」 言葉を句切って八戒がじっと悟浄を見下ろす。 「でも…この匂いは好きです」 八戒は悟浄の髪を一房掬い上げて、鼻先へと近づけた。 「髪からも…身体中に染みついてますね」 「お前もだって」 悟浄は上機嫌で答えると、頭を八戒の太腿へと乗せる。 「ですから、悟浄?」 「なに?」 悟浄が視線を上げると、人の悪い笑みを浮かべた八戒が覗き込んでいた。 もの凄くイヤな予感がする。 八戒が悟浄の身体にゆっくりと指を這わせ、鎖骨に自ら刻んだ赤い所有の証を撫でた。 ピクッと悟浄の肌がざわめく。 「僕達の、この匂い以外…この身体につけて帰らないで下さいね♪」 優しいお願い口調の脅しに、悟浄はそのままの体勢で硬直した。 恐る恐るチラッと頭上の八戒を伺ってみる。 爽やかな笑顔の背後には、何故だか真っ黒いブラックホールの幻影が見えた。 あまりの禍々しさに、悟浄は慌てて視線を戻す。 「えーっとぉ…物事には不可抗力ってモンがあると思うんだけどなぁ〜」 「…身体に香水が染みつく程密着した不可抗力って何ですか?」 優しげな口調で八戒は笑顔のまま小首を傾げた。 八戒の本性を知らない者ならコロッと騙されてしまうだろう可愛らしい仕草も、悟浄には更なる恐怖の前兆でしかない。 その証拠に八戒の瞳は全く笑ってなかった。 悟浄は緊張で激しくなる動悸をどうにか押さえつつ、必至になって言い訳を考える。 大体いつも行く酒場や賭場は夜のオンナ達の社交場みたいなものだから、例え何もなかったとしても移り香ぐらいするだろう。 ましてやああいう場所にくるオンナは、商売にしろ一時の快楽を求めるにしろオトコを釣るのが目的だ。 自分のフェロモンをアピールする為にも、大抵のオンナは強烈に香水をつけまくっていた。 そんな場所に長時間居て、返って何も匂いがしない方が邪推も働くんじゃないかと思うのだが。 「はっ…八戒がそんなに香水がキライなら、帰ってくる時はちゃんと落としてこよっかなぁ〜」 「…何を何処で落としてくるんですか?」 地を這うような低い声音に悟浄は竦み上がる。 「ゴメンナサイ…冗談です」 「当然です」 ぎゃーっ!コ〜ワ〜イ〜〜〜〜〜!! 何なんだよっ!ほんの数分前までは、恋人らしく甘い時間だったはずなのにっ!! このホラー映画のバケモンに追いつめられたような、緊張しまくりの空気は何なんだよぉっ!!! 悟浄は恐怖のあまり涙目になって布団へと突っ伏した。 何だか今八戒と視線を合わせたら石にされそう…。 ああっ!もうっ!嘘でも何でもイイから、移り香なんかつけないって言っときゃよかったんだよなぁ…俺のバカ。 枕を抱えて激しく後悔している悟浄を見下ろしながら、八戒は仕方なさそうに苦笑する。 恐怖で悶絶している悟浄を放置して、八戒は放り投げてあったシャツを拾って羽織るとベッドから降りた。 そのまま歩いて窓を開け放つ。 夜の冷たい空気が大きな質量となって、適度に暖まった部屋の中へと流れ込んできた。 見上げた空には満天の星。 「空気が冷たいから、星がよく見えますねぇ」 八戒はぼんやりと天上で瞬く小さな光を見上げた。 「くしゅっ!」 ベッドの上からくしゃみが聞こえてくる。 「すみません、やっぱり寒かったですよね」 適度に空気を入れ換えると八戒は窓を閉じた。 悟浄は上掛けを頭から被って、じっと上目遣いで睨んでいる。 八戒がベッドに戻ると、あからさまにプイッと視線を逸らした。 「悟浄?」 顔を覗き込みながら声を掛けると、くるっと背中を向けてしまう。 理由は分からないが、どうやらご機嫌斜めのようだ。 八戒が小さく溜息を漏らすと、布のカタマリがピクッと蠢く。 「悟浄ってば…」 「…寒ぃ」 辛うじて聞き取れるぐらいの小さな声で悟浄が呟いた。 八戒は上掛けごと悟浄の身体を抱き寄せる。 「ったく…すっかり身体冷えちまったじゃねーか」 大人しく八戒の腕の中に収まりつつも、悟浄がブツブツと不平を漏らした。 「そうですよね…3月とはいえ、まだ春って気候じゃないですし」 八戒が殊勝な態度に出ると、悟浄はもの凄い勢いで身体ごと振り返る。 恨めしそうに間近で八戒の顔をキツク睨め付けた。 「お前って…わざとか?それともマジボケ?」 「………はい?」 何を言ってるのか分からずに八戒が呆気に取られていると、見る見る悟浄の顔が紅潮してきた。 抱えられている腕の中から逃げようと、ジタバタ身動ぎ出す。 「離せバカッ!もーお前なんか知らねーっ!!」 かなり本気の力で暴れ出した悟浄を、八戒は慌てて強く抱き締めた。 「悟浄っ!えっと…すみませんっ!!」 「………はぁ!?」 いきなり大声で謝った八戒に悟浄は目を見開く。 「何で謝んの?」 「だって…悟浄怒ってるんでしょ?」 「…何で俺が怒ってると思った訳?」 「それは…」 悟浄の剣幕につい勢いで謝ってしまった八戒は、言い淀んで口を噤んだ。 「あーっ!もうっ!!」 身体ごと振り返った悟浄は、体重を掛けて八戒諸共ベッドへ倒れ込む。 「ちょっ…悟浄?苦しいですって!」 「寒いって言ったのにっ!