We are the BOYS






 マイクロトフは何かカミューに口を挟もうとしたようだが、カミューはその隙を与えないよう素早く物語りを続けた。
「でも彼は寂しくなかった。自分がこの世で一番強いと思っていたからだ。周りの人間と仲良くなることを自分からも拒んで、彼は一人で愛剣を片手に世界を放浪していた。」
 カミューは星を見ながら故郷の厳しい大地を思い出す。
「彼はいつも一人だった。降らすランドの冬は渇いた風が冷たくて、枯れた土地を一人で歩く。雨の日も一人濡れながら歩く。誰とも話さず、誰の目も見ず、いくつの町を通り過ぎ、ただ彼は歩き続けた。朝が来て夜がくる毎日の繰り返し。そうして何年も一人でいるうちに、彼は自分の声を忘れてしまった。声が出せなくなっていた。」
 マイクロトフが静かなのを見て取って、カミューは少し口調をゆっくりと変えた。昔ベッドの中で眠りにつく前に、母親が話してくれた時のように、一言ずつ言葉を区切り始めた。
「でも彼は声を出さなくても平気だった。使う必要がなかったから。そうしてまた何年も旅を続け、彼はある町にたどり着いた。いつもなら通り過ぎるところだったが、彼はとても喉が渇いていた。近くに川も湖もなかったので、彼はその町に立ち寄ることにした。」
「……」
「町の人々は思った通り、彼を見ても話し掛けては来なかった。今まで誰とも話をしなかったので、彼の顔はすっかり恐ろしくゆがんでしまったんだ。でも彼は気にしなかった。いつものことだからね。そうして水を手に入れて、町を後にしようとした。ところがそんな彼のマントを引っ張る人がいた。」
「恐ろしい顔の騎士のマントを?」
 マイクロトフが聞き返してくる。
 初めての反応にカミューは思わず過分な笑顔で応えてしまいそうになった。彼を刺激させないように、なるべく表情を抑えて「そうだよ」と優しく返す。
「振り向くとそこにいたのは子供だった。彼は驚いたが、いつものように何も答えなかった。すると子供はこう言ったんだ。『どこか痛いの?』。彼ははっとした。誰とも話をせず、恐ろしい顔になってしまった彼の心の痛みを初めてその子供がわかってくれたんだ。そうして彼は初めて涙を落とした。ぽたぽた涙が落ちると、それまで恐ろしく強張っていた顔がとても優しい顔になったんだ。」
「騎士のくせに泣いたのか?」
「騎士だから泣けなかったんだよ。でも、そのせいで彼は自分が寂しいことを忘れてしまったんだ。人は寂しさを感じるから誰かに優しくすることができる。彼はそれからとても優しい騎士になった。でもまだ彼の声は出なかった。」
 マイクロトフは恐らく無意識だろう、いつのまにかカミューの隣までやってきていた。興味津々の子供の表情で、目を少し丸く膨らませながら、その口唇は渇いている。
 カミューも自らの話す物語のあらすじを思い出しながら喉が渇くのを感じていた。
「どうして声が出ないんだ?」
「どうしてだろう? 彼にも分からなかった。その子供はいつも彼の傍に来て、花やお菓子を持ってきてくれる。でも彼はその子に『有難う』の一言さえ伝えることができなかった。彼は悲しかった。今まで人と話さなかったせいで、大切に人にお礼を言うこともできなくなっていたんだ。」
 カミューは星の輝きをもう一度眺めた。グラスランドの夜空で見た星とは位置も大きさも僅かながら違う。星の角度で天候や方角を計っていたカミューにはそれが良く分かっていた。
 しかし、伝説のお話のように騎士が闊歩するこの街の空は、輝く一等星が全て重厚な鎧を身にまとった騎士に見えてくる。カミューが、そしてマイクロトフが目指す騎士の姿が空に浮かんでくる。
「そんな彼の傍に、子供はいつもいてくれた。彼は子供と一緒にいるのが嬉しくて、声を出せない代わりに笑顔を返すようになっていた。子供もそんな彼を見て楽しそうに笑うんだ。彼は初めて幸せだと思った。ところが、ある時その町に魔術師が現れたんだ。」
「魔術師」
 マイクロトフが息を飲むのが分かった。
 カミューはそこでにっこり笑って、「今日はこれでおしまい」と締めくくった。
「なんだそれは! ずるいぞ!」
「続きはまた明日話すよ。」
 カミューは賭けに出た。それは恐らくマイクロトフにも伝わったのだろう。純粋に話の続きを知りたいと思うだけではない、複雑に絡まった感情が内にあるのは眉間に寄った皺で分かる。
 できれば頷いて欲しいと思う。でなければ自分は彼からこの場所を奪ってしまうことになるかもしれないのだ。きっと人の目を盗んで毎晩のように自分の世界を造っていたに違いない。その逃げ場所を取り上げてしまう。
 ところが、マイクロトフはきゅっと口唇を結んで顎を引いた。相手を睨みつけるときの仕草だ。
 カミューがあっ、と思った時には、彼はもう駆け出していた。無言のまま、屋上のドアに手をかけて、そうして扉は閉まる。
 残されたカミューは自分の作戦が失敗したことを恨めしく思った。話し方がまずかったのかもしれない。自分が今よりもっと小さい頃、母に聞かされたこの伝説の物語は何度聞いてもどきどきするお話だった。あの頃自分が聞いたようにうまく話すことができなかったからだろう。
 肩を落としたが、しかしどうなるものでもなかった。カミューはもう一度星空を見上げて、自分の知っている星座がないか探した。グラスランドの空は遠かった。






カミューの話し方が悪いというより、
私のテケトーさが悪い気がする……。