We are the BOYS






 剣のぶつかりあう音は鈍かった。
 最初の衝撃はカミューもマイクロトフも恐らく想像以上だったに違いない。二人の顔色がさっと変わり、お互い簡単には終わらないことを理解した。
 二人が戦うのは入団試験の模擬試合以来だった。あの時のように時間制限はない。理由も全く違う、意図しなかった私闘を二人は誰も居ない納屋で始めてしまった。
 マイクロトフは小さな身体を活かしたすばしこい動きでカミューの死角に潜り込もうとする。カミューは戦い慣れから生まれたセンスでマイクロトフの剣を弾き返す。火花こそ散る剣ではないが、二人の視線が交わる時には電流のような力がこめられていた。
 正面からぶつかり合うだけでは勝てない、そう判断したマイクロトフはカミューの背後を狙うが、カミューとて簡単に後ろを取らせる訳にはいかない。しかし余裕を持ってマイクロトフをあしらうほど力の差が離れているわけではなかった。
 ひとつひとつの力が凄まじく重い訳ではない、しかし速さがある。圧倒的なすばしこさは思った以上に厄介な攻撃だった。弾き疲れたらアウトかもしれない。カミューは何とか状況打開を探しながらマイクロトフの剣に応戦を続けた。
 地面を蹴り、剣を振り、受け、弾き、また剣を、繰り返すうちに身体も精神も疲れてくる。
 どうしてこんなふうに闘っているのだろう、そんな素朴な疑問すら沸いてくる。
 元はと言えば何のために剣を取ることにしたのか。マイクロトフは心の中で歯痒く揺れる思いに口唇を噛む。
「どけったら!」
 カミューの剣を弾き落とすことができない。彼も息を乱しているというのに、剣の筋が乱れない。
 逆にマイクロトフに焦りが見え始めた。足を踏み込んでから狙いを定める角度が徐々にずれている。
 とうとう一瞬気を抜いたその手から、鋭い衝撃と共に剣が離れた。カミューは思わず安堵の荒いため息をついた。
 マイクロトフは弾き飛ばされた剣を拾おうとしたが、あまりに遠くに飛びすぎた。すぐには体勢を整えることができないと分かった瞬間、彼は素手でカミューに掴みかかっていた。
 カミューは咄嗟のマイクロトフの行動に対応が遅れた。思わず剣を向けそうになって、相手が丸腰ということに冷やっと背筋が凍る。
 仕方なく、カミューも愛剣を投げ捨てた。
 マイクロトフはカミューの襟元を掴んで、そのまま振り回そうとする。しかしカミューの身体は決して小さくも軽くもない、寧ろマイクロトフを吹き飛ばそうとカミューも掴み返した。
 マイクロトフはそれを裂けるために爪を立てた。カミューが瞬間目を瞑る。顎の辺りを引っ掻かれた。
 カミューもムキになってマイクロトフを引っ叩く。マイクロトフは怯まずに正面からカミューの胸に突っ込んで来て、拳でどんどんと叩いた。小さいからといって威力がないわけではない。うっかり鳩尾に食らってカミューの息がぎゅっと止まる。
 カミューはマイクロトフの足を蹴り、細かな身体を引き剥がそうとする。マイクロトフが噛み付いた。カミューが拳で顔を殴った。マイクロトフが髪を引っ掴んだ。二人は地面にごろごろ転がって泥だらけになり、マイクロトフが上に、カミューが上に、上下を目まぐるしく回転させながら取っ組み合いは一時間程続けられた。
 ……二人は楽しくなっていた。




