WORKING MAN






 どうしたらいいんだ、どうしたら……
 あれからくり返すのはこんな言葉ばかりで、無論こうしたら良いという肝心な部分は浮かびやしないのだ。
 カミューはすっかり癖になった、指を組んでため息をつく動作をしながら、機械的にこなせる仕事を並行していた。なるべく頭を使わないものを。頭は他のところで使っている。
 絶対におかしい。自分の行動がだ。何故欲求に素直に行動してアレなのだ――思い出すと気がおかしくなりそうで、記憶の創造を打ち消す、こんなことばかりで、何も手につかなくて。
 おかしいではないか。
 彼はオトコだ。それもついこの前まで腹が立って仕方なかった相手だ。
 無防備に寝ている男に触れたいなんて欲求、いくら素直になっても認めたくない……。
(認めたくない)
 でも現実に行動してしまった。
(認めたくないのに……)
 ……認めるしかないのだろうか。
 何を?
(……)
 やはりその答えは考えたくない……。
「おい、カミュー」
 また例のポーズでため息をつきかけて、呼ばれた低い響きにぴくりと動きを止めた。……この声はグレンシールだ、振り向く前から察しをつけて返事をする。
「……何だい」
 グレンシールが自分をわざわざ呼ぶなんて、よくなことじゃないのに決まってる。カミューはいやいや彼に目を向けた。相変わらずグレンシールは何を考えているか分からない顔をしている。
 グレンシールはしげしげとカミューを見つめた後、単刀直入に切り出して来た。
「お前、好きな奴がいるか」
 カミューは思わず吹き出した。
 全く予想していなかったグレンシールからの言葉の上、胸に痛いものがあったから……というのはカミューとしては除外したい理由であろう。
 グレンシールも珍しいカミューの反応に驚いたのか、表情は変わらずとも目だけが丸くなっている。
「な、何をいきなり……」
 吹き出し方が派手だったため、カミューは咽せながらグレンシールにそう答えるのがやっとである。そんなカミューの状態を無視して、いつもの無表情に戻ったグレンシールはくり返す。
「いるのかいないのか」
「べ、別にそんなものは……」
 不思議な罪悪感を感じながら(理由なんて知るものか)、カミューはついグレンシールから目を逸らす。彼の意図の読めない真直ぐな視線は時にタチが悪い。
「そうか、ならいい」
 ところが意外にあっさりとグレンシールは踵を返そうとした。引かれると引き留めたくなるもので、カミューもつい手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待てよ。何なんだ、一体」
 必要なこと以外普段話し掛けて来ないこの男が、何だってこんなことを聞きにきたのか。
「いないなら特に聞くことはない。邪魔したな」
「……いるっていったら何を聞くつもりだったんだ?」
 カミューは脳裏にあるシルエットが浮かぶのを必死で掻き消そうとしながら、グレンシールの目を正面から見返してみた。……やはり奇妙な罪悪感があった。
 その上、グレンシールは更にカミューの予想を裏切る答えを返す。
「告白の仕方」
 カミューは呆気に取られて目を丸くした――口も開けてしまったかもしれない。
 聞き間違いではないと思うのだが、
「……告白?」
「ああ」
「誰かにするっていうのか?」
「悪いのか?」
 やはり聞き間違いではない。この男はどうしてこう突然で、訳が分からないのに堂々としているんだろう……。カミューはその態度に何処か羨みさえ感じてしまいそうだった。
 これはどういうことだ。告白の仕方を自分に聞くとは。大体グレンシールは女に不自由しているタイプじゃない。寧ろとっかえひっかえの男が、わざわざ。
「……差し支えなければどういった経緯で私にそんなことを聞くのか聞いてもいいかい?」
 少し言葉を選んでカミューはそう言った。グレンシールの意図が読めないので、迂闊なことは口にできない。グレンシールも警戒するかもしれない……それは取り越し苦労だったようだが。
「好きだと言ってるのに相手が信じてくれない。どうやったら信用してもらえるのか、手の早いお前なら知ってるんじゃないかと思って」
 最後が余計だが、カミューは素直にグレンシールの言葉にショックを受けた。
 何でそんなに堂々としているのだろう……。
 この男に本当に好きな相手――他人の力を借りてでも信用されたいと思うような、そんな相手がいることにも驚きだが、それ以上に全く恥を気にしない態度にショックを受けたのだ。勿論グレンシールが恥になるようなことを言ったという意味ではない。自分の行動を恥じていない、その様子が今のカミューに最も足りない部分だったのだ。
 そんなカミューに何か言えるわけがない。カミューもそれは承知しているが、聞き出しておいて何も言えないと言うのも失礼な話だ、何とか混乱した頭で考えた。
「……何か贈り物でもしたらどうだい……」
 でてきたアイディアは自分なら絶対に使わないものだと思ったが、この男はプレゼントなど考えもしないだろうからまあいいか、とカミューは弱々しい声で告げた。
 グレンシールはふむ、と少し考え込んでいるようだった。どうやら本気でその相手にまいっているらしい。彼にはもうカミューの存在など見えておらず、その相手に体して空想シュミレーションをしているに違いないのだ。
 どうしてこんなにはっきりと自分の気持ちを他人に晒せるのか。カミューは今の情けない自分の姿と比べて泣きたくなった。
 特別に思っているのは間違いない、それはどうしようもないのだ。理屈じゃないのだ、会いたいと思うのは本当で会えないと辛いのも本当なのだ。
 でもまだ素直に認めるのが恐い。今までの自分の経験が役に立たないのだ、恐れるなと言う方が無理だ。
 自分で衝動を押さえられないから、不安で困惑して考えたくないのに頭は常に同じ人を思い続けている。
 ――これが病でなくて何だと言うのか。

 とびきりタチの悪い病だ。
 病名は分かっていたが、やはり単語にすることはできなかった。
 ……特別に想っているのは間違いないのだ……。





ようやくグレンシールとの例の絡みに来ました。
オフ本のBABY ACTIONを持ってて下さってる方は見比べてみて下さいねー(笑)
かく言う私もアレを引っぱりだして来て、
見ながらここを書きました……。