WORKING MAN






 ……、退屈だな…。



 何気なく視線を滑らせた時計は、さっきからそれほど時間が進んでいない。
 仕事が終わって別段用事もなくて、真直ぐマンションに帰って着替えてごろごろして。
 まだ7時。今日は帰宅が早過ぎた。
「……」
 カミューはつけていたテレビを消し、もう一度時計を見る。
 退屈だ。
 何もやることがなくなった。女と連絡をとるのも面倒臭い。寧ろ目障り。
 左手に握っていた携帯で再び時間を確認して、おもむろにボタンを弄る。
 静かになった部屋に無機質な電子音がピ、ピ、と響いていた。
 退屈だ。
 の割に落ち着かない。
「……喉が乾いた」
 誰もいない部屋で独り言を言って少し恥ずかしくなりながら、のろのろと冷蔵庫へ向こう。冷えているのはビールくらいで、手に取ろうとして…やめた。
 思い出すまい、思い出すまいとしていたことを思い出しそうになる。
 冷蔵庫から踵を返して、テレビの前のソファにどっかり腰を下ろした。
 左手に持ったままの携帯で何度目かの時間の確認をして、また意味もなくボタンを触る。
(…何をやっているんだ…)
 この前からほぼ口癖になりつつある台詞だ。
 あれから一週間。…あれから。「あれ」って何だ。
 別に日数の基準になるようなことではない。さっさと忘れるべきことだ、きっともう関わるもんか。
 やけにあっさりと帰って行ったのは、今度こそあれで終わりだと思ったに違いない。
 誰が?
「……」
 間が持たなくなってテレビをつけ直した。
 誰かなんてどうでもいい。考えるだけ時間の無駄だ。
 それにしても退屈だ。
 テレビのチャンネルを適当に変える。何処にも興味を引かれないとなると、左手の携帯を弄ぶのに拍車がかかる。
 特に意味はなく、番号を押したり登録された名前をずらずらと目で追ってみたり。
 よく見たらあまり覚えのない名前も随分入っているな。この女とは何度会ったっけ。
 一度電源を切って、時間を見る。まださっきから10分も経っていない。
 また意味のないボタン連打を始め、発信記録でふと手がとまった。
 名前の登録のない番号。発信履歴は一週間前。
「……!」
 携帯から手を離し、テレビを消し、立ち上がったものの行き場はなかった。
 なんでこんなに苛々するんだ。
 考えないようにしているから考えてしまうのだ。
 あのぼんやりした挙動不振な男のせいだ。
 あの男のせいでペースは狂いっぱなし、ここ一週間どうも調子がでなかった。
 相手にしなければよかったんだ、あんなもの…
 こんなに苛々するくらいなら。
 自分が嫌な思いをしただけでいなくなってしまったというのに。
「…出かけるか」
 ボソリと呟いた独り言にまた恥ずかしくなりながら、そうと決めたら早速準備を始める。
 財布と車のキー、携帯片手に、さて。
(どこに?)
 決まった行き場なんか持っていない。
 そういえば1人で出かけるのなんて久しぶりだ。
 どこかに飲みにでも…
「……」
 飲みに、か。
 …あの店は雰囲気は悪くなかった。
(けどあそこは駄目だ。またあの男がいたらどうする。今度こそぶち切れるぞ)
 場所も丁度良い。車も置けるし。
(きっと会ったらのこのこ話しかけてくるに決まってるんだ。鬱陶しい、冗談じゃない)
 客層も嫌いじゃなかった。
(…いたらどうする?)
 そうだな、もしいたら。今度こそきっぱり縁を切ると宣言できるな。
 あのテのタイプははっきり言わないと分からないから…、次からは偶然見かけても声なんかかけてこないように。
 これ以上トモダチ面をされるのは迷惑だと、きちんと“お話”したほうがショックがきついかもしれない。
 そうだ、どうせ計画は大失敗だったんだ。一度くらいあいつのへこんだ顔を見ておきたいじゃないか。
 よし、見つけたら即言ってやろう。この前みたいにあいつに余裕かまされる前に、人前で思いっきり言ってやるぞ。
 決めたぞ、これで少しは退屈が紛れる。



 つまらなかった気分が一気に浮上した。
 同時に少し緊張していたようだった。
 誰かに前もって攻撃をしようと身構えることは今までなかったからだろう。そんなことしなくても不要なものは即座に切り捨ててきたのだから。
 憂さ晴らしには丁度いいだろう。これで調子が悪かった一週間を穴埋めできる――
 …それにしても、不思議な緊張感だ。





自分に言い訳する男。
へなちょこ。