眠れるはずなんかないのだ。もうずっとこうなのだから。 特にこんな夜は感傷的になってしまって、まるで自分が何かの物語の主人公になったみたいに悲観的に落ち込んでみせるのだ。……願いごとを言葉にしたりなんかするから。 形にしなければ嘘や冗談で終わらせることもできたかもしれない。 でも口にしてしまったら全てが溢れてしまうような気がする。 だから電話はやめようと思った。 だけど律儀な彼の事だから、最後に自分が「電話する」と言ったあの台詞を疑いなく信じているのだろう。 彼との関係は“オトモダチ”。彼が望んでそうなった。 なんて腹立たしい関係。黒でも白でもない半端な色。 踏み付けるべきの全ての段階を一気に飛び越えて、とうとう自分はどうしようもなくなってしまった。 だから電話はやめようと思った。 だけど彼は信じているのだろう。 「……もしもし」 やめようと思ったのに……。 *** カミューから電話が来たのは、彼が「電話する」と言ってから2日後。 何となくそろそろ電話が来るだろうか、と思っていた頃だった。 カミューの一言めは少し声が暗かったな、とそう思った。マイクロトフはそれでも気づかないフリをした。 「カミューか? ……俺だが」 『……お前にかけたんだから当たり前だよ』 「それもそうだな……。この前は済まなかったな。無理強いをしようとして」 『いや、いいんだもう……』 自分でもどんどん早口になっているのが分かる。きっとカミューの言葉が少ないせいだろう。 僅かでも間が空くのが不安で、思い付く言葉をそれとは気づかれないように淡々と並べていった。確かに会話は途切れないが、カミューの口数が増える気配はない。 そもそもカミューは何のために電話をくれているのか。本当は用件などないのだろう。 咄嗟に告げてしまった『また電話する』という約束を彼は律儀に守ってくれたのだ。……そういう男なのだ。 だから妙なことになってしまったこの関係を何とかつなぎ止めようと思っていたのだ。 ところがカミューは突然話を引きちぎった。 『……、もう、やめよう』 「……え?」 『もう、やめよう。もう電話しない』 「カミュー、どうしたんだ。何を突然……」 『もうこれ以上我慢できない。友達もやめる、会うのもやめる』 「カミュー落ち着け、何かあったのか?」 『耐えられないんだ、お前とこうして話をしているのが! もう全部やめる、私は自分を守るためにやめるんだ』 「言ってる意味が分からない。カミュー、俺に分かるように説明してくれ」 『どんなに頑張ったって完璧な男になんかなれるはずないんだ。このままもっと惨めになるのは嫌だ、私はもうやめる……』 一瞬絶句した。すっかり驚いた。 こんな弱気な声を聞くなんて、顔が見えないからカミューの本心が分からない。言葉は支離滅裂、今にも電話が虚しく切られてしまいそうな。 何が彼の地雷を踏んでしまったのか理解できず、狼狽を押さえてマイクロトフは呼吸を整えた。 「カミュー、今から行くから。」 『……何だって?』 「今から行く。それで顔を見て話そう。俺はお前の言っている意味が分からないんだ」 『分からなくていいんだよ! 頼むから来るなんて言うな』 「だって電話じゃ分からないだろう! 俺はきちんと話をしたい!」 『……』 カミューの沈黙をマイクロトフはどれだけの時間に感じたか。 続いた無言の後に「分かった」と告げられるのを期待していたが、カミューの声色は少しも変わらなかった。 『駄目だ。来るな、もう会わない』 「カミュー!」 『最後の最後にお前に軽蔑されて終わるなんてまっぴらだ! だからこのまま終わらせるんだ!』 「終わりって何だ、俺は納得していないぞ! 俺がお前を軽蔑なんてするもんか、頼むから会って話をさせてくれ」 『……酷いことする』 「え?」 『お前に、酷いことする。きっとする。だから……』 「おい、カミュ……」 『限界だよ』 「カ……」 切れた電話に声も途切れた。 マイクロトフは眉間に力を入れて苦渋の表情を浮かべた。……なんて一方的なライン。せめて自分に分かる言葉を使ってほしかった……マイクロトフは立ち上がった。 タクシーをとばせば地下鉄を待つより早い。簡単に上着を羽織って、鍵と財布と携帯電話をひっ掴む。 こんなふうになってしまうなら、一人で悩んでいないでもっと早くカミュー自身にぶつかれば良かったのだ。彼が突然おかしなことを言い出したのは、きっと自分がうだうだう頭を抱えていたことと関係がある。 こんなふうになる前に、あんなふうにしてしまう前に振り切れば良かったのに。 もう駄目なのだ、彼は大切な人なのだ。自分の中で位置を作ってしまった人を失いたくない。 そうだ、自分は大切な存在が欠けることを嫌がっているのだ。 自分のためなのだ。 ……自分のためなのだ。 タクシーを拾って、すっかり覚えた道筋を辿る。 マンションに飛び込むとチャイムを鳴らした。自分だと分かっているのだろう、カミューはインターホン越しでも会おうとはしなかった。 マイクロトフは今度は躊躇わずに合鍵を取り出した。無表情ともとれる顔のままロックを外し、ガラスのドアを潜ってエレベータのボタンを押す。もう手慣れた11階。 随分大胆になったものだと呆れる程だった。妙に落ち着いている癖に、心の何処かが無性に緊張しているのだ。 このエレベータが昇り切って、彼の部屋のドアを開けたらそこから何かが変わるのだ。終わるかも知れないし、始まるかも知れない。 いつの間にか乾いていた口唇を舐めた。合鍵を握り締めた。 |
ああ、もう何も触れるまい……という感じになってきた……。
終わらせたいのは多分私なのでしょう……。急げ急げ。
本にする時全部書き直すつもりなので今はもう何でもいいやとかちょっと思っているかもしれない……