WORKING MAN





 マイクロトフはやけに落ち着いた顔をしていた。
 渡されたコーヒーで満足げに喉を潤す様子に、何とも言えない焦燥感が産まれて来る――カミューは上がりつつある体温をはっきりと感じながら、やけになってコーヒーを飲み干してしまったことに気がついた。
 今日はろくに食事を取っていなかったのだ。ほとんど一日中寝ていたわけだし、腹も減らなかったので適当に冷蔵庫の中のものでごまかし、薬だけは忘れないようにしていたのだが……
 ふいに注がれた苦いコーヒーで、一気に気分が悪くなった。マイクロトフの分だけ用意すれば良かったか、とも思ったが、そうなると手持ち無沙汰の自分はもっと挙動不審になっただろう……カミューは少し背中を丸めて腹を庇うような体勢を取る。波が過ぎるのを待つことにした。
「すまんな、すぐに帰るから」
 マイクロトフはコーヒーを飲み飲み、そんなカミューの様子には気づかないように呟いた。
「……謝ってばかりだな」
 カミューは空のカップを手の中でくるくる回す。口を開くともやもやした胃が更に渦を巻いた。
「そうだな、お前には迷惑をかけてばかりで」
「別に迷惑だとは思ってない」
 気分の悪さは増すばかりなのに、まるで会話が途切れるのを恐れるようにカミューはマイクロトフの言葉を遮った。
 マイクロトフは少し驚いた目で顔を上げ、「そうか」と照れくさそうに視線を落とした。やや上げ調子の語尾だった。
「……で、一体何を言われたんだ」
 自らが弄るカップの音が耳障りで両手で握り込む。また手の中で回す。カミューはいい加減落ち着かない自分に苛々していたのだが、マイクロトフは分かっていない。それがまたカミューの気分を悪化させるのだった。
「……何を言われた、というほどでもないのだが」
「嘘つけ。さっきはからっぽの顔してたくせに」
「カミューは時々面白いことを言うな」
 そう言ってマイクロトフは微笑を見せた。カミューはつい眉を寄せて目を逸らす。
「面白くなんかない。また何か言われて単純に落ち込んでたんだろう」
「そうだな、その通りだ。カミューは何でもよく分かるんだな」
「だからお前が単純なんだ」
 早口になるにつれて胃の具合の悪さが嘔吐感に変わって行く。そこまで答えて、カミューは一瞬息を止めた。
 こうして座っていると喉から胃にかけての不快感が増すばかりかもしれない。カミューはおもむろに立ち上がり、平常を装ってキッチンへカップを置きに行った。
 また軽い目眩か頭の中を通過したが、瞼の裏のチラつきに耐えて一息つく。
 カップを軽く水道水で濯ぎ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して注ぐ。マイクロトフはこのカミューの一連の動作を特には気に留めていないようだった。
「でも単純だからもう気にしてないんだ」
 マイクロトフの声が背中に届く。カミューは振り向いたが、この位地ではマイクロトフの横顔が後ろの角度から見えるだけだった。
 再びソファに戻ったカミューは自分でも思いがけない言葉を漏らした。
「それも嘘だ」
「……カミュー」
「気にしてないはずないんだろう。そこまで便利にはできてないはずだ」
「俺は……」
「いい加減にしてくれ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ」
 吐き捨てたカミューは、マイクロトフのカップの底が見えているのを確認してもう一度キッチンに戻る。冷蔵庫の中でしっかり自己主張していた缶ビールを手に取り、離れたところからマイクロトフに投げてよこした。マイクロトフは咄嗟のことに受け取るのが精一杯で、手にしてからも困惑の表情を向けて来る。
「いいから飲め。何か溜まったような顔でぼそぼそ喋られるのはこっちも気分が悪い」
 カミューは何故自分がこんなに苛々しているのか分からなかった。
 マイクロトフの行動が頭に来るのはいつものことだが、今夜は更に体調が悪いのが相乗しているだろうか――半ば自棄になって自らもビールを開け、胃が驚く暇もないほど一気に流し込んだ。
 そのまま酔えたらどんなに良かっただろうか、しかし当然のごとく吐き気が増すばかりで。

 マイクロトフも初めは遠慮がちに、しかし一度アルコールが入ってしまうと口元が弛んだようである。
 ぽつりぽつりと事の顛末を話し始めた。カミューも胃のむかつきを堪えながら、大体は黙って聞いていた。
(私の幸せは貴方には関係ない――全く同感だよ。)
 なのに何故こんなに腹が立つ。
 少し前の自分なら同じことを考えて人とつきあっていたんじゃないのか。人を責める資格がどこにある――
 カミューはマイクロトフには見えない位地で口唇を噛み締めた。吐き気を抑えるためのものか、それとも他の何かを堪えるためだったのか。
 いつかの別れ話を聞いて聞かせた時のように、マイクロトフが饒舌になって行く。反対にカミューは無口になっていったのだが、2本目のビールを受け取っていたマイクロトフはカミューの確実な変化に気づくことはなかった。





何だか最初に書いた頃と文が違い過ぎて、
見るのが苦痛です……(汗)
ここらで一度頭から書き直したいですが、
そんなことをしたら収拾つかなくなるので……
ああでも一人称を統一させたい(汗)
それにしてもカミューはよく目を回さないな……。