「全く、最悪の日だ…」 独り言のようにカミューが呟いた。 その言葉にビール片手のマイクロトフは敏感に反応する。 「それはこっちの台詞だ」 カミューも負けじと言い返す。 「君がどうだか知らないけどね、私は本当に酷い目にあったんだよ。そして君がとどめだ」 「何を、俺だって本当に最悪なことばかり起こったんだぞ。朝から調子はおかしいし、会社ではミスするし、彼女だって…」 酒が入ると口元が緩むタイプなのだろうか。 「彼女?」 カミューがひっかかる単語を呟くと、マイクロトフははっと口を押さえた。 カミューは少し複雑な表情をしていたが、気付かれないように視線をそらして問いかける。 「彼女と何か?」 「……」 「別れたとか?」 ぎくっとマイクロトフの肩が上下した。 なんて分かりやすい人間だ。 その様子を見てはーとため息をついたカミューは、 「当たりか。…全く…」 意味の判らない呟きを漏らす。 マイクロトフは少し不思議に思ったが、人生最大の打撃を前に特に気にする事はなかった。 ずばり言い当てられてバツが悪そうにしているマイクロトフを、カミューは一瞥し、 「…その様子だと相手の浮気とか?」 「な、何故それを!」 半ば当てずっぽうで言ったのだがマイクロトフの見事な反応に、このタイプから話を聞き出すのには苦労しないな、とカミューは暇つぶしと八つ当たりの鉾先を決定した。 「浮気の現場に遭遇ってわけか」 まず妥当なセンだと思ったが、アルコールが入って気が弛んでいるのか、マイクロトフは力なく首を横に振った。 「違う…。彼女から打ち明けられたんだ…。」 カミューがぽかんと口を開ける。 「浮気してるって? 君に直接?」 「…そうだ」 俯いたマイクロトフは今にも泣きそうな表情である。 「彼女は…俺があまりに彼女に関心を持たないからと…いろいろやってみたそうなのだが…」 「いろいろ…ね。髪型を変えたり香水を変えたり…ってとこかい?」 「それもやっていたらしい」 「で、君は気付かなかったわけだ」 マイクロトフは更に頷く。 カミューはまあ当然だろうな、という顔をする。 「可愛いもんじゃないか。君が気付くのを待ってたんだろう?」 「ああ…。それで俺が全く気付かないので次々とエスカレートしていったようなんだが…逢う約束を直前でキャンセルしたり、べ、別の男性とつきあったり、その男性のコップや歯ブラシや日用品を部屋に置いたり…」 「ちょ、ちょっと待って!」 カミューが呆れたようにマイクロトフを制止した。 「まさか、そこまでされて気付かなかったのか?」 マイクロトフは面目無さそうに頷いた。 「それで、彼女は俺にとって自分は魅力がないのだろうと…」 カミューは信じられない、と大袈裟に両手を上げた。 「それは君が悪い」 「…やはりそうだろうか」 「女性にそこまでさせるなんてパートナーとしては最悪だな」 「…最悪…」 「彼女も最初はほんの冗談程度だったんだろうが、それじゃ愛想つかされても仕方がないよ」 マイクロトフがますます小さくなる。 このテのタイプは女心が何たるかなんて全く分かっちゃいない。今まで考えもしなかった彼女の浮気を彼女自身から告白されるまで気付かないような奴だ。 カミューはからかうのも疲れてしまった。 「それでショックを受けてたって訳か。…中学生なみだね、全く」 「何だと」 「そんなレベルで悩めるなんて微笑ましくって羨ましいよ。…見習いたいもんだ」 自嘲気味なカミューの笑みをただの嘲笑ととったのか、マイクロトフがむっと顔をあげる。 「馬鹿にしてるのか?」 「いいや、本心だよ…私だって修羅場の後だからね」 え、と目を丸くするマイクロトフに、カミューは不機嫌そうにぐいっとビールを口に含んだ。 「君のような可愛らしいもんじゃないが」 「まさか…お前も彼女と…」 「彼女、と呼ぶには語弊があるけどね。都合のいい女だった。きちんと割り切ってつきあえて、それでいて私にべったり媚を売っていたような女だったのに」 耳慣れない単語が飛び交っているらしく、マイクロトフは目をチカチカさせている。 「たまには私から顔を出してやろうと思ったら、案の定男をつれこんでた。そんなことはどうでもいいが、何より私と並べてつきあってた男があの程度だってことに無性に腹が立って…」 「お、おい、浮気は気にしないのか?」 「そんなのはとうに知ってたよ。しかしあんな程度の男と私を天秤にかけるなんて図々しいにも程がある。私はプライドを傷つけられたんだぞ」 マイクロトフは呆れて口を開けたままである。 「…それはお前が悪いだろう…」 「何故だ?」 「つまり、お前はその女性と真剣につきあっていなかったということではないか…」 「だから都合のいい女って言っただろう? 向こうもそれは承知していたから構わないんだよ。問題はそんなことじゃなくて、あの女が私と比べようもない男を囲ってたってことだよ」 理解の範疇を超え、マイクロトフはお手上げのポーズをとった。 「俺には理解できない」 「だろうね」 「女性とそんなふうにつきあう態度が信じられん」 地球外生命体を見るような目に、カミューの苛々もだんだん再発して募ってきた。 「君みたいなお子様恋愛主義者には判らないだろうさ。今どき結婚する間では誠実な関係でなんて本気で言ってるクチだろう?」 「そ、そんなのは当たり前だろう!」 「天然記念物なみだな。断言してもいいよ、君に恋愛結婚は無理だ」 「な…! 何故見ず知らずのお前にそんなことを言われなければならない!」 「本当のことを言っているだけだろう? 女性の扱いもロクにできない男に義務以外で女が集まるもんか」 「その考えが不誠実だと言うのだ! お前のようないい加減な男の影で泣いている女性がたくさんいるのだぞ!」 「そのいかにも自分が正しいって言うような口振りやめてくれないかな。こっちこそ何で君にそんなこと言われなきゃならないんだ? 関係ないだろう」 「俺にだって関係ない!」 「ならこの話はやめだ」 空になったビール缶を転がし、カミューは立ち上がった。 キッチンへ向う背中に、マイクロトフはつい声をかけてしまう。 「お、おい…まだ呑むのか…?」 「誰のせいで呑みたくなると思ってるんだ?」 バン!と乱暴に冷蔵庫を閉める音がして、カミューがビール2缶を片手に戻ってきた。 すでに手元の缶が空になっていたマイクロトフに1缶投げてよこすと、自分もまた床に腰を下ろしてプルタブを開ける。 「本っ当に最悪な日だ。何だってこんなに苛々しなきゃならないんだ…!」 その呟きは明らかに自分に向けられていると悟ったマイクロトフは、半ばやけくそになって新しいビールを一気に流し込んだ。 |
なんちゅうか最悪なのはカミューさんの性格です。
改行なしで台詞ばかりで話を進める…
見辛くてごめんなさい…。
まだ最悪な夜は終わらないようです。
てゆうかあんたらまず名乗りなさい。