WORKING MAN






 くだらないバラエティーをぼんやりと見ていたら、普段のキッチンには不似合いな家庭的な匂いが漂って来た。
(これは…)
 まずいな、久しぶりの味噌汁だ…。妙にツボをくすぐる奴め…。
 そういやうちに味噌なんかあっただろうか? ダシがどうこう言っていたからインスタントではないだろうし、おまけに味噌汁作れるような鍋なんかもあったかな…。
(…普段台所なんて滅多に触らないもんな)
 適当に料理を作っていく女もいたから、一応一通り揃ってはいるんだろう。
 まな板だっていつの間にか置いてあったもんな(同時に歯ブラシや女物の衣服も据え置きになったが。彼女は今どうしているだろう)。
 ついでに洗い物もしていってくれると助かるな……面倒だからな。



 ピー、と小さな電子音が響いた。
「カミュー」
 マイクロトフの声にカミューはのそのそと立ち上がり、複雑な表情でキッチンを覗きに行く。
「…もうできたの?」
「簡単なものしか作ってない」
「まだ30分しか経ってないけど…米大丈夫なのか?」
「早炊きにしてる」
「ハヤダキ?」
「風味は劣るが早く炊き上がるんだ。こんな立派な炊飯器があるのに、使っていないのか?」
「…自分で買ったんじゃないしね」
「……」
 マイクロトフはあまり追求すまい、と思ったのか、がたがたと食器を探し始めた。
 普段はカップやグラスくらいしか使っていないので、マイクロトフが用意した料理を盛るには皿や茶碗を“発掘”しなければならなかったが…。
 カミューはマイクロトフが一通り作ったメニューを観察する。
(御飯に味噌汁(乾燥ワカメと油揚げが入ってるな)、ウインナーと野菜の炒め物に卵がとじてある…。あとはちぎったレタスにミニトマトのサラダか。確かに簡単なものばかりだけど…)
 微妙にバランスを考えている辺りが彼らしいというか、らしくないというか…。
「テーブルに運んでいいのか?」
「え? あ、ああ、どうぞ。」
 黙々と作業をするマイクロトフのがっしりした背中を見ていると、ますます今の事態が不思議過ぎて考えるのが怖くなって来る。
 ついこの間言い争いをした相手だ。彼女ともめ事も起こした。
 顔を見れば苛々したし、考えても苛々した。
 それが一体どうしてこんな。
「いただきます」
 向かい合って夕食を取ることになっているのだろう……。
 しかも彼はちゃっかり自分の分まで用意して(当たり前と言えば当たり前かもしれないが)。
「……ん」
 納得がいかないまま味噌汁を啜って、ふと箸を止めた。
「なんだ、まずかったか?」
 マイクロトフが眉を寄せて不安げにこちらを見る。
「いや、あんまり飲んだことない味だなって…」
「そうか?」
「ダシ、煮干し?」
「ああ」
「いつもカツオだったのかな…」
 まずくないならいいんだ、とマイクロトフはもくもくと元気に食事を再開する。
 きっといつもこうして自分の食事を作って食べているのだろう…それを淋しいと思っていない辺りが自分と違う人間なのだろうな。
 こんなふうに食事を作ってもらうのは当然初めてではない。でも、こんないきさつで作ってもらったことはない。
 こいつはこの状況を不思議に思っていないんだろうか…???





(どうしよう……)
 勢いに任せて買い物に出たはいいが、頼まれてもいないのにこんなことをしてまた怒られるのでは…とびくびくしていた。
 マンションに戻った時の反応は思ったよりも柔らかかったというか、寧ろ諦めていたというような感じで、自分のすることを咎められなかったのにほっとしてまたこんなにはりきってしまった。
 しかもカミューの分を用意したらさっさと帰ろうと思っていたのに、ついいつもの癖で自分の分まで支度してしまったのだ…。
(怒っていないだろうか…)
 とりあえずは黙って食べていてくれているが、一体自分は何しに来たというのか。
 本当は鍵を返すのが大前提だったはずだ。それが忘れてしまったのでケーキだけ、という予定だったのに、中に上がり込んで挙げ句の果てに夕食を作っている……。
(しかしケーキで夕飯を済ませるというのは良くないぞ)
 良くないが、…良くないが、自分がこうして食卓に着く理由もないのではないか!?
 テレビがついていてくれてよかった。無音ではちょっと辛かっただろう。
 カミューは何も言わずに食事を口に運び、たまにテレビの笑い声に視線を向けている。
(食べ終わったらどうしよう…)
 やはり後片付けはすべきだろうか…しかしそんなことをしていたらいつ帰れるんだろう……。
「……ねえ」
 カミューの声にびくっと箸が揺れ、掴んでいた米粒が茶碗に落ちる。
「な、何だ?」
「お前、普段何やってるんだっけ?」
「え……」
「フツーの会社員?」
「あ、ああ、まあ、そうだが」
「…変な感じだな」
「……?」
「こうして食事しているのが」
 カミューの目は食べ物とテレビの間を行ったり来たりして、決してこちらに合わせようとはしない。
 だが、以前のような突き放す雰囲気は感じられなかった。
(……)
 少し、変わってきたかな、と思う。
 少なくとも、前のような嫌悪感はないのではないだろうか……
「…すまん、俺まで食事についてしまって」
「いいよ、作ったのはお前なんだから。それに……滅多に味噌汁なんて飲まないし」
 カミューはそう言いながら味噌汁を口に運んだ。味のほうも大丈夫なようだ。
「こんなふうに食事するなんて思わなかった」
「俺もだ」
「……やっぱり変な感じだな」
 テレビの番組が途切れ、静かなCMに切り替わる。
 画面に浮かび上がる文字が印象的なそのCMは、一瞬この空間を沈黙で包んだ。
 その時、ふいにお互いを見た目が微妙に揺れたのをそれぞれが感じていただろう。
 無性に恥ずかしくなって、次のCMが始まる頃には元のように食事を続けていたけれど、その瞬間だけは穴に入ってしまいたくなるほど照れくさくなった。
 多分、カミューもそんなふうに思っていたんじゃないだろうか。
 意外にも彼の耳がかっと赤く染まったのを見つけてしまったから。






食事しています…(無言)
メニューは突っ込まないでくださ…(泣)