カミューの身体の輪郭から服の凹凸が消えた――暗闇で自分にのしかかる男の変化を見て、流石にマイクロトフの心臓が縮んだ。 ここからどうやったって後戻りは無理だろう。分かっているから多少けしかけた部分があるのは認めるが、だからと言って完全に開き直った訳でもない。 言うならば、「どうにでもなれ」だ。ここまで来たら嵐が過ぎるのを待つしかない。マイクロトフはもう何度決めたか分からない覚悟をもう一度決めた。正直な話、後戻りできるなら戻ってしまいたい。戻れないなら、さっさと終わって欲しい。 ギリギリの精神状態で我慢を強いられているマイクロトフに、先程弱気な発言をしたカミューが少し芯を取り戻した声で囁いた。 「……なるべく、無茶しないから。」 「な、なるべくって……」 その曖昧さに不安になったマイクロトフは思わず口を挟んだが、 「マイクロトフ、……大好きだ」 今どき子供でも言わないような「大」つきの好きをもらってしまって、何だかむず痒くなる。言いかけた言葉は止まってしまった。 それから降りて来たキスに、初めてマイクロトフもほんの少しだけ自分から口唇を動かした。カミューがそれに気づいたかは分からないが、……その時のキスは長かった。 口唇が離れて、また少し身体を離したカミューは自分の腹の辺りに手をやり、それからジーッと生々しい音がマイクロトフの耳に届く。ジッパーを下ろす音。ごくりと生唾を飲み込む。 「……、脚、少し上げて……」 カミューにふくらはぎを軽く抱えられ、条件反射で脚を閉じる。それくらいの抵抗は予想済みだったのか、カミューは怯まずにもう一度マイクロトフの膝を折って脚を抱え上げた。 自分のとらされている格好に、マイクロトフは叫びだしたくなった。葛藤にも似た衝動を必死で抑えていた。いくら暗闇とはいえ、こんなところを人に晒すのに抵抗がない訳がない。 それでも最早義務のように、我慢しろ我慢しろと脳が命令を出す。何故ここまでして我慢しなければならないのか? ――そんなこと分からない。何かの弾みで頭がパンクしてもおかしくなかった。 太股の内側を滑ったカミューの指が、双丘の最奥を掠めた。マイクロトフの両脚がびくりと跳ねる。過剰な反応にカミューも一瞬躊躇った様子を見せ、それでも右手の人指し指を、今度は確実にマイクロトフの中枢へ埋めようとした。 「!」 マイクロトフが飛び起きた。 まるでバネのよう起き上がって来たマイクロトフの上半身に、流石のカミューも声すら出せない程驚いたようだった。互いに無言の驚愕がしばし続く。 (……痛い……!) それはマイクロトフの予想を遥かに越えた激痛だった。ほんの少し指先が潜っただけだった。……とは到底思えない痛みだ。 心の覚悟はごまかしても、身体は全く無防備だった。マイクロトフは、今の一撃(?)でじわじわ背中に浮かんで来る汗が冷や汗であることに気づく。 「……大丈夫か?」 カミューの問いかけに大丈夫だと答えられるはずがなかった。洒落にならない。全く計算違いの痛みだ。しかも今のは指だ。……カミューが最終的に入れようとしているのは指じゃない。 「……カミュー。」 マイクロトフはなるべく心を落ち着かせ、自分にも言葉の内容を確認させるようにカミューの名前を呼んだ。 「……な、何?」 「やっぱり、やめないか」 「……」 「またの機会に……」 言い終わる前に、カミューが無言でマイクロトフの上半身を倒す。――さっき自分でどうしても嫌なら、とか何とか言っていた癖に、こっちから切り出すと無かったことにされるとはどういう了見だ。 「なるべく優しくする」 前にも言ったような台詞をあまり真実味なく告げ、カミューが自分の指を咥えたのが闇の中で分かった。まさか、と思った瞬間、その濡らした指が予想通り自分の秘部に当てられる。 マイクロトフは生理的な嫌悪から脚と腰を同時に引いた。先ほどの痛みも身体が覚えてしまっている。が、カミューの指はしつこく追って来た。第一関節くらいまで指が埋められたのだろうか、内側を抉る痛みが鋭いものからじわじわと波の来る、より嫌な鈍痛になってきた。マイクロトフはこれまで抑えていた呻き声を、よりはっきりと漏らした。 痛いと伝えてもカミューはもう少しもう少しを繰り返すばかりで、決して侵入をやめようとはしない。こんなところに指を入れられては抵抗する力も削がれてしまって、マイクロトフはぐったり痛みに耐えることしかできなかった。 こんなところ、まさにそうだ。自分だって見たこともない場所だ。闇が視角を遮っていることは分かっていても、羞恥で押し潰されてしまいそうだった。 もう、何でもいいから早く終わって欲しいと思う。この行為で意志の疎通を図るのは無理なのだ――マイクロトフはそう結論付けた。持ち上げられた脚も痛い、普段こんなおかしなポーズをとることなんてないから。痛いことばかりで、性行為で本来得られるはずの快感なんて欠片もない。 カミューの指はどのくらいの間入っていたのだろうか。彼は彼で予定通りにいかなかったらしく、随分時間をかけて(少なくともマイクロトフにとっては地獄のような長さで)指を出入りさせている。指をどんなに濡らしたところで暫くすると水分が失われ、すぐに滑りがなくなってしまう、そのためらしい。マイクロトフとしては、自分に入れた指をまた咥えるのだけはやめて欲しかったのだが、そう頼める程の余裕はなかった。 カミューも奮闘しているのが分かるが、もうそんなことどうでもよくなってきた。愛撫も何もいらないから、さっさと終わらないだろうか――多少は異物感に慣れて来た(慣れさせられた、が正しいかもしれない)マイクロトフが回らない頭でそんなことを考えていた時、 「マイクロトフ……、いくよ……!」 何か、なんて聞き返すまでもなく。……聞き返す間もなく。 ……あとは絶叫が物語った……。 |
……次でラストだ……!(ちょっとどきどきしてきた)