We are the BOYS






 翌朝カミューは同室者の鼾で起こされた。目覚めが悪かったせいか朝食もあまり進まず、周りから大丈夫かと心配されてしまったほどだ。
 自分で思っていた以上にがっかりしていたのだ、きっと。カミューは自分がどうしてもあの少年と仲良くなりたいと思っていることに今さらながら気づかされた。
 今朝は特にマイクロトフの噂を聞かなかった。昨夜のことをどう思っているだろうかと、彼の反応が心配になる。
 おまけに今日の天気は生憎の曇り空だ。ひょっとしたら雨も降ってくるかもしれない。マイクロトフだって雨の日まで屋上にやってくることはないだろう――カミューは再びがっくりと肩を落とした。




 ***




 カミューの同室者は墜落睡眠だった。一度寝てしまうと余程のことがない限り目を覚ますことはない(寧ろ彼の睡眠中の騒音でカミューが起こされることが多い)。
 そのため部屋を抜け出すのに苦労はなかった。思ったとおり空は曇って星などひとつも見えないことを窓から確認したが、それでもカミューは屋上へ続く階段を上がった。
 いてくれたら良いな、微かな期待を隠し切れず足が逸る。開いたドアには力がこもっていた。そこには――重い暗闇が空を覆っていた。彼の姿はなかった。
 カミューは溜め息を落とし、とぼとぼ屋上の中央まで歩いていく。昨夜と違って何て悲しい景色だろう。寒くて暗い。今にも雨が降ってきそうだ。
 戻ろうかな、頭ではそう思っていた。しかし足がなかなか納得してくれなかった。カミューはしばらく動かないでそこにいた、背後でドアの開く音を聞くまでは。
 振り返るその瞬間まで、期待するまいと自分に言い聞かせた。しかし見覚えのあるふてくされた表情の少年を見た時、顔が綻んでしまうのを抑えることができなかった。
「……つづき、聞いてやる。さっさと話せ」
 怒ったようなぶっきらぼうなマイクロトフの言葉に、カミューはただ頷いた。おいで、と小さく呼んで屋上の冷たい床に腰を下ろす。マイクロトフは少し躊躇ったようだったが、それでもカミューから一人分離れたところにやや背を向けてしゃがんだ。
 カミューは厚く張った雲の向こうで輝いているに違いない星を見上げながら物語の続きを話し始めた。いつしかマイクロトフも空を見ていた。



 魔術師は子供に魔法をかけた。子供に死よりも恐ろしい悲しみを与える魔法だった。
 騎士は魔術師と戦った。しかし魔術師に剣の力は通用せず、騎士は自分の無力さを呪った。
 子供の涙を見て、騎士は剣を取り落とす。
 人が恐れる大きくて重い剣を持ち上げる力も、子供を助けたいというたったひとつの願いが叶えられない。 騎士は泣いた。
 彼は叫んだ。それまでどうやっても出なかった声で子供の名前を精一杯叫んだ。

 ――子供の呪が解けた。

 騎士の心が魔術師に勝ったのだ。




 力だけが強さではない。カミューはマイクロトフを見た。
 マイクロトフは夢を見ているような、どこか焦点の定まらない目をしていた。



 ……雨は降らなかった。




 ***




 それから、カミューは意図的にマイクロトフの周りに現れるようになった。
 常に一人で風を切って歩くマイクロトフの目の前、背後、隣に顔を出すカミューを、最初こそ鬱陶しがっていたマイクロトフだったが、やがて諦めたのだろう。以前は必要以上に追い払う仕草を見せていたが、今ではそれ程相手にしなくなっていた。というより、カミューが現れることが気にならなくなっていたのかもしれない。
 一方的だったカミューの言葉も、ちらほらとだが会話になることがあった。マイクロトフがそのことに気づいているかは分からないが、僅かでも返事が返って来た時はカミューはそれは飛び上がりそうな程喜ぶのであった。
 一方カミューの周りの友人達に異変が起こった。今まで普通にカミューに接していた彼等は、単純にカミューの行動を心配し始めた。どうしてあいつを構うのかと聞かれたカミューは、素直に仲良くなりたいからだと答えていた。そのためまるで諭すようにカミューを引き留めていた少年達は、やがて一人二人と離れて行った。
 そのことはマイクロトフも気づいていたようで、ある日彼はこんなことを言った。
「俺に話しかけるな。知らんぞ」
「気づかってくれるのかい」
「ばか」
 何だかカミューは今まで傍にいたどの少年達との交流よりも、マイクロトフとこうして微かに成り立つか成り立たないかの会話を交わすことのほうが有意義に思えた。
 気づけばマイクロトフは以前のように同室者としょっちゅう問題を起こすことも少なくなり、カミューが傍にいることが多くなったせいか意地の悪い同級生からちょっかいを出されることもあまりなくなっていた。 カミューは屋上へも度々訪れた。マイクロトフもカミューにこの場所を知られたことは分かっている癖に、だからといってそこに来るのをやめるつもりはないようだった。
 決して毎晩ではなかったが、カミューはマイクロトフに会いに来た。
「……、おい、この前みたいな……星座の話はもうないのか」
 カミューは静かにあるよ、と答える。本当は嬉しくてどれが聞きたい? と過剰反応をしてしまいそうになるが、尋ねればマイクロトフは聞きたくないと答えるのだろう。だからカミューはそのまま自分の好きな星座の話を始める。一日ひとつだけ。話がなくなってしまえばカミューがそこにいる理由が減ってしまうから。長い話はこの前のように途中で止めて、マイクロトフが続きを強請るのを待ってみたりもした。
 空に輝く星にはそれぞ物語がある。この世にあるものには全て生命が溢れている。それが今よりもっと小さな頃から教えられて来たグラスランドの大地。
 ロックアックスの話も聞きたいな。……それはマイクロトフには伝えられない言葉だった。
 いつか聞いても良いのだろうか。カミューは口唇に僅かな笑みを浮かべながら、穏やかな目でむくれたマイクロトフの横顔を見る。






オチ弱!(笑)