頭が痛い……。 「うう……」 カミューは思わず呻き声を漏らした。ベッドから起き上がってまず頭を抱えることになろうとは。それも精神的なものではなく、物理的な痛みのせいで。 起きた直後こそ鈍器でがんがん殴られているようだったが、しばらくベッドに半分身体を突っ込んだまま大人しくしていると大分落ち着いて来た。 もちろん痛みが完全にとれる訳ではなかったが、先ほどの極限二日酔いに似た状態よりはマシになった。 (昨日は熱で今日は頭痛か……。) のろのろとベッドから降りたカミューは、怠い身体を引きずりながらヒーターのスイッチを入れる。寒気は相変わらず、寧ろ酷くなっている気がする。 これは完璧に風邪を引いてしまったらしい。普段のだらしない生活のせいか抵抗力もないに等しいのだろう。後はこのまま悪化の道を辿るのみ…… (……なんて訳にいくか) 会社は休めない。いや、1日休んで治るのならいっそのことそうしたほうがいいのかもしれないが、恐らくすぐには回復は見込めないだろう。 それならば騙し騙しやっていくしかない。市販の薬を信用して、夜はもう少し早めに寝よう。食事も気を使ったほうがいいか…… 「……と思っててもこれじゃなあ」 ぽろ、と零れたカミューの言葉は冷蔵庫の真実を物語っていた。 ろくに食料も買い込まないものだから、栄養のある食べ物なんてあるはずがない。インスタントやレトルト食品はいくつかあるが、どうにも飛びつきかねる。 その上起きてから少したつのにほとんど腹も減らなかったので、カミューは牛乳を温めて流し込んだ。普段は気にならない独特の臭いに少し眉が歪んだ――病状は思わしくないようだ。 帰りはもう少しまともな食料を買ってきたほうがいか。今はゼリーで簡単に栄養補給ができる時代なのだ、食事くらい作らなくても死にはしない。 (みそ汁飲みたいなあ) 会社に行かなくては……。 *** 部屋に着いた頃、カミューの疲労感は今朝の倍以上に膨れ上がっていた。 身体が怠い、節々が痛い。会社にいる間はなるべく悟られないようにしていたが、いくらなんでも表情に出てしまっているだろう。椅子に座っているだけで全身が重く、横になりたくて仕方なかったのだ。 (これは明日会社休んだほうがいいかな……) 流石にこんな状態では仕事をしても役には立つまい。グレンシールにちくちくと嫌味を言われそうだが身体には代えられない。 脱いだスーツも畳まずに、シャワーも浴びずにパジャマに着替えた。夕飯は迷ったが、食べなければ薬も飲めないので真空パックの白飯を茶漬けにしてかき込む。 薬を飲んだらベッドにダイブした。 布の感触が気持ちいいが毛布がやや足りない。もう1、2枚ほどあったほうが温かいのだが、買い置きはないのでヒーターをつけっぱなしにすることにした。 明日はどうしよう。今と同じかもっと酷かったらやはり会社に電話しよう。 それから誰かを呼んだほうがいいかな。食事を作って洗濯と掃除を進んでしてくれるような…… (……) そんな都合のいい誰かを思い出そうとしたが、いまいちどの女も印象が薄い。カミューは怠い身体を引きずって携帯を取りに行った。 携帯電話を握ったまま、再びベッドに潜り込む。自分の温もりに温められるのは少し淋しいが。 横になって、登録されている名前を次々にスクロールしていった。 「……んー……」 名前だけで思い出せない女は問題外として、いまいちどれも会いたくないタイプだ。 この酷い頭痛を刺激しないような、そんな控え目な女は今は1人もいないのだったか……呼ばれたらすぐに来て、言われたことだけをして余計なことは言わないで、用が済んだら帰るような女は。 順に送っていって、ふと忌々しい名前で手がとまった。 ……そういえばあの男からおととい電話がかかってきたんだった。 カミューはマイクロトフの安眠妨害コールを思い出してまた頭を押さえた。全く間の悪過ぎる男だ。そろそろ彼のパターンにも慣れたいところだが、如何せん向こうが上手すぎる。 (この男こそ呼んだら一番タチが悪いだろうな) 夕食のメニューくらいで騒ぐ男なのだから、自分が病人と知れば大騒ぎするかもしれない。あまけにインスタントやレトルトばかりで食事を済ませていると聞いたら目を剥くのではないだろうか。 妙なところで細かいようだから、たまった洗濯物にも気づくだろう。頼んでもいないのに勝手に洗濯機を回してそこら中に干すのかもしれない。下着だけはやめて欲しいけど。 「……、何を余計な想像を……」 カミューはこめかみを指先で強く押さえた――おかしなことを想像したからまた頭痛が酷くなった。 あの男はどうでもいい。元より呼ぶ気もないのだから。 しかし、おととい電話が来たと言うことは1日置いて今日再びかかってきても不思議はないのではないだろうか。 (……ありえるな) “オトモダチ”になる前は何か企んでいるのではないかというくらい尋ねてきたのだ。電話だったそれくらいしつこいかもしれない。 カミューは時計を見た。まだ午後8時半だが、前回の電話は9時くらいだった……だとしたらそろそろだ。 むむ、と顔を顰める。またあいつの相手をするのか。冗談じゃないぞ。 今度はあらかじめ携帯を切っておこうか――いや待てよ、あの大ボケは自分に何かあったんじゃないかと勘違いするかもしれない。そんなことでまた尋ねて来られては迷惑だな。 とりあえず携帯はこのまま枕元に置いておけばいい。もしかかってきたら、今度こそ「体調が良くないからもう寝る」と一言言えばいいのだ。 そうすればあいつだって大人しく電話を切るだろうし、それくらいの言葉で大騒ぎして押し掛けてきたりはしないだろう。 よし、これでいこう……。 カミューはそれ以上女性の名前を探すことをせず、携帯から手を離して目を閉じた。 瞼がやけに熱く、一度閉じるともう開けようとする気が起こらなかった。 |
相変わらず風邪っぴきのようです。
無意識の意識って怖い。
かなりのろい進度ですが、この後はお約束の展開になるでしょう。
もう少しカミューさんが苦しんでからね……中学生日記。