W.D.battlefield |
一方のウワサの二人は。 「すっげー…ここに泊まるの?」 悟空は目をまん丸くしながら、呆然と建物を見上げていた。 目の前にはこの辺りでは珍しい高い建物。 コンクリートで出来た8階建ての大きな建造物。 悟空は初めて見る建物に興味津々らしく、瞳をキラキラと輝かせている。 その横で何やらメモを取りだし、三蔵はブツブツと呟いて確認していた。 「何だと?フロント横のパネルから好きな部屋を選んでボタンを押すと、カードキーが出てくる?割引チケットの清算はチェックアウトの時フロントで?」 「…さんぞ?何一人でしゃべってんの??」 「なっ…何でもねーっ!!」 ひょこっと悟空がメモを覗き込むと、三蔵は慌ててポケットに突っ込む。 「なー、寒いから早く入ろうよ〜」 悟空が甘えるように三蔵の袖口をクイッと引っ張った。 暦の上で春とはいえ、夜はかなり冷え込んでいる。 悟空の頬も寒さのせいで、ほんのり赤く染まっていた。 「じゃぁ…悟空、此処でいいんだな?」 「へ?何が??」 「あ…いや…別に何でもねー」 悟空がきょとんと三蔵を見上げる。 はっと我に返って、三蔵は誤魔化すように咳払いをした。 つい柄にもなく緊張しているせいか、三蔵の言動もかなり怪しい。 当たり前だが、三蔵自体いわゆるラブホテルなど利用するのは初めてなのだ。 説法などで遠出をした際に地元の民宿や旅館に泊まったことぐらいはあるが、そういう行為を目的とした処に出向いたことはない。 妙な気を利かせて接待にオンナを用意されたこともあったが、全く興味のない三蔵は不機嫌さを隠しもせずにその手の事は辞退していた。 要するにラブホテルに関して、三蔵には何の予備知識も無いのだ。 その辺は八戒も重々承知していたのだろう。 三蔵に置いていったラブホの割引チケットと一緒に、八戒監修利用マニュアルのメモも添えてあったのだ。 一度深呼吸をして冷静さを取り戻すと、三蔵は確認するように悟空を見下ろす。 「髪は長ぇし、細くてチビだから…大丈夫か?いや、でも…それはそれで年齢的にマズイか?」 「何だよもうっ!またチビって言う!!」 まじまじと真剣な顔で観察されながら言われて、悟空はぷうっと頬を膨らませた。 「そういう意味で言ったんじゃねー」 「じゃぁ何でだよっ!」 バカにされてると思ったのか、悟空は悔しそうに瞳を潤ませながら三蔵を睨む。 かと言って本当の事を言える訳がない。 この場所はオトコとオンナが―――たまに自分たちのような例外もあるが、獣に成り下がって本能の赴くままに互いを貪る為だけの目的で作られている建物だ、とか。 自分はともかく、平均よりも大分幼く見える悟空と同伴では、端から見ればメチャクチャ犯罪チックだ、などなど。 まぁ、悟空は髪が長くて線が細い分、コートのフードで隠せば少女に見えないこともないが、それはそれでシチュエーション的にヤバイ気もする。 そんな調子で三蔵が大人として煩悶しているなど、悟空が気づく訳もなかった。 「さっさと部屋を選んで入っちまえばいいんだけどな…」 「だからぁ〜!寒いから早く入ろうってば!俺もう指が悴んで痛いよぉ」 見当違いのお強請りをしながら、悟空は冷たくなった指先に息を吹きかける。 ぎゅっ。 「さんぞ…」 冷えてしまった悟空の手を掴むと、三蔵はそのまま自分のコートのポケットに突っ込んだ。 悟空は嬉しそうに頬笑みながら、三蔵の腕へと甘える。 「…行くか」 「うんっ!」 ウキウキと上機嫌の悟空を眺めながら緊張した面持ちで、三蔵はラブホテルの入口へと向かった。 さすがにホワイトデーで下手をすれば満室かと危惧していたが、予想に反して半数は開いていた。 時間帯的にまだ早いということがあるのだろう。 壁に貼られた各部屋の写真に明かりが点いているところが結構残っている。 「なーなー、色んな部屋があるよ?」 悟空は物珍しそうにキョロキョロと写真を眺めた。 その横で三蔵はまたもや八戒極秘メモを確認している。 「あー?悟空だったらアミューズメント系の部屋がいいですよ?お勧めは305号室です〜?305…」 三蔵は目の前のパネルへと視線を走らせた。 305号室はまだ空室になっている。 