Come across you






「マイクロトフ! 大丈夫か!」
 カミューは炎の中で膝をつくマイクロトフの姿を認め、熱を堪えて突進した。
 店の窓から炎に立ち向かうマイクロトフを見つけた時、彼女の制止を振り切って店から飛び出した。
 何故マイクロトフがここまでやってきたかは分からないが、おせっかいな彼が悪霊を目の前にして逃げ出すはずがない。案の定、狙われた男を庇って吹っ飛ばされ、その身を炎に差し出そうとしていた。
「大丈夫だ、カミュー」
 やけに嬉しそうにマイクロトフが答える。顔はススでもかぶったかのように黒くなっているが、白い歯が妙に爽やかでカミューは脱力した。
「見た目全然大丈夫じゃないよ。全く無茶するなよ! こんなのに適うわけないだろう! 大体どうしてここが分かったんだ? 寺に帰ったんだろ?」
「お前の声が聞こえた。俺を呼んだだろう」
 真剣な顔でとんでもないことを言うマイクロトフに、カミューは耳まで赤くなった。
「は、恥ずかしいこと言うなよ、そりゃ呼んだけどさ、聞こえるわけないだろう」
「いや、確かに聞こえたんだ。お前、やっぱり特別な力があるぞ」
 そう言うと、カミューが聞き返す間もなくマイクロトフの腕が伸びてきて、カミューの手をがっしり握り締めた。思わぬ行動にカミューはぎょっとする。
「!? な、何するんだ?」
「ちょっと手を貸してくれ。しばらくの間だけ……」
 マイクロトフはカミューの手を握ったまま、自分の目の高さまで持ち上げた。カミューが呆然と腕を取られたままの格好でバランスをとっていると、握られている手がほんのり暖かくなってきた。
(えっ?)
 マイクロトフは目を閉じ、何やらぶつぶつ口の中で呟いている。やがて、カミューの目にも、つないだ手の周りにぼんやりとゆらめく空気の流れのようなものが見えてきた。
 無色透明に見えるが、ほんのり青みがかっているようでもある。もしかすると、霊感体質でなければこれを見ることができなかったかもしれない。カミューはその不思議な気の流れに、霊的なものを薄ら感じていた。
 暖かい、落ち着く空気だった。周りは炎、先ほどまで感じていた腰を抜かしそうなほどの強い念の力が、いつの間にか遮られている。気づけは炎は二人を取り囲んではいるが、襲ってくる気配がない。責めあぐねているようにも見えた。
「カミュー、この念の正体は何だ? 何か知ってるんだろう」
 目を閉じたまま、マイクロトフが尋ねる。何となく心地よい雰囲気にぼうっとしかけていたカミューは、慌てて目を覚ますように首を振った。
「例の店で会った、彼女の恋人だよ。彼らはこのビルのあった場所で殺された。生きたまま焼かれたんだ。あそこに転がってるのが時効寸前まで逃げ回ってた犯人さ」
「なるほど……溜め込んだ念が押さえきれなくなったな。ならば無理にでもやめさせなければならない。人を引き込んだ霊は成仏できずに彷徨い続けるからな」
 マイクロトフは静かにカミューの手を離し、目を開いた。
 その横顔にカミューは何故かどきっとする。
(こんな顔をしていたっけ……?)
 元々生真面目な顔立ちだったが、今ここにいるマイクロトフの表情は潔いまでの鋭さを伴って見えた。うかつに声をかけられなかった。真っ直ぐに炎を見据える眼差しは、神々しささえ感じるほどだったのだ。
 息を飲むカミューを少しだけ振り返って、マイクロトフは穏やかに微笑んでみせた。
「礼を言うぞ、カミュー。お前のおかげであの霊を解放してやれる」
 何のことだ、と言いかけた言葉を飲み込む。マイクロトフが組んだ自らの両手を再び目の高さに掲げ、全身に力を込めたようだった。
 正面の炎を睨んだまま、マイクロトフははっきりと渦巻く念に語りかけた。
「お前の無念よく分かる。しかしここから先は我々に任せて、もう眠れ。乱れた魂に天への道を開く。やり場のなかった怒りも憎しみも、そこで全て受け入れられる。新たな生を授かるまで、心鎮まる場所で眠るといい」
 炎が騒ぐ。二人を囲むように螺旋を描いていた炎が、一筋の線となってマイクロトフに狙いを定めた。
 唸り声をあげて、真紅の槍が放たれる。
「危ない、マイクロトフ!」
 カミューの叫び声は轟音に掻き消された。
 目を刺すような強い光に、カミューは両腕で顔を覆う。地面が揺れ、立っている足元が覚束ない。
 腕の隙間から必死で目を開いてマイクロトフを見ると、彼の組んだ両手に向かって、炎から吐き出された黒い靄が恐ろしい勢いで吸い込まれてゆく。赤黒かった炎の色が薄れ、やがて青味がかって紫色のようになった。勢いが収まり、まるで霧のようになった炎だったものは、どことなく人の顔のような蔭を作り、それも数秒で消えた。
 気づけば炎は跡形もなく、目の前には例のビルが変わらぬ様子でそびえ、転がった男の他に人影はなかった。あれだけの熱を持った炎が暴れていたというのに、焼け焦げた様子はどこにもない。カミューは呆然と座り込んでいた。
 マイクロトフはビルを見上げ、静かに手を合わせた。






マイクロトフ開花という感じで……
展開の早さは我ながら健在ですな……
もう何でもアリらしい。