We are the BOYS






 石造りの建物の中、与えられた真新しい制服に袖を通してカミューは廊下を歩く。
 生活は順調だった。定められた時間通りの起床と訓練が今まで自由に暮らしてきた身体に多少は堪えるが、思ったよりも同室の少年と話が合ったのと、まかないのおばさんが作ってくれる食事が美味しいのとで居心地は悪くなかった。
 だが、案の定というか、夜色の髪をした例の少年には何かと問題ごとが付きまとっていたようだった。
「今朝もやらかしたらしいよ」
「朝からビルと大喧嘩だって」
「ビルの顔、すごく腫れてたよな」
 朝食の間はいつものように彼の噂で持ち切りである。すでに名前は出さずとも誰の話題か皆分かり切っている。彼と同室のビルはもう何度怪我をしたか分からず、生傷の絶えない身体となっていた。
 カミューはサラダを咀嚼しながら、まるでそんなこと興味のないように食事を続けていた。ところが耳だけは毎日彼の情報を常にキャッチしている。誰と問題を起こした、誰と殴り合いをした、聞こえてくるのはそんなことばかり。彼が好成績で試験をパスしたことや持久走で記録を作ったことなどは、やっかみの対象にこそなれ決して賞賛は貰えない。
 騎士団の人間として生活を始めてから、カミューはマイクロトフと会話をすることはなかった。それどころが意識して会うこともなかった訳だが、こうしてカミューのほうは一方的にマイクロトフの話を耳に入れていると言う状況だ。
 カミューは何かきっかけを探していた。まともに話が成立したこともないマイクロトフと言う少年にどうしてこんなに興味を引かれるのか分からなかったが、恐らく彼の孤独と言う言葉では単純に表せない雄弁な瞳のせいだろう。
 黒い目の揺らぎが無性に引っ掛かっている。
 そんな折だった。午後の休憩時間、カミューが一人近道のために中庭を横切ると、あまり雰囲気の良くない声が聞こえて来た。
「いい気になるな、めかけの子のくせに!」
「だまれ! 大勢じゃないと俺に向かって来れないのか!」
「うるさい、やっちまえ!」
 わあわあ、とかん高い声が5、6人だろうか。カミューは騒がしい茂みに走った。草の間から顔を出すと、剣も持たないマイクロトフ一人輪の中央で応戦している。集まった子供達は手加減無しでマイクロトフに掴み掛かる。マイクロトフは一歩も引かず、向かってくる大柄な子供を投げ払い、噛み付く子供の髪を掴み、泣き出す子供を蹴り上げた。
 カミューはその暴れっぷりに半ば感心しながら見入っていた。よくもまあたった一人でここまで反撃できるものだと思ったが、遠くに難を逃れた子供の一人がマイクロトフに砂を投げかけるのを見て身を乗り出す。
「!」
 マイクロトフは咄嗟に目を押さえる。砂が入った。
「今だ、やれ!」
 その隙をここぞとばかりに利用しようとする彼等に、カミューも黙ってみている訳にはいかなくなった。
 茂みから飛び出し、まだ目を瞑ったままのマイクロトフに殴り掛かろうとしていた少年の襟首を掴んで引き離した。
 彼等は驚いて後ずさる。カミューは集団の中でも身長の高い方だった。また異国の髪は悪い意味ではないにしろ目立つ。少年達はすぐにカミューを見分けたようだった。
「あんまり卑怯過ぎないか」
 カミューの一睨みはなかなか効果があったようだ。また、人が現場を見ていたという罪悪感(そう、罪悪感はあるのだ、子供なのだから)に恐れをなしたか、一人が駆け出すと残りの少年も後を追う。蜘蛛の子を散らすように少年たちは消えて行った。
 マイクロトフは必死で目を擦って、状況を確かめようとしている。
「こすらないほうがいいよ。目が腫れてしまうよ」
「うるさいっ……」
「待って、砂で目が傷つく。洗ったほうがいい、早く噴水のところへ」
 カミューがマイクロトフの腕を取ると、マイクロトフは条件反射のように振払った。カミューもムキになって腕を取りかえす。マイクロトフが払おうとする、それを無視するように押さえ込んでカミューは歩き始めた。
「はなせ、はなせったら!」
 騒ぐマイクロトフを無言で引きずり、中庭の中央にある噴水へ連れて行く。彼の手を噴水の水に突っ込むと、マイクロトフも渋々了解したのかそれとも単純に目が痛くてたまらなかったのか、両手で水を掬ってざぶざぶと顔を洗い始めた。
 カミューは黙ってその横でマイクロトフのつむじを見ていた。身長もそれほど高くない、小柄な彼の突っ張り方はあからさまで常にギリギリ。ちょっかいを出したくなるほうの気持ちも分かる、けれど彼らは大人から聞いた言葉をそのまま発音しているに過ぎない。
 めかけのこ。
「悪いけどタオルは持ってないんだ」
「……」
 顔を上げたマイクロトフはカミューに答えず、ぶるぶると首を振って水気を飛ばす。飛沫がカミューの頬にも飛んで来た。
「目は大丈夫?」
 マイクロトフはふいとそっぽを向く。カミューはその様子が今まで見た中で一番子供っぽい仕草であることに気がつき、思わず顔を綻ばせた。
「なんで俺を助けた」
 ぶっきらぼうな口調にカミューは笑顔を向ける。
「さあ?」
「何だそれは! お前、何をたくらんでる!」
 マイクロトフは両足に力を入れてカミューを睨み付けた。身長差で見上げる格好になってしまうのがカミューは可笑しくてたまらない。
 黒い瞳に力を込めれば、それだけ太陽の光を反射してきらきら輝いて見える。
「助けたかったからじゃないかな」
「なんだと?」
「君と話してみたかったんだ」
 カミューの微笑みにマイクロトフは怪訝な表情を見せた。
 この異国の少年は何をほざくのか、そんな顔だ。寧ろ異国の者だからか。疑問が聞こえてきそうな素直な顔にカミューは安心する。
 ああ、やっぱり無理をしているだけなんだ。
「ほんとだよ。君と話してみたかった。それじゃだめかな」
「わけのわからないことを言うな」
「初めて会った時から、話したいと思ってたんだよ」
 夜色の瞳がぶつかってきた時から。
「お前の言っていることはさっぱりわからん! 礼なんか言わないからな!」
 マイクロトフは堪り兼ねたか、まだ濡れている顔を真っ赤に怒鳴り声を上げるとカミューに舌を出した。
 カミューは嬉しかった。また駆け出していってしまった少年の心に今度は少しくらい残っただろう。もっともっと話して、彼の素直なところをたくさん見たい。彼が向ける憎しみの鉾先を変えてあげたい。
 誰彼構わず敵対するのは、一人になるのが怖いから、独りでいることに気づくのが怖いからだと母親は教えてくれた。発散する憎悪で誤魔化しても、本当の淋しさはずっと心に残ったままなのだと。
 マイクロトフはカミューが出逢った初めての淋しい少年だった。直線的な剣の線は彼の純粋さの表れ。
 どうして拒絶という防御を張ってしまうのだろうか。カミューはマイクロトフに投げられた少年達の心無い言葉を思い出しながら、彼の育った環境を思った。
 どうしてだろう。






子かみの喋り方が11歳に聞こえない……。