写真を確認すると、部屋のベッドにはぬいぐるみやら可愛らしい装飾がされていて、ガラス張りのバスルームには大きなジャグジーとその横に何故か滑り台がついていた。 確かに悟空がはしゃぎそうな部屋だ。 三蔵は更にメモを読み進める。 「なになに?折角のホワイトデーですから、ちょっと趣向を変えて刺激的なモノを希望するなら◎でお勧めなのが502号室?」 三蔵はパネルの上方を見上げた。 「……………何だアレは」 502号室の部屋は異様だった。 四方の壁の三つまでもが全面鏡張り。 唯一鏡じゃない壁も寒々しいコンクリートの打ちっ放しで、何やら色々な道具が横並びに配置されている。 パッと見で三蔵に分かったモノは革製の鞭ぐらいで、後は何に使用するのか想像も付かない。 その横はどういう訳か鉄格子になっていた。 ベッドは何故か重厚な鉄製で、サイドには謎の金具が色々付いている。 天井からも何やら鎖やら用途が全く分からない革製の固定ベルトが何本もぶら下がっていた。 部屋の照明も他の部屋と比べて薄暗く、赤い蝋燭が灯されている。 極めつけは部屋の真ん中に置かれた大きな木馬。 木馬の背はどういう訳か三角に尖っていた。 ソノ手の事に疎い三蔵でも、それがどんな部屋かぐらいは分かる。 「お勧めって…SM部屋じゃねーかっ!」 思わず三蔵は我を忘れて叫んでしまった。 突然の大声に、悟空はビックリして三蔵を見上げる。 「どうしたの三蔵?」 「あ…いや…」 「えすえむべやってなぁに?」 初めて訊く言葉に悟空は小首を傾げた。 「…子供は知らなくていーんだよ」 「もうっ!また子供扱いしたぁ〜」 悟空は盛大に拗ねながら、三蔵の胸をポカポカと叩く。 「いや…違うな。大人でもこれは性癖の問題だし」 「せいへき〜?」 「ようするにっ!俺らには関係ねーってことだ」 三蔵は嫌悪感を隠そうともせず、きっぱりと言い切った。 「ふぅ〜ん。そうなんだ」 悟空も三蔵がそう言うのならと、あえて食い下がってまで知りたいとも思わないようだ。 「ったく…八戒のヤツ。よりによって何つー部屋を勧めやがる」 一見人の良さそうな、悪魔の笑顔が浮かんでくる。 「それにしても八戒の嫌がらせか?まさかアイツら本当に使ったことがあるとか。いや、いくらなんでも悟浄は嫌がるだろうし…でも八戒ならヤリかねん」 一瞬想像もしたくないモノが脳裏に浮かんで、三蔵は思いっきり頭を振った。 馬鹿らしい妄想を振り切るように、三蔵は最初に書いてあった305号室のボタンを押す。 部屋のランプが消え、下からカードキーが吐き出された。 急いで引き抜くと、三蔵は悟空の手を掴む。 「ほら、さっさと部屋に行くぞ」 「うんっ!」 こんな所で他人とすれ違うのも真っ平だと、三蔵は悟空を引きずってエレベータへと乗り込んだ。 カチ☆ オートロックが解除されたのを確認して、三蔵が扉を開ける。 即すまでもなく、悟空はバタバタと部屋の中に駆けていった。 「うわぁ〜すっげぇ!こんな部屋初めて見たぁ!!」 三蔵が扉を閉めると、奥の部屋から感嘆した声が聞こえてくる。 部屋に入った途端、三蔵はクラリと眩暈を覚えた。 寝室全体が白とパステルピンクで統一された、少女が好みそうなやけにメルヘンチックな部屋。 大きなキングサイズベッドは、メリーゴーランドの乗り物をイメージしたような装飾だ。 ご丁寧にポールまで立てられ、天蓋まで付いている。 淡い花柄の上掛けのサイドには、フワフワのぬいぐるみが沢山並べられていた。 「…写真の方が地味じゃねーか」 思いっきり嫌そうに眉を顰めながら、三蔵は深々と溜息を零す。 あまりの少女趣味に拒絶反応を起こして、全身に鳥肌が立つ。 しかし、悟空は一向に気にしてないようだ。 「おい、サル!こっちにコート寄越せ」 三蔵は自分の上着をハンガーに掛けながら、チョロチョロしている悟空のフードを掴む。 言われたとおりにコートを脱いで三蔵に渡すと、部屋の中をグルグル歩き回った。 部屋のあっちこっち扉や引き出しを開けて、物珍しそうに観察している。 「なぁなぁ、さんぞっ!コレなぁに?」 悟空は備え付けのクロゼットを覗き込みながら、三蔵を手招いた。 面倒臭そうに近寄って、三蔵も中を覗き込む。 一瞬にして身体が硬直した。 