WORKING MAN





「お前に言われて…初めて自分のことを改めて考えることができたと思う」
 呆然とした私を無視して、マイクロトフはカウンターテーブルを見つめたままぼそぼそと話し出した。
「彼女と別れたのは俺に原因があったからだ。それが分かっていたのに何処かで認めたくなかった」
「……」
「はっきり言われて気づくことができた…思った程ショックを受けているわけではないことにも…。彼女を幸せにできなかったのは辛いが、もっと彼女に合う男性がついていると思えば気が楽になる。…お前の言った通り、俺はそれ程彼女を愛している訳ではなかったのかも知れない」
「ちょ…」
 ちょっと待ってくれ。
 その方向に行かれるとこっちの計画が駄目になるじゃないか。
 未だに彼女に寝れんたっぷりで、どん底まで落ち込んでてもらわないと困るんだよ。
 まだ別れてから3日だぞ。人の労力を無駄にする気か。
「でも、まだ好きなんだろう? 彼女がヨリを戻すと言ったら考えるって言ったじゃないか」
「好きは好きだと思うが…今なら、できれば遠くから見守るのがいい。きっとまた彼女は俺といると疲れてしまうだろう…彼女には幸せでいてもらいたいんだ。」
 ああ、疲れるだろうさ。私だってクタクタだ。
「本当に自分の気持ちに正直になっているのか? 本当は彼女と元に戻りたいんだろう?」
 だんだん青少年の悩み相談みたくなってきたな。
 何とか彼の諦めムードを鎮火させようと煽るのだが、
「親身になって考えてくれるんだな。有難う」
 違う。それは違うぞ。
 誰が他人のことに真剣になって時間を無駄にするものか。
 その楽観的な勘違いは、早急になんとかしたほうがいいぞ。私以外にも被害者が増える。
 そんな私の想いなんか丸っきり分かっていない横顔は、相変わらず自分の世界に入ったままだ。
「しかし、彼女も俺に別れを切り出す時勇気がいったはずだ…もう元には戻らないだろう。そう割り切ることができたのもお前に少々キツいことを言われたからだ。感謝している」
「…それ、本当に感謝してる言葉かい」
 思わず出てしまった相手に合わせた悪態に、マイクロトフはつられたように笑った。
 …笑顔を見るのは最初の夜以来だろうか。
 こんな予定ではなかった。電話がかかってきたのは昨日だぞ。タイミングが悪過ぎる。
「本当に感謝してるぞ。お前に言われなかったら今でもぐだぐだ悩んでいただろう。…あんなにはっきりいろんなことを言われたのは初めてだったからな」
 その方がこっちとしては随分有り難かったんだが。
「でも、最初の夜の事は別だぞ。あんな乱暴な運転はよしたほうがいい。お前は女性を乗せることも多そうだからな、安全運転が一番だ」
「…女連れの時はあんな運転しないよ」
「では尚更だろう、お前に何かあったら哀しむ女性が多いのではないか?」
 いないよ、そんなもん。
 出かかった言葉を呑み込んだ。
 完全にマイクロトフのペースだ。
 寧ろ揶揄い調子でさえある口調に、何だかいろいろなことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 こんな前向きな男なんて相手にしていられない。…何をしようときっと意味がない。
 くそ、せっかく面倒な女の相手をする着になっていたのに…。
 何と答えたものか言葉に詰まっていると、奥の通路から女が戻って来るのが見えた。
 マイクロトフもそれに気づいて席を立つ。
「では、俺はこれで…」
「…ああ」
 他に返事のしようがなく、ただ頷いた。
 立ち去ろうとする彼の背中に何か言うべきか迷ったが、言葉を思い付く前に彼が振り向いた。
「昨日はすまなかった。…また、尋ねてもいいだろうか。ケーキを届けるから」
 身体が脱力してため息が漏れそうになる。
「……、洋梨を頼むよ」
 マイクロトフは笑って頷いた。
 女が元の席に戻って行くマイクロトフを見ながら、自分の席に手をかけた。
「何か話してたの?」
「…出よう」
「え? ちょっとカミュー、いきなり何…」
「出るぞ」


 乱される。
 あんな言葉は用意していなかった。気の利いたお世辞はあいつなんかに必要無いはずだ。
 どうして口が思うように動かない…。
 初めて会った夜なら、もっと言いたいことが言えたのに。
 あいつのいろんな行動にめちゃくちゃにかき乱される。
 そもそもあいつが余計なことを言わなければ、罠を仕掛けようなんて思わなかった。
 全部あいつのせいなのに、逆に自分が罠にはまってしまった気がする。
 こんなことは望んでいなかった。痛い目に合わせて、そのままサヨナラするだけだったはずが…
 どうしてこんなにペースが乱される。
 どうして何もかもどうでもよくなってしまうんだ…


 ***


 その夜、また電話が来た。
 断る気力がなかった私は、最初の予定そのままに会う約束を取り付けた。
 どうでもいい。…適当に会って、うまく切り捨てよう。
 余計な話を始めたら、抱けば一発。
 女を黙らせる自信はある。
 …女を黙らせる自信はあるんだ…。





台詞ばっかりになってしまいました…。
カミューさんがなんでこんなにぐったりしているのかというと、
この人は男相手に和気あいあいと(見た目)話すことがなかったからなのです。
マイクがにこにこしているのが信じられなかったようです。
ほんとにただのへなちょこ男になってきたな。
次はマイクサイドです…あっちはえらく前向きです。