「座りなよ」 「いや、しかし…」 「いいよ、どうせ暇だったから」 そうは思えないが…、と言いかけて口を噤む。 また怒られるのがオチだと思った。ともかくここまで呼んだことになってしまったんだから、これ以上彼の神経を逆撫でしないようにしなければ。 苛々としたオーラを漂わせているカミューに、遠慮がちに手の中のものを差し出した。 「その、これ…」 「……どうも」 渡されたケーキの箱を受け取ったカミューは、そのままキッチンに消えて行こうとする。 前回上の空で出されたケーキを食べたことを思い出し、慌てて止めようとした。 「いや、すぐ帰るから…」 「いいよ、この前だって食べていっただろ。紅茶も買ってきてくれたみたいだし、今お湯沸かすから」 「しかし、わざわざ…」 「いいって言ってるだろう。私も夕飯代わりになってち丁度良いからさ…」 ぴく、とカミューの言葉に耳が反応した。 「…夕飯代わり?」 聞き返すと、カミューが不審気に眉を寄せてみせる。 「それが何か?」 「こんな時間まで何も?」 「食べそびれただけだよ」 「こんなものを代わりにして…」 「……」 こんなもの、の台詞にカミューはちょっとむっとしたようだが(何しろ彼の好物らしいし)、時刻も9時近いというのに今から夕飯を、しかもこんな代理品で済ますとは。 ちゃんとした食事も取らないで、身体を壊すのではないだろうか。 「いつもこんな感じなのか?」 「こんなって?」 「夕飯をケーキで終わらせるような」 「それじゃ毎日ケーキ食べてるみたいじゃないか。ちゃんと食事してるよ」 「ここで?」 「…外が多いけど」 思わず、カミューの顔をじっと見た。 そういえば体格の割に肉が足りない気がする。 身長だって自分と変わらないというのに、ちょっと細過ぎるのではないだろうか。 「…もういいだろ。今ケーキ切るから」 「ちょっと買い物に行って来る」 脱いだジャケットを再び羽織った自分に、カミューが心底不可解だというような顔をした。 「は…?」 「どうせ冷蔵庫にはロクなものが入ってないんだろう。すぐ傍にコンビニがあったな。行って来る」 「行ってって…、何しに?」 「材料買ってくるだけだ」 呆気に取られるカミューを尻目に、玄関で素早く靴を履いて部屋を出た。 この時は夢中で深く考えずに行動に出たが、後から酷く後悔した。 どうしてこう思い付いたらすぐに行動してしまうのだろう。それが正しいと信じて疑わずに… *** 彼が突然飛び出してから15分程経っただろうか。 あまりのことにしばらく呆然としていたが、何故か仕方なくケーキを切っていた。 お湯も沸かして紅茶の準備もできている辺りが我ながら恥ずかしいのだが…(これでは帰りを待っているみたいじゃないか) そろそろ苛々が募って来た頃、チャイムが鳴った。 「…はい」 『……あの……』 出て行った時とは打って変わって遠慮がちな声に、やれやれと思いながらロックを外してやる。 「入りな」 『す、すまん』 何となく彼の行動パターンが分かった気がするのだが、どうしてああ短絡的なのか。 彼が部屋に戻った時には、案の定買い物袋をぶら下げていた。 「……」 「その…余計な真似をしてすまない」 上目遣いの様子、ちょっとは学習したみたいだな(ちょっとだけ)。 「…もういいよ。で、何作る気」 「そんな大したものは…て、作ってもいいのか」 「そのまま持って帰れと言われたいのかい? いいよ、台所使って」 有難う、と場違いな返答をして、マイクロトフはテーブルの上に買い物の中身を取り出し始めた。 それにしてもおせっかいな男だ。夕飯なんていちいち面倒だし自分でなんか作るものか。 最近はあまり女も呼んでないし、ちゃんとした食事なんて外で取るくらいだったし。 しかし、女にコレをやられると酷く気分が萎えるものだが、男相手ならどうでもいいらしい。 寧ろタダ飯を喜ぶべきなのか…(それはどうかな…) 「……野菜が多いな」 「栄養があるぞ」 「うちに猫はいないけど…」 「煮干しはダシに使うんだ」 …こいつは普段からこんな感じなんだろうか。 家でもきっちりやってる姿が目に浮かぶ。 まあ、最初の日もちゃっかり朝飯を作っていた奴だからな。 「……できたら呼んで」 なんだか脱力しきって、のろのろとソファに腰を下ろしてテレビをつけた。 キッチンから気合いの入った、まな板を包丁で叩く音が聞こえてきた。 |
な、なんだこりゃ…(汗)
一応語弊があるので弁解を…
カミューは家事ができないのではなく面倒でやらないのです…。
それなりに器用な人ではあると思います…。