クロゼットの中は更にガラス戸に仕切られていて、一種のショーウィンドウのようになっている。 その中に陳列されているモノは… 「何だろ?随分色々あるけど…ヘンな形してるよなぁ〜。コッチなんかピンポン玉いっぱい並べてるみたいだし、コッチはブツブツがいっぱいだ〜。ん?スイッチが付いてるけど動くのかな??」 ガラスにへばりついて覗き込んでいる悟空の襟首を掴むと、三蔵はもの凄い勢いでクロゼットを閉めた。 「ど…どしたの?さんぞ??」 三蔵らしからぬ剣幕に悟空は目を見開いて驚いた。 激しく動揺しながら異常に早まる動悸を押さえ込もうと、三蔵がめいいっぱい深呼吸を繰り返す。 暫く繰り返して何とか冷静さを取り戻すと、三蔵は何でもなかったように悟空へと顔を向けた。 「今のは必要ないもんだから、もう開けるんじゃねーぞ」 「ふぅん…でもアレって何?」 初めて見たヘンなモノに、悟空の好奇心が刺激されてしまったらしい。 思わず三蔵の鉄面皮が微妙に引き攣った。 「あれはだなぁ…変態が使うモノだ」 「ヘンタイ?」 「例えば…八戒や悟浄が面白がって使うモノだ」 「じゃぁ、八戒も悟浄もヘンタイなの?」 「そうだ」 迷いもせず三蔵は即答で肯定する。 「ふーん…そうなんだ。じゃぁ俺は使っちゃいけないんだ?」 三蔵が悟空をじっと見下ろしながら何やら思案し始めた。 「………まだ早い」 ボソッと三蔵が小声で呟く。 「ん?じゃぁさ、もっとおっきくなったら使っていいの?」 更に三蔵が神妙な顔で考え込む。 「そうだな…ちょっとぐらいなら」 ついつい悲しいかな、三蔵のオトコの本音が無意識に漏れてしまった。 アレでどんな風に悟空が乱れるのか、少しは…かなり…いや、メチャクチャ興味がある。 しかし、まだ悟空は幼いし、ましてや名実ともに三蔵の恋人になってから日も浅い。 いきなりあんなグロテスクなモノを使うなんて出来る訳がない。 でも確かに好奇心があるのも、紛れもない本音であって。 「じゃぁ、俺がもっとおっきくなったらアレで遊ぼうねvvv」 無邪気な悟空のお誘いに、三蔵の視界が一瞬真っ白に眩んだ。 理性がブチ切れかけて、三蔵が思いっきり悟空を抱き寄せようと手を伸ばす。 スカッ☆ 「うわっ!すっげ〜♪三蔵見て見て!あっちの風呂、泡がいっぱい出てる〜」 いつの間にか悟空は逆側のガラスの壁へと移動してはしゃぎ回っていた。 虚しく宙を斬った腕をギクシャク戻して、バツ悪そうに三蔵は髪を掻き乱す。 「ったく…それぐらいでいちいち騒ぐんじゃねーよ、バカ猿!」 「だってだって!あんなアワアワな風呂なんか初めて見たんだもんっ!」 悟空は興奮しながら三蔵を見上げた。 確かに普段生活している寺院の三蔵専用風呂は、割と大きめの檜風呂だ。 ジャグジーなんてものが付いている訳がない。 せいぜい温泉の元を入れるぐらいだ。 三蔵もジャグジーは初めて見る。 ついボンヤリと眺めていると、悟空が袖口を引っ張ってきた。 「なーなー、三蔵。一緒に風呂はいろ?」 邪気のないニッコリ笑顔で悟空がお強請りしてくる。 三蔵の理性がグラグラと揺さぶられた。 「うわっ!?さっささささんぞっ!!」 ぽた。 「…………あ?」 「血っ!血がっ!?鼻血出てるよーっっ!!えっと…ティッシュ!?」 オロオロと悟空がティッシュを探して狼狽える。 三蔵は無言のまま自分の鼻を押さえた。 「ちっ…格好悪ぃな」 悟空がバタバタとティッシュの箱を掴んで戻ってくる。 「ほらっ!早く押さえないと!!もぉ〜いきなりどうしちゃったんだよぉ〜」 ティッシュを箱ごと渡しながら、悟空は三蔵を心配そうに見上げた。 「大したことねーよ。寒い外からいきなり暖房の効いた部屋に入ったから逆上せたんだろ?」 「そうなの?俺は平気だけど??」 「元々の体温がお前は高いだろ」 「あ、そっか!」 三蔵のかなり苦しい言い訳も、悟空は簡単に信じた。 「でも…大丈夫?」 「室温に慣れればすぐ止まる」 「ふぅん、そうなんだぁ」 どうにか誤魔化せたと内心胸を撫で下ろすと、三蔵はガラス張りの扉に手を掛ける。 「おい、一緒に入るんだろ」 「うんっ!」 三蔵は平静を装いながら期待で高鳴る鼓動を押さえ、悟空を即すようにバスルームの扉を開放した。 |