『塔矢くんとこんなクリスマスを過ごしたいv』 かぱ、とヒカルの顎が開く。 十二月の投票テーマと記されたそのタイトルに合わせて、いくつかの投票項目が並び、各項目にどれだけ投票が入ったかの棒グラフが真横に直線を描いている。 投票総数はすでに四桁を越えていた。……ということは、仮に一人で複数回投票したとしても、相当数の人間が「塔矢アキラとこんなクリスマスデートしたい!」というテーマに沿って投票をしたということだろう。 だが、この投票に何の意味があるのか。たとえ自分の希望するデートが一位になったとしても、アキラがそのデートに付き合ってくれるわけでもないというのに。 「すげえ……どんだけ無駄な夢見てんだ……」 当の本人は、デートどころかクリスマスの間中仕事漬けである。これだけのデータベースを持つサイトの管理人ならそれくらい分かっているだろうに、妄想するのは勝手だと言うことだろうか。 「なんだよ、俺だってホントはクリスマスデートしたいんだよ」 ぶつぶつ呟きながらヒカルは投票されている項目を見る。 そこには、ヒカルの想像を越えた女性ファンたちの願望が赤裸々に綴られていた。 第五位・映画館デート(もちろんラブストーリーv) コメント: ・ロマンティックな映画で、二人もいいムードになっちゃったりして! ・切ないストーリーに思わず涙したら、アキラくんがそっと肩を抱いてくれたりして……v 「ざーんねんでした、アイツはラブストーリーなんか絶対見ませんよ〜だ」 むすっと口唇を尖らせながら、まるで小学生のようないちゃもんをつけて、しかしヒカルはコメントに書かれているような紳士的なアキラの姿を想像してしまう。 ――そうだな、俺は映画なんか見ても泣かないから。なんか……何でもいいや、落ち込んでたりして、ちょっと泣きたい時とかにアイツが傍にいて…… それで、目元に涙を溜めてしまったら、アキラがそっと肩を抱いてくれる。そのまま胸の中に抱き締めてくれて、優しく髪を撫でてくれたりして…… 「だーっ! マズイ、マズイ俺!」 これじゃ妄想爆発なコメントを書いている彼女たちと変わらない。 実体験が含まれている分より鮮明で酷いかもしれない。 「き、気を取り直して、次だ次」 第四位・私の部屋でデート コメント: ・手作りのケーキを「美味しいよ」って笑顔で食べて欲しい! ・チャイムが鳴ってドアを開けたら、真っ赤なバラの花束を両手に抱えたアキラくんが立ってたりしてv 「マジかよ……手作りは卑怯じゃん」 自慢ではないが、ヒカルはろくに台所に立ったこともなく、お菓子作りどころか簡単な料理すら怪しい。アキラに手作りを披露するなんて、夢のまた夢だろう。 それでも、世の塔矢アキラファンに負けじと負けず嫌いなヒカルはイメージを膨らませてみる。 ――ええっと、親は邪魔だから、都合よく俺が一人暮らしとかしてて。初めてでめちゃくちゃになりながら、アイツのために一通り料理とか用意してさ。で、ピンポーンって鳴って、急いでドア開けたら、かっちりした服来たアイツが腕いっぱいの花束抱えて立ってるんだ。「メリークリスマス」なんつって…… ヒカルの下手くそな料理を美味しそうに口に運んで、無理するなと言っているのに残さず食べてくれて。 ――ついでにキミも食べていい? 「……俺、これはマズイわな、マジで……」 いよいよ妄想が酷くなってきた。 ヒカルは自分の精神に一抹の不安を感じる。 「大体、俺は料理なんてしねえし、花なんてもらっても困るよな」 確かにアキラには薔薇の類はよく似合うと思うのだが。もらう相手が自分だと思うとどうにもしっくりこない。 それに、料理だったらアキラのほうがずっと上手い。 両親不在が続く塔矢家で、近頃きちんと自炊を心がけるようになったアキラの簡単な料理を何度か口にしたことがあったが、飛び上がるほどの美味さという訳ではないにしろ、どれもこれも無難に美味しかった。ヒカルには到底できない芸当である。 「これは俺はパスだな。次はっと……」 第三位・オシャレなレストランでデート コメント: ・カッコいい車で迎えに来て、エスコートして欲しい! ・フランス料理のコースで、私の生まれ年のワインで乾杯v 「おいおい……アイツ十七歳だっての……」 アキラがこれらのデートを法的に許されるようになるには、あと三年もの年月が必要になる。車だの、ワインだの、女性は何と逞しく夢に想いを馳せることだろう。 「そもそも、アイツは酒に超弱いっつーの」 これを知っているのは恐らく自分だけではないだろうか? そう思うと少々小気味良い気分になってほくそえんでしまう。 ワインだなんて、ちょこっと飲んだらすぐふにゃふにゃになってしまうんじゃないだろうか。