「一人かい。今日はあの運の悪いのは一緒じゃないの?」 「ああ」 運の悪い、という言い回しで誰のことだか分かってしまう自分に苦笑しながら、マイクロトフは姉のレオナに力ない微笑みを見せた。 確かに姉の店に来るのは久しぶりである。いつもはフリックと会社の帰りにぶらりと寄ることが多いので、一人で店に訪れた自分は何だか浮いているような気がした。 考えことをしたかったのだ。勿論考えることはただ一つ……彼の謎の行動について。 いろんな理由を思い浮かべたが、やはりアレに至る原因は分からない。 だから、もう一度一から考え直すことにしたのだ。カミューのことを。 「あの、何を作りましょう」 バイトとして店で働いている青年が人懐っこい笑顔でマイクロトフに声をかけた。 彼の名はアレンといったか。前に少々味の変わったモスコー.ミュールを作ってくれたことは覚えている。なので今回もそれを頼むと、アレンは照れくさそうに笑って顔を少し赤くした。 「お久しぶりですね」 「ああ」 アレンは以前よりもずっと慣れた手付きでグラスを手に取る。そんな彼の様子を眺めつつ、他愛のない会話をしつつ、マイクロトフは考え続けていた。 カミューと出会った時はなんて嫌な男だろうと思ったものだ。正確には少し違う……そう、呆れた男だと思ったのだ。彼の考えがさっぱり分からず、共有できるものが全くないとさえ思った。携帯電話を忘れたりしなければきっとあれきりの出来事だったのだろう。 会う回数が増える度、そんなに悪い奴ではないのだと気がついた。 それが思ったよりいい奴だ、に変わっていった。 今は……無理矢理だったとはいえ友人になれて良かったと思っている。会って話をするのも、電話での会話も自分は嫌じゃない。彼がどう思っているかは分からなかった、けれど……。 (あんなことをする理由として思い浮かぶのは……) やはり無難なところはふざけていたのか、という辺りだろうか。しかし眠った相手にふざけてみせるなんて意味がない。もっと別な方法のふざけ方があるはずだ…… (……こんなことを考えていても不毛だ) どうしてこんなに悩んでしまうのか、それは彼がそういうことをするタイプに全く見えないからだ。 出会ったころから常に周りには女性の姿が耐えない男だった。思えば女性の問題がなければ彼と会うこともなかったのかもしれない。 彼と酒を飲んだことだってあれが初めてではない。酔うと確かに少し(それもほんの少し)饒舌にはなるようだが、そのままハメを外すような感じではなかったのだ。 女性に不自由もしておらず、酔って男相手におかしなことをする悪癖も持つようには見えない、だから不思議でならないのだ。 そっと触れるだけの感触。 ……思い出して恥ずかしくなり、アレンに見られないように少し顔を伏せた。 睫毛越しのカミューの顔は少し苦しそうに見えた。 ふざけてあんなキスができるだろうか……。 そこまで考えた時、店の扉が開いて一人の青年が現れた。金髪で端正な顔だちは思わず目をとめてしまう。マイクロトフはカウンターの端に腰を下ろしたその青年を思わず横目で追ってしまった。 彼の隣にカミューがいたら、さぞかし迫力があるだろう。そんなことを思いながら。 アレンは彼の前で何かを作り始める。彼の注文を待たずに始めたところを見ると、常連の一人なのだろうか……するとその青年がふいに小さな箱をアレンに差し出しているのが見えた。 「……なんだよコレ」 いけないと思いながら、ついマイクロトフも聞き耳を立ててしまう。 「指輪だ」 青年の言葉にマイクロトフは飲みかけのモスコー・ミュールを吹き出した。 慌てて口元を拭い、横目ではなく青年とアレンを見る。アレンは目を丸く見開いて、怒ったように顔を真っ赤にしていた。 「お前……ゆ、びわって、まさか……」 「お前にだ」 マイクロトフの横でとんでもない会話が進んでいる。指輪とは、そういう指輪なのだろうか。チカチカしてきた目を押さえると、アレンが大声を出した。 「いい加減にしろ!」 店中に響くような声に青年も呆気に取られているようだ。 アレンはそのまま大股でカウンターを離れ、店の奥に消えてしまう。店の客も何ごとかとこちらを見ている。マイクロトフはどうしたら良いのか分からず(どうすることもできないが)おろおろするばかりである。 この端正な青年はひょっとしてそういう世界の人なのだろうか。女性がいくらでも寄ってきそうに見えるのに、指輪まで用意して…… 混乱するマイクロトフから二つ離れたその席で、青年は恨めし気に呟いた。 「くそ、カミューめ……」 (え?) マイクロトフの動きがとまる。 今、カミューと聞こえた気がした。 (気のせいだろうか?) カミューのことを考えているからそう聞こえたのだろうか。 それとも彼はカミューの知人なのだろうか。 カミュー。カミューのことを考えると苦しくなる。答えのでない考え事なのだ、分かっているのだ本当は。 どんなに考えたって納得のいく答えなんかあるはずがない。……本人に聞く以外は。 帰り道、ぼんやりとあの青年のことを思い出した。 そういう恋愛はそれほど珍しいものではないのだろうか。そんなふうに全く見えない二人だった。――そんなふうに、という表現は偏見かもしれない。恋愛は自由なのだ、それはマイクロトフだってそう思っている。 でも、他人ごとだと思っていたからこそそんなことが言えるのかも知れない……。 つまり、カミューが……そういう意味であんな行動を取ったのたとしたら、という最後の想像に行き着くのが恐いのだ。 恋愛は自由だ。でも自分が関係したらなんて考えたことがなかった。 (結局俺も偏見持ちの人種なのだろうか) 混乱してるだけだと思いたい。大体そうだと決まったわけではないのだ、これではただの自信過剰だ。 大体彼がそんなふうに自分を見る理由が全くないではないか。最初からとことん嫌われてきたのだ。それなのに無理矢理友達になってもらって、電話をしたり、食事を作ったり…… (……俺が不自然なのか……?) 自分の行動がおかしかったのだろうか。その時は周りが見えていないが、今思うと少々変わった友人関係になってしまっている気がする。 そんな延長なのだろうか、カミューの行動は。無理のある結論だが、とりあえずはそんなふうに考えておくことにした。次にカミューに会うまで。 結論も無駄かもしれない。知らず思い出す感触に心の一部が常に悩んでいることを知った。 ――嫌ではなかった。問題はそれかもしれないのだ。 |
グレンの次はアレンでした……(笑)
ここもオフ本持ってて下さってる方は見比べてみて下さいねー。
この後切れアレは急展開でくっつきますが、カミマイはどうなのか……。