マイクロトフを抱えていたカミューの腕がするりと解けて、その手で彼はマイクロトフの手のひらを握りしめた。 カミューがしがみついて来てからまともに顔を向き合わせたのはこれが初めてだった。子供のような甘ったれた様子を見せていたカミューだったが、その目は意外にも何かの決意に満ちてはっきりした意志を持っていた。マイクロトフも釣られて真顔になる。 「……一緒にいてくれる?」 カミューが小さな、しかし誤魔化しの許さない揺らぎない声で呟いた。 「……ああ。」 マイクロトフは固く自分の手のひらを握りしめて離さないカミューを元気づけるように、少し柔らかい笑顔を見せてやった。カミューの濡れた瞳に自分の輪郭が映っている。くすぐったいような感覚だった。 「本当に? 私はお前を離すつもりはないぞ。もう無理だ。嫌だって言っても絶対離れない」 「離れようとは思っていない。お前が俺に飽きるまで、ずっと一緒にいるから」 不安を押し込めるために束縛を散らつかせるカミュー、そんな彼を安心させようとマイクロトフはこう言ったのだが、カミューにとっては逆効果だったようだ。 「どうしてそういう言い方を……!」 カミューの手に力がこもる。 押し殺した声には思いのほか怒りの色が含まれていて、マイクロトフはどきっとした。 「私はお前を離さない。お前の返事を聞いたんだ、離さない。遠慮もしない。全部欲しいし全部知りたい。もう逃がさない!」 言うなりカミューは突然体勢を変えてのしかかって来た。緩んだ空気に油断していたマイクロトフは、あっと声を上げながら床に転がる。その上にカミューは容赦なく覆い被さり、マイクロトフの顔から首からたくさんのキスを降らせた。まるで主人に飛びつく飼い犬だ。 「か、カミュー、待へっ……」 語尾がおかしくなったのは強引に口唇を噛まれたからだ。先ほどマイクロトフが言った『ゆっくり』なんて言葉、すでにカミューの中では無かったことになっている。さすがにマイクロトフも黙って転がっている訳に行かなくなった。 「カミューっ、人の話を聞け!」 近づく野獣の顔にここぞとばかり頭突きを食らわす。これは相当効いたようで、カミューはぐうっと呻いて額を押さえた。難点なのは仕掛けたマイクロトフにもダメージがあることだ。 「カミュー、さっきの俺の話を聞いていなかったのか! 俺はゆっくり、と言ったんだ。一年でも二年でも、必要な分だけ時間をかけたいと言ってるんだぞ!」 「その間に私が干からびて死んでしまう! どれだけ待ったと思ってるんだ、今までずっとずっと我慢してたってのに……! 御褒美だと思ってちょっとくらいいいだろう!」 勝手に惚れた人間の言葉としてはあんまりである。 「訳の分からない理屈を言うな! 何が御褒美だ!」 「マイクロトフは知らないからそんなこと言うんだ! 私がどれだけ辛かったか、こんな情けないザマを晒しているだけでも恥ずかしくて泣きたくなるってのに……。言葉だけじゃ怖いんだよ、もっと確かなものが欲しい。身体をつなげてしまえばお前を逃がすことは避けられるかもしれない」 「に、逃がすなんて……」 露骨な表現に免疫のないマイクロトフがきょろきょろと視線を巡らせる。 身体をつなげる――と言った。意味など深読みするまでもない。つまり、カミューは単純にアレを要求している……、…… (今、ここで?) マイクロトフは一抹の不安を冗談に誤魔化すことができなかった。 自分だって童貞ではないし(経験は少ないが)興奮する仕組みは分かっている。この前の様子からいって、カミューは自分に(このどこからどう見ても男でしかない自分に)見事に反応してしまっていた。ソノ気になるのはとても簡単で、寧ろ意識せずになってしまうということだ。 しかしマイクロトフの疑問はその後だ。――お互いに男でどうするつもりなのだ? 抱き合ってキスをするまでは何の障害もないだろうが、その先は一体どうするつもりだろうか。カミューはいろいろなことに手慣れているから分かっているかもしれないが、マイクロトフには何しろ初めてのことのほうが多い。こんな絡み付くようなキスも当然ながら、人にきちんと「好きだ」と告げたことさえ初めてだ。好きだと……、 好き……、…… 「……カミュー」 「何」 よほど何かが切羽詰まっているのか、カミューの返事は早く短く呼吸がまた荒くなっている。がっつきをこうも態度で表せる人間も珍しいものだ――マイクロトフはやや呆れながら、しかし真剣な眼差しで続けた。 「……お前の言いたいことは何となく分かった。でも、その前に段階がある」 「段階? そんな面倒なこと……」 オトモダチから始めましょう、のレベルで物を考えたのか、カミューが不服そうに身を乗り出して来る。更に近付こうとするカミューを容赦なく手で押し退け、マイクロトフは少々不機嫌になってきた。 「大切なことだ。お前、俺に何か言うことはないのか」 「……? 何かって……」 マイクロトフの様子からちょっとしたことではないと察したのか、カミューは首を捻って本気で考えている。マイクロトフはだんだん腹が立って来た。 自分ですら(不本意な形とは言え)伝えた通過儀礼を、どうしてこの男は気づきもしないのだ。 「コトに及ぶ前に言うべきことがあるだろう! 俺はお前の口からは一度も聞いていないんだぞ!」 「!」 カミューがびくっと飛び上がった。 マイクロトフは青筋を立てて、すでに恥ずかしいという気持ちを忘れてしまったようだ(随分露骨なことを言ったのも気づいていないだろう)。 カミューは一瞬青くなり、それからだんだんと赤くなった。 ようやく気がついたのだ。マイクロトフが要求しているもの―― それは、カミューが生まれてからこれまで一度も口にしたことのない、愛の告白というやつだった。 |
オフ本丸写しっぽいですが、
ちゃんと全部書き直してますよ……(笑)