WORKING MAN





 おかしな電話だった。
 昼休みにかかってきた電話を切って、マイクロトフは率直にそう思った。
 廊下の向こうでは共に昼食を取るためにフリックが電話を待っていたようだった。
「すまんフリック」
「いいよ、長くなりそうなら先に行ったしな」
 いつもの食堂に飽きて、久しぶりに会社並びの定食屋に行こうと話していたのだった。それが昼休みになると同時に携帯が鳴って、着信を見ると彼の人の名前。
 また具合が悪くなったのだろうか。慌てて出ると確かに声に元気はなかったが、特に体調が悪いからという様子ではなかった。
「お前、最近にこにこしてるよな」
 オムライスを口にしながら、フリックはマイクロトフにスプーンを向けた。ハンバーグにナイフを入れていたマイクロトフはそのままの姿勢で1秒きょとんとして、そうか? と首をかしげる。
「別に意識はしてないが」
「意識してにこにこしてたら恐いぞ。でもいいことでもあったのか? ここんとこずうっとだよな」
「そうか……? 特に生活に変わりないが」
「本当か? さっきのは何だよ?」
 咀嚼するマイクロトフの眉が寄った。
「さっきの?」
「電話」
 意味ありげににやつくフリックに、マイクロトフは困ったように笑ってみせた。
「あれは友人だ。男だぞ」
「そうなのか? てっきり新しい彼女かと思ってたよ」
「そんなふうに見えたか?」
「ちょっと様子が違ったからな。何だ、男か。」
「いるように見えるのか?」
「機嫌良いのはそのせいかと思ってたんだけどな。」
 不思議な気持ちになって、マイクロトフは曖昧に笑い返す。
 先程切っていたハンバーグの欠片が冷たく感じる。スープで口の中を温めた。
「皆噂してたぞ。ここ数日妙に楽しそうだったからな。これはようやく……って」
「困ったな。別にそんな相手はいない。どうしてそんなふうに見えるんだろう」
 本気で悩むマイクロトフに、フリックは苦笑して水を飲んだ。
 空になった皿をウェイトレスが取りに来て、そろそろ、とお互いに合図をして席を立つ。
 会社に戻る道で、晴天の空の下、フリックは振り返らずに言った。
「でも、正直な話安心したよ。お前結構落ち込んでたもんな。辛いの隠してるみたいだったから、大丈夫かなって思ってたんだ。もう平気なんだな?」
 驚いたのはマイクロトフだった。
 そんなふうに見られていたとは。そんな心配をかけていたとは。
 誰にも気付かれないように胸の痛みをじっと押し殺していたのに、周りに分かってしまうほど表情に出ていたのか。
 そして今は……
 仕事の間、マイクロトフはフリックの言葉を反芻していた。そうして周りの人間を観察してみる。
 皆が何を考えているかなんて、マイクロトフには想像もつかなかった。ましてや表情で相手も気分が分かるなど。
 想像もつかないのは知ろうとしていないからかもしれない、マイクロトフは思い直した。周りが思ってくれているほど、自分は他人に興味がないのではないか。自分から人のことを知ろうという気持ちが薄いのではないか。
 そんなだから彼女にも騙されて。
 マイクロトフは考えた。最近機嫌が良いと思われているのは、彼のせいではないか。最初はあんなに嫌な思いをして、二人でいると緊張したのに、今はあの声に妙な落ち着きさえ感じる。
 きっと良い友人になれたのだ。いや、なれるかもしれない。発展途上中の自分達の関係を思い、マイクロトフは少し笑った。
 それから顔を上げてまた辺りを見渡した。今のような仕草が周りに見られているのだろうか? それならばいいことがあったと思われても仕方がない。
 今日は仕事を早めに切り上げて、材料を買って彼の家に行こう。あまり長居はせずに、様子を見る程度の会話をして。
 マイクロトフは考えた。自分は今、周りに思われているように機嫌が良いのだろうか?
 マイクロトフは思った。
 ――きっとそうなのだ。






『もしもし……』
『カミュー? どうした、また具合が悪いのか?』
『……いや、そういうわけじゃないんだけど……。……、ええと……』
『……、なにかあったのか……?』
『いや、そうでもない……。その……』
『……』
『……』
『……』
『……その。味噌汁。』
『味噌汁?』
『なくなったから。』
『……?』
『……飲みたいんだけど、味噌汁。なくなったから。』
『……、それは……この前作った……?』
『……』
『……、分かった。今日は仕事は早いのか?』
『……多分』
『では帰宅する前にそっちに寄る。いいか?』
『……、……ああ……』
『長居はしない。では後でな。』
『……ああ。』



 では後で。






ちょっと現状打開するために同じような話の繰り返しになってますが(汗)
そろそろかなーと。
そう言い続けていつまで続く。