八戒が布団代わりにならないから俺が布団になってやる〜」 「何ですか、それ!?」 八戒が悟浄の下から抜け出そうと藻掻けば藻掻くほど、グイグイと体重を掛けて来た。 暫く抵抗してみたが、頑なに押さえつけたまま動かない悟浄に溜息を吐くと、八戒は身体中の力を抜いて大人しくなる。 悟浄は突然動かなくなった八戒から身体を起こすと、つまらなそうに横へと座り込んだ。 さっきまではあんなに機嫌良かったのに…いきなり暴れたり怒ったり拗ねたり。 一体どうしちゃったんでしょうねぇ。 ボンヤリと悟浄の姿を眺めながら思案する。 何となくボタンを掛け違えてるような違和感がした。 確か悟浄は窓を開けた後に寒いって言って… 「――――――――あ!」 八戒が小さく声を上げるのを、悟浄は何事かと不機嫌そうに見下ろす。 仰向けに倒れたままの八戒が、嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。 にゅっと腕が伸びたかと思うと、悟浄の腰を掴んでそのまま薙ぎ倒す。 「うわっ!何だよいきなり!?」 「…すみませんでした」 とりあえず殊勝な表情で八戒が謝罪した。 悟浄は不審気に眉を顰めて首を傾げる。 「何で謝んだよ?」 「だって、さっき気づかなかったから」 「何がだよ?」 ますます訳が分からず、悟浄の声音が次第に低くなった。 「だって…」 八戒は悟浄に覆い被さり、柔らかく抱き締める。 「だって悟浄…さっきは誘ってくれたんですよね?それなのに僕気づかなくて」 「あっ!」 溜息混じりに耳元で囁かれて、悟浄の顔が一気に紅潮した。 「ちっ!違うってバカッ!!何勘違いしてんだよっ!!」 身体を這い始めた八戒の掌を、慌てて悟浄が押し止める。 それでも往生際悪く指先を蠢かせていると、頭上に拳骨が落ちてきた。 「痛っ!そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよvvv」 「恥ずかしがってんじゃねーよ!もう腰ガクガクでムリだってのっ!!」 「鍛え方が足りないんじゃないですか〜?」 「お前が絶倫過ぎんだよ!」 悟浄は身体を這っていた手を無理矢理引き離す。 かなり不本意そうに、八戒が腕を掴まれたまま悟浄を見つめる。 八戒のあからさまな様子に悟浄は小さく肩を竦めると、八戒の腕を解放した。 「じゃぁ、さっきは何で拗ねてたんですか?」 「さっき?さっきはこうしたかっただけ」 悟浄が八戒に腕を回してギュッと抱きつく。 「寒いのに窓なんか開けて…手近で暖かいのって八戒だけだろ?」 「でも僕、悟浄よりは体温低いですよ?」 「…またマジボケする気か?」 ムッとしながら眉を顰める悟浄に、八戒は微苦笑を浮かべた。 悟浄の背中に腕を回すとポンポンと宥めるように叩く。 「分かってますよ。悟浄ってこういうスキンシップも好きですもんね〜」 クスクスと悟浄の耳元で八戒が楽しそうに笑った。 「んだよ、悪いか!」 くすぐったさと恥ずかしさを誤魔化して、八戒ごとベッドへ倒れ込む。 甘えるように八戒の肩口に額を押しつけ、悟浄もクスクスと笑った。 「ああ、本当に肩が冷えてしまってますよ?」 八戒は押しやられていた上掛けを掴むと、悟浄の身体に掛け直す。 もぞもぞと収まりのいい体勢を作ると、悟浄は八戒に抱きついたまま溜息を吐いた。 「悟浄、寒くないですか?」 「んー?八戒暖かいからへーき」 八戒は満面の笑みを浮かべながら、悟浄の頭をそっと抱き寄せる。 「あ、そうだ。八戒明日…じゃねーか今日何時ぐらいに出かけるんだ?」 「え?出かける??」 「おいおい。自分で言ったんだろぉ〜?今日は生臭坊主とチビ猿んトコに出かけるって。悟空と約束してたんだろ?」 「あ、幸せにドップリ浸っていてすっかり忘れてました♪」 八戒は全く悪びれもせずにニッコリ頬笑んだ。 臆面もなく堂々と言い切る八戒に、悟浄は赤面しながらも呆れ返って脱力する。 やっぱコイツには適わないかも、と改めて再認識してしまう。 「何か持っていくんだっけ?」 「ええ、面白そうだからイヤガラセにホワイトデーのキャンディー詰め合わせを」 「???」 悟浄にはさっぱり話が見えない。 『面白い』と『イヤガラセ』と『ホワイトデー』がどうやったら同列になるのか? 意味が分からず煩悶していると、 「何でしたら悟浄も一緒に行きますか?」 八戒が誘ってきた。 「はぁ?何で俺がわざわざ山登ってまで、辛気くさい坊主の顔なんか見に行かなきゃなんねーの」 「辛気くさくは無いと思いますよ〜?」 「………え?」 驚いて悟浄が顔を上げると、目の前には何かを企む悪魔の頬笑み。 背筋を冷たい汗が伝い落ちた。 しばし悟浄は考え込む。 まぁ、今回は俺に関係無いことだし、いっか♪ 「んじゃ、俺も辛気くさくねー生臭坊主と小ザルちゃんの顔でも見に行こっかなぁ〜」 「結構面白いモノが見れると思いますよ?」 「マジ?」 二人して視線を合わせると、楽しそうに人の悪い笑みを浮かべた。 |