WORKING MAN






 夢とも現実ともつかない時間ばかり流れる。相変わらずの身体の怠さ。




 酷くみっともない想いのぶつけ方をして、それでもまだマイクロトフと一緒にいる。……たまには客観的に自分の事を考えてみようと、カミューは眠りにつく前の長い時間を利用することにした。
 どうせ睡眠なんて簡単に訪れやしないのだ。悲しいことにそれもすっかり慣れてしまった。だからこの時間に考え事をするというのは案外良い方法かもしれないと、今更カミューは思っていた。
 本当は眠る前に何かを考えるなんて冗談じゃなかったのだ。少し前までは。
 過敏な心は夢の中に余計な考え事を全て歪めて登場させてくれる。朝目覚めて思わず口唇を噛んでしまいそうな、虚しく息苦しい気持ちになる毎日。
 しかしそれは眠る前の思考とは何ら関係ないと言うことが分かった。何を考えても考えていなくても、結局夢に出てくるのは同じものだったからだ。
 そうなると無理に無心でいようとすり減らしていた神経が却って痛々しい。そんな理由で、今夜は自ら考え事をしてみようと決めた。カミューは暗闇の中でただ天井を見上げていた。
 意外な程あっさりと彼は自分の態度を理解してくれた。
 ……だから無性に腹が立って悲しいのだ。
 理解する癖にそれ以上近寄るなと言う。ならば離れようとするとそれは駄目だと酷いことを言う。
 自分が真剣になればなるほど、彼はおかしな理屈をつけて誤魔化そうとするのだ。
 これもカミューには意外だった。どうしてマイクロトフがそこまでして自分と『友人関係』を続けたがるかの意図が分からないのだ。
 マイクロトフは自分の気持ちを分かっていながら、それに繋がる答えをくれようとはしない。なのに普通の友人よりは遥かに近い位置で常につかず離れず、そう、さっきまでこの部屋には彼がいた。
 どうもマイクロトフの態度が頭にくるので、電話で恨み言を言ってしまうのだ。そうすると彼は心配して自分のところまで来てくれる。何をどう心配しているのかは分からないが(例えばこのまま自殺しちゃうとか?)、ちょっと情けない台詞を出せば一発だ。
 そうして来てくれるのが嬉しい時も辛い時もあり、それを彼はさっぱり分かってくれない。いや、正確には分かっているが我慢しろと言うのだ。
 そうだ、我慢を強要するのだ、マイクロトフは。自分が彼に触れたくてどうしようもないと言うと、全く平気な顔で「我慢しろ」なんて言うのだ。酷い男だ。
 だから自分も我が儘を言うようになった。他愛もない、早く逢いたいとか腹が減ったとか、彼が許容してくれる程度のもの。
 それはとてもおかしな光景に違いなかった。マイクロトフは今ではほぼ毎日のように自分の部屋にやって来て、食事を作って大して重要でない雑談をして、終電までには必ず帰って行く。その時にどんなに自分の苦しい想いを伝えようとも、彼は決してそれ以上話を深くさせずに妙な理屈で自分を納得させようとするのだ。
 この前なんて酷かった。マイクロトフのことを考え過ぎて食事が通らないと言ったら、飢餓で餓えている人々の話を延々と1時間語られたのだ。その間に自分はすっかりマイクロトフお手製の夕食を食べ切ってしまった。自分も案外適当にできている。
 ある一定以上のところまで踏み込ませようともしない癖に、目の前からいなくなるなんてことが絶対にない。生殺しだと初めは思った。でも最近は安心している自分に気がついていた。
 マイクロトフがいなくなることはない、これからもずっと。――あれだけ全て終わりにしてしまおうと思っていたのに、結局完全に失ってしまったらきっと自分はどうにかなってしまったのだ。
 毎日マイクロトフが来てくれる、切ない幸せな時間。苦しくて悲しくて、でも嬉しいごちゃまぜの時間。 会社から帰って少しすれば彼がやってくる、いつしかその時間を落ち着いて待つようになった。
 不安にならなくても彼は来てくれる。そうして昨日も今日も彼が押すチャイムの音を聞いた。
 彼が来る、驚く程の確信。初め自分の胸を握りつぶすように掻き乱していたその事実が、いつの間にかこんなに心を安堵させる唯一の現実になっている。
 朝目覚めると苦しくて、会社にいる間は悲しくて、帰宅すると穏やかな気持ちでマイクロトフを待つ。
 マイクロトフが傍にいる間は無性に身体がざわめくが、くだらない話をするのが好きだ。そうして彼が帰るとこうしてまた辛くなる。
 だから、近頃ぐっすり眠る時間がマイクロトフを待つ短い間になってきた。彼を待つ、必ずこの部屋にやってくる彼を待つこの時間だけが、何も疑わなくても心を休めることができる場所なのだ。
 何て図太い神経! 正気を保つどころか自分の居場所まで見つけてしまった。だがそれはマイクロトフが自分に作ってくれた場所だ。
 こうして暮らすことに慣れてしまって、いつか本当にマイクロトフが自分の傍にいることが全く当たり前になってしまえば、……そうすればこんなふうに安心して眠ることなんてできやしないだろう。
 ――だって眠っている間も、自分は彼の夢を見ている。







 そうしてカミューはため息をついた、客観的に自分を見つめることなんて不可能だった、と。
 どんなに今の状況に身体が慣れても、心が安らいでも、想いはこの瞬間までずくずくと大きくなっている。
 分かるのはそれだけ、後は膨らむ気持ちに隠れて自分の姿なんか見えやしない。

 でも、明日も彼が来るのを待つ。






本にする時に直すと言う卑怯な手を覚えたので、
もう何だか訳が分からないまま表に出そうとしています……。