「えっと…、な、何か…?」 思わず向こうが名乗る前に彼の名前を呟いてしまった。 今の余計な言葉でまたペースが狂う。多少声が上ずっているが、体勢を立て直すためには相手が先に話すようにしなければならない。 焦りすぎだ。確かに不意打ちだったけれども。 『あ、その……、今、話しても大丈夫だろうか?』 「別に構わ…」 言いかけてとめる。……何だか遠慮がち過ぎないか? こんな調子だから立場がおかしくなるんだ。もうちょっと強気に出よう。 「できれば手短に話してもらったほうが助かるけど?」 『……そうか、すまなかった。ではまた後日改めて…』 「いや、別に今言ってくれて構わないが!」 ……だめだ。どうも駄目だ。 電話は顔が見えない分よりタチが悪い。そういえば仕事以外で男から電話がくることなんて滅多になかった。それもあって対応の仕方がイマイチ掴めないのかもしれないな。 『しかし、今……1人ではないのだろう?』 「え…と、」 少し躊躇しつつの彼の言葉に、思わず不機嫌な表情のままカウンターに座っているグレンシールを見た。 グレンシールは憎悪を感じる程あからさまにこちらを睨み付けた。半分呆れが入っている気もする。 「……まあ、ね。」 『それでは、やはりまた今度に…』 女と一緒にいると思われているな。 (今話してくれって言ってるだろう、どうしてお前はいつも私を苛々させるんだ!) …とはとても口に出せなかったが(何だか親しい人間同士の会話みたいじやないか)、いい加減カウンターの前で突っ立ったまま携帯片手のポーズが目立って来た。 何度か遠くから迷惑そうに視線を投げ付けてくる女性はこの店の経営者とやらだろう。…今話してるのは貴女の弟だ、と言ったらどんな顔をするだろうか。 「……ちょっと待って。店を出るから」 『店…?』 控え目にこちらを振り返る視線の中を通り抜け、扉に身体を潜らせる。音楽が消えた。 『その、大した用ではないから、急ぎでもないし…』 「……もう出たから遠慮しなくていいよ。で、何の用?」 電話の向こうで暫し閉口している彼の様子が浮かんだ。 彼に気を使って出て来た訳じゃないのだ。グレンシールが恥をかかせるから…… 『……、本当に……大したことではないのだが……』 「それは分かったから、何?」 『その、以前買って行ったケーキが好きだと言っていただろう?』 「言ったけど?」 また声のテンポが早くなる。いけない、落ち着かなくては。 またあいつのペースになる。 『買って来たのだが……』 ……降参したくなってきた。 「買って……来たって、……今?」 『あ、ああ……迷惑だっただろうか』 これだ。ほとんど口癖になりつつある“迷惑だったか?”。 お前が現れること自体迷惑なのだと、どうやったらこの男に伝わるのだろうか?? 「……で、今何処に」 時計とにらめっこしながら車の傍まで歩いてくると、 『お前の家にいるのだが……』 チャリーン。 キーが落ちた。 「……私の家?」 『ああ……、す、すまない、帰っているかと思って……』 「家って、部屋の中?」 『い、いや、マンションの前なのだが、いや、今もう帰るからっ……』 暗闇の中手探りで落としたキーを探しながら、みっともない格好のまま寧ろ携帯を取り落としたくなった。 何てタイミングの悪い男だ。会いたくない時はあんなに会わされたのに、今日に限ってどうしてこう…! 指先が金属に触れた。 「……分かった、今から戻るから」 『いや、しかし忙しいのだろう? 俺はもう帰るから……』 「いいよ、そんなに遠くないところにいるから」 乱暴に運転席のドアにキーを突っ込む。 乗り込むと同時にエンジンを。 『でも、いや、しかし……』 「いいから黙って待ってろ!」 思いきり電源を切った。 これが家の電話なら叩き付けてるところだ。 何でこんなに苛々させられるんだ! ……何でこんなに急いで戻らなきゃならないんだ? アクセルを踏み込んだ。 *** “そんなに遠くないところにいる”と言われたので、せいぜい10分くらいで来るのかと思ったら、彼は車でたっぷり30分以上離れたところから物凄い形相でやって来た。 そんなに急いで来てくれた理由はさっぱり分からなかったが、そのお返しに差し出せるものがケーキひとつという事実に申し訳なくなった。 彼は殺気立った様子でマンションのロックを外し、無言の圧力で自分を部屋に通してくれた。 随分機嫌が悪いようだ。…どうも自分は彼の怒りのツボを押さえてしまっているらしい。 この間から怒らせてばかりいる……御礼が言いたいだけだったのだが。 やはり、早い内に合鍵を返したほうがいいだろうか…… また少し自信がなくなってきた……。 |
いい加減展開がしつこいです…。
ここらへんのごちゃごちゃした部分が一番長くなるのかも…
早く話を進めてマンネリ打開しなくては。
前半が赤、後半が青です。ややこしい。