酔ったアキラを介抱するというのも楽しいかもしれない。 ――ぐったりしたアキラを抱き起こして、サラサラした髪に顔を埋めてくっついて眠るんだ。寝言で俺の名前なんか呼んじゃったりしてさあ…… 「ああもう、俺も充分妄想逞しいよ!」 ヒカルは髪を掻き毟りながら、恥ずかしい想像を断ち切ろうときつく目を瞑った。 「全く、次は何だってんだ」 第二位・一流ホテルのスイートルームで夜景デート コメント: ・夜景の綺麗なホテルでお泊りした〜い! ・夜景見ながら、キレイだねって言ったら「キミのほうが綺麗だよ」って言って欲しい〜vv 「超ベタなとこ持ってくんなあ……全く女ってやつは」 そうか、なまじアキラのなりが王子様染みているから悪いのだ。ヒカルはそう結論づけた。 ホテルのスイートルームも、ロマンチックな夜景も、「綺麗だよ」なんて台詞も、あの顔ならさらりと似合ってしまうものだから、女性たちがどんどん妄想を膨らませてしまうのだ。 そして、それは正真正銘アキラの恋人であるヒカルも例外ではなく。 ――夜景をバックにアイツが笑ったら絵になるだろうなあ。スイートルームなんて見たこともないけど、すっげえ広いんだろうなあ…… 窓の下に広がる宝石箱の煌き、夜空にはちらちら雪が舞い降りて。 二人きりの静かな広い部屋で、大きなベッドで重なり合って、朝までそうして過ごせたら。 「マズイ、ヤバイ! しっかりしろ、俺!」 ヒカルはバンバンパソコンラックを叩きながら、顔を真っ赤にして悶える。ぐらぐら揺れるパソコンが気にならないほど恥ずかしさでいっぱいになってしまった。 こんなところ、アキラに見られたら死んでしまうかもしれない。 今頃素知らぬ顔でせっせと明日の支度をしているだろう、愛しくて憎たらしい恋人。 「もう絶対変な妄想はしない! ……次で最後だしな」 第一位・とにかく一緒にいたい! コメント: ・アキラくんが居てくれたら何もいらない! ・二人で手をつないで雪の降る町を歩いてみたいv ・仕事で忙しい彼のところに、私がプレゼントって押しかけちゃう! 「……」 ヒカルは言葉を失って、しばし画面を無言で眺めた。 ――そうなんだよなあ。 どんなムード溢れるロマンチックなデートのシチュエーションよりも、アキラがただ傍にいてくれればそれでいい。ヒカルは何よりも、強くこの項目に頷いた。 そのまま無意識に手が動き、第一位の項目に隣接された「投票」ボタンをクリックしてしまう。 『投票完了。よければコメントを添えて下さいv』 「俺が投票してどうすんだよ〜!」 正真正銘、塔矢アキラの恋人である自分が何のためにこんな投票をしなければならないのか。 おまけにどんなに夢を見ても、本人と一緒にいたいというささやかな願いさえも叶わないというのに。 「……せっかくのクリスマスなのに」 誰だってクリスマスは夢見がちになる。素敵なデートに妄想膨らませたっていいだろう。 しかし、さすが気合の入ったアキラのファンたちである。第一位にこんなシンプルな希望を持ってくるなんて、ヒカルも思わず苦笑した。 「考えることは同じなんだ」 たくさんの人が、あの笑顔に憧れ魅了されている。 でも、彼が見つめ返すのはたった一人。 (俺だけだ) 切なくも傲慢な心の声は、ヒカルの胸を震わせた。 ――どうしよう。逢いたくなってしまった。 気づけば夜も更けて、電車もとっくに終わっている。今から家を出て行ったら、親にこっぴどく叱られるのは間違いないだろう。 おまけにアキラは明日から札幌へ出張で、忙しい数日間を過ごす予定なのだ。今から突然押しかけたりしたら仕事に支障が出るかもしれない。 優しいアキラは、自分を突き放したりしないだろうから。 「……逢いてえよお」 何て欲張りなんだろう。あれだけ愛されて、まだ我儘を言いたくなってしまう。 だって好きなのだ。いつでも逢いたいし、特別な日は二人で一緒に過ごしてみたいのだ。恋人たちのクリスマスに、乗っかりたいなんて希望はそんなに悪いことだろうか? ヒカルはすっかり陰を背負った瞼を半分ほど落とし、アキラに想いを馳せる五つのデートを恨めしげに眺め、そうして一つのコメントにはっと目を留めた。 ――仕事で忙しい彼のところに、私がプレゼントって押しかけちゃう! |
投票項目とコメント、いろんな人に協力を得て完成しました……みんな凄いよ。
てゆうかヒカル、負けてない、負けてないよ。むしろ圧勝。
そして1話目から見抜かれていた今回の舞台について、以下知人とのやりとり↓
私「クリスマスに何をさせたらよいものか」
知人「どっかデートさせてイチャつかせろ」
私「だから東京のデートスポットなんて知らんつーの」
知人「じゃあこっちに呼べ!」
ああ……なるほど……