WORKING MAN





 暗闇に立ちはだかる男にとうとう捕まった時、マイクロトフはいよいよそれなりの覚悟をした。
 本当はこんな形で流されるのは嫌だった。自分にはまだカミューのような明確な自覚症状はないというのに、段階をすっ飛ばしていきなり身体を結ぶなんて……
 今からでも抵抗できないかと首を動かして、マイクロトフは闇の中での微かな空気の震えに気がついた。
 マイクロトフの身体を敷きたての毛布に押し付けたカミューの腕は、マイクロトフの頭の横で自らの体重を支えながら小さく揺れている。マイクロトフの耳に僅かに触れるカミューの腕――微かだが震えていた。そこで注意してみると、身体が触れている場所から彼の全身の震えが確かに伝わって来た。
 マイクロトフがその震えに気づいたのをカミューも気がついたようで、暗闇にぼやけた輪郭が少しごまかすように笑った。
「はは、情けないな……緊張してるみたいだ」
 その声も何処かしら強張っているように感じるのは闇の中の幻だろうか?
 カミューの震えは止まらない。
 マイクロトフは何か場をつなげる言葉を探したが、気の利かない自分にそんなもの思い付くはずもなかった。
 ――そうだ、カミューだって(元の経験値は比較にならないとはいえ)いろいろなことが初めてなのだ。愛のない行為を平然と行って来たと公言するカミューが震えるだなんて、これまでに一度でもあったのだろうか?
 カミューは自分よりもずっと緊張しているようだった(自分は緊張というよりパニックなのだが)。そんな震える彼に何だか力が抜けてしまって、格好のつかない目の前の男にほんの少し笑いかけた。
 知らない場所に行くのはお互い様か――マイクロトフは今度こそ覚悟を決めた。







 恐らくはカミューの動きも酷くぎこちなかったのだろう。しかしそれを理解するほどの余裕などマイクロトフにもなかった。
 身体を一方的に撫で回されるのは必ずしも気持ちの良いものではなく、これからする行為を知っているからか寧ろ怯えを誘うものとなっていた。脱がされるのは何だかカミュー任せ過ぎて嫌だったので、ままよと自分からボタンを外してシャツを脱いだ。
 流石にこの段階になると自分も緊張というものをしてきたようで、ボタンにかけた指が固くうまく外すのに時間がかかった。それを手助けするカミューの手はいくら緊張いていようともさりげなく、彼の経験の多さが伺えてそれも嫌だった。
 カミューの口唇が肩に触れて、そこから下は全てが初めてになる。わざとだろうか、カミューは音を立てて口付けを鎖骨に降らせ、そのつもりはなくともまさしく目を瞑っているだけになってしまったマイクロトフはひたすら耐えるのみとなった。
 どうしたら良いのか分からない。こうして転がっているだけなのはどうなのかと自分でも思うが、カミューが次にどうしようとしているのかいまいち伝わらず、彼の動きに合わせて漏れる潰れたような悲鳴を噛み殺すのが精一杯だった。
 思い出したように口唇にキスをされ、それもシャワーを浴びる前とは比べ物にならない程卑猥だ。少しでも上下の口唇に隙間があれば舌を捩じ込まれる。唾液の混ざるキスに抵抗も嫌悪感もあるのだが、そんなことを考えてもいられないほど強く口内を弄られる時もあった。意識を保っていられるのが不思議なくらいである。
 カミューの指がマイクロトフの胸の上で探るように蠢いているが、どうもその動きが不自然なのはマイクロトフが男だからなのだろう。豊かな胸の膨らみも、柔らかな肉も微塵もない。これまでの愛撫の方法が通用しないのは仕方がない。
 しかし以前カミューが豪語していたように、そんなことで萎えるようなものは持ち合わせていないらしく、彼はマイクロトフの胸の突起を探り当てた。思わずマイクロトフの顔が歪む。――気持ち悪い。こんなところを摘まれたことは当たり前だが一度もない。皮膚の薄い部分を他人に弄くられているという事実がマイクロトフを攻め立てる。嫌だという意思表示のように、目をきつく瞑ってカミューから顔を逸らすように布団に頬を押し付けた。
 カミューは口唇と指でマイクロトフの身体を撫で続け、それからマイクロトフの下着に手をかけた。マイクロトフの全身が過敏に反応する。咄嗟にカミューの手を押さえた。
「……マイクロトフ」
「……」
「大丈夫だよ。大丈夫」
 何が大丈夫なのか問い質したかったが、カミューは一人そう答えて満足したのか、一気にマイクロトフの下着を膝まで下ろしてしまった。隙を突かれて止める間もなく、マイクロトフの下肢に涼やかな風が当たる。頬が熱くてどうしようもなかった。
 カミューの手が腿へと降りて行くが、その辺りを触られるのは身体的なことが気になりすぎて仕方なかった。自分は男なのだ。女性のように身を捩って絵になる訳がない。想像もしたくない。おかしな反応をしてカミューに不審に思われるのは恥の極みだ。かといって何も反応しないとカミューが耐えられないのかもしれない。
 やはり早過ぎた。カミューのことをよく分かっていない状態でこんな深い関係を作るには、自分はいろいろなことを気にしすぎている。カミューの前で性的に裸になっても平気でいられるようになるには、とてもじゃないが時間が足りていない。身体を触られるのは言うまでもない。
 本当にこれでいいんだろうか。このままじっとしてていいんだろうか。このまま最後まで我慢できるだろうか――大体我慢してまでこんなことをする意味がどこにある?
 カミューのように相手の身体に欲情するような、そんな想いではないのだ。ただ一緒にいられればそれで良いのだ。第一ちっとも気持ち良くなんかない。不安ばかりが支配してとっくに押し潰されそうだ。
 カミューはその手を止めようとはしない。裸にされたマイクロトフの上で、もうずっと忙しなく動いている。マイクロトフはじっと我慢を続けるだけだった。





この世に耐えられないものはない。
映画の台詞ですが全くだなと思います少なくとも私は。