 埃っぽくて空気の悪い、誰もが土足でどかどか足を踏み入れる狭い納屋。
 そのまん中に二人の少年は肩で息をしながらとうとう座り込んでいた。
 背中を向けて、しかし刺々しい様子はなく、思いきり汗を流して何処かすっきりした、目の覚めたような顔をしていた。
 どちらともなくお互いを見た。手足も顔も泥だらけ、髪は乱れてぼさぼさ、服もすっかり襟元や裾がぐちゃぐちゃ。マイクロトフが引っ掻き傷が走るカミューの頬を見て、堪えきれなかったように吹き出した。
「ひどい顔だ」
 カミューも吹き出したマイクロトフの腫れた口元を見て破顔した。
「そっちこそひどい顔だ」
「カミューのほうがひどい。ぼろぼろだ」
「マイクロトフだって泥んこだ。すごい格好だ」
 一度歪んだ口唇はどう頑張っても引き締めることができなかった。
 マイクロトフが笑ったのをきっかけに、カミューも笑い出した。お腹を抱えて笑った。こんなに心の底から楽しくて笑ったのは久しぶりだった。お互いの何て酷い格好だろう。他の誰と喧嘩したって、こんなみっともないことになるものか。
 約束の時間はとうに過ぎていた。
「どうしてくれるんだ。俺はうそつきになってしまった」
 それほど責める口調ではなかったが、ひとしきりの笑顔の後の淋しそうな言葉にカミューも笑うのをはたと止めた。
 マイクロトフに決闘を申し込んだ少年は、あの場所にいるのだろうか、いたのだろうか。カミューはマイクロトフを止めるという当初の目的を達成した訳だが、マイクロトフは阻止されてしまったのだ。
「……なぜマイクロトフは争おうとするのか、その理由が分からないから止めたんだ」
「なぜだと? 俺は……」
 マイクロトフは言いかけてやめた。気まずいような困惑の表情が見て取れた。
 カミューはその原因が分かっていたので、マイクロトフの言葉の続きを追求しようとはしなかった。
「私の名誉のために決闘をを受けたことは感謝してる。私はどれほど野蛮と馬鹿にされようとも故郷の草の大地を愛しているから、きっとその場にいたら私だって怒ったと思う。けどそれで剣を取ってはいけない」
「なぜだ! 俺たちは騎士になるためにここにいる。それをぶじょくされたんだ、騎士として剣を取って何が悪い!」
「マイクロトフの剣は人の名誉に耐えられるほどの重を受ける力があるか」
 マイクロトフがはっと勢い込んだ仕草を改めた。
 しばしカミューの言葉を考えて、それでも戸惑いの表情を見せた。意味が分からなかったのか、カミューの言葉に対する答えが否だったためかはカミューにも判断できなかった。
「マイクロトフは何のために騎士になるんだ。他人のために常に剣を取ることが最善の方法か? 進む先で邪魔をするものを全て切り捨てて、その後に何が残る」
「俺は……、俺は、お前がひどいことを言われたから」
「確かに騎士の剣は弱いものを守る剣だ。しかし力だけが全てではない、お前に話したね。軽々しく決闘など受けてはいけない、騎士の名を軽んじるな」
「……」
 マイクロトフは項垂れた。カミューの言葉は恐らくマイクロトフには難しいものだったのだろう。しかし、軽い気持ちで剣を相手に向けると言うのはどういうことか、マイクロトフなりに考えているようだった。
 しばらく重い沈黙が流れたが、カミューはそれを息苦しくは思わなかった。マイクロトフが真剣に自分の話を受け止めてくれているからだ。
 やがて、マイクロトフはほんの少し迷いの混じった目で、それでも揺るがない視線をカミューに向けた。
「……分かった。もう簡単に決闘を受けたりしない。いつか必要な時が来るまで、俺の剣は大切にする」
 カミューは顔を上げ、胸に燻っていた灰色の不安が掻き消えて行くのを身を持って実感した。
 マイクロトフの言葉一語一語を心の中で反芻し、改めて沸き起こる喜びを隠し切れずにカミューは身体で表現することにした。
「ありがとう、マイクロトフ!」
「わ、な、なにする!」
 飛びついてきたカミューを支え切れず、マイクロトフの小さな身体がころりと転がった。
 そうして転がったまま二人の目が合って、やがてその瞳に笑みが浮かんだ。
 泥だらけのまま、カミューとマイクロトフは寝転がって笑い合った。






所詮子供のケンカなのですが、
やっぱりカミューは11歳に見えないんです……。