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さて、どうしたものか。 カミューは帰路の間、悪巧みでもしているように考えていた。 片手にはあの男の携帯。 先程消した着信履歴がひとつ。 勿論会話の内容も、自分の頭の中だけにインプット。 (これ以上つきあうのはごめんだと思ってたけど、ちょっと面白くなってきちゃったしな〜…) そして、自分の携帯に新しく増えた番号がふたつ。 ひとつはあの男のもの、もうひとつは。 (とりあえず、この携帯返してから考えるとしますか) その時の様子を見て決めるのもいいしな。 どうやって返してやるか。 ガラスのドアを潜り、特に何も考えずに自室の番号をダイヤル。 1107。 鍵穴に鍵を差し込むと、ジーッとオートロックの扉が開いた。 いつものようにドアを抜け、乗り込んだエレベーターのボタンは11階に。 そこまでは順調、なかなか気分も悪くなかった。 ところが。 「…何で君がいるんだい…」 調子を崩されると途端に不機嫌になる。 特に、ふいうちというやつは最も嫌いなのだ。 間違い無く自分の部屋のドアの前、困ったように座り込んでいた黒髪の青年。 「どうやって入り込んだんだ、マイクロトフ、君?」 「す、すまない…その…」 自然と声に怒気が帯びていたのか、マイクロトフはますます困ったように俯いた。 大方携帯を取り戻しに来たのだろうが、何故ここまで入り込めたというのか。 マンションの場所を覚えてしまっていたことも腹立たしいというのに。 「謝るようなことをしたのかい? まさか、管理人に頼んで無理矢理入ったんじゃないだろうね」 「ち、違う。実は…お前のその、おつきあいをしていた女性が…」 「え?」 眉間に皺が寄る。 …そういや、あの女にも鍵渡していたっけ。 余計なことしやがって。 「…そう、それでいれてもらったんだ。」 「あ、ああ…」 「事情は分かったよ、で、いるの? 中」 マイクロトフはきょとんとしていたが、やがて意味が飲み込めたのか、ぶんぶんと首を振る。 「いや、帰った…先程」 「…そう。ならいいけど。…それで君は何だってこんなとこに座り込んでるんだ?」 マイクロトフは中に入らず、ドアの傍らに小さくなっていたのだ。 あの図体のでかい男がよくこんなコンパクトにまとまったな、と思うほど。 そう言われて少し気まずくなったのか、マイクロトフは立ち上がった。 立つとやはり身長が高い分、威圧感が増す。 嫌悪感も増すというものだ。 「…留守中に上がり込むのはどうかと思ったのだ」 「…その台詞、あの女に聞かせてやってくれよ。まあ過ぎたことをどうこう言うつもりはないけど。…これだろ、目的は。ホラ」 持っていた携帯をそのままぐっと押し付けた。 マイクロトフは呆けた顔であ、ああ、と頷きつつ、もそもそと携帯を受け取る。 「頼むからもう忘れないでくれよ。こんなのは二度とごめんだ」 「ああ…、すまない。しかし…一度こちらにかけたのだが、話し中だった…あれは?」 分からないように舌打ちをする。 あの時かけてきてたか。時間をちゃんと見ておくんだったな。 「さあ? 勝手にボタンが押したままの状態になっていたからそれじゃないの? ロックかけていなかったみたいだからね」 「そ、そうか…」 それで信じるかね。 ここまでくるとお人好しじゃないな。ただのバカだ。 バカをからかうと疲れるし、後が面倒そうだな。 仕方ない、これで終わりにしてやるか。 「…もう用は済んだろ。さっさと帰ってくれよ」 「…少し、いいだろうか」 あからさまに嫌な表情をしてやった。 まだ何かあるというのか。 こっちから切ってやると言っているのに、なんて鈍感な男だ。 「…お前の、…女性のことだが、やり直すという気はないのか…?」 「はあ?」 「ほんの少しだが、彼女と会話をした…彼女は恐らく、今でもお前のことが…」 呆れて物も言えない。 何なんだこいつ。ひょっとして私に説教しようとしているのか。 「きっと、後悔していると思うのだ。今からでも遅くはないから、和解を…」 「…和解? …あのね。」 イライラする。言葉も出て来ないくらいだから重症だ。 こういうタイプには何をどう言ったら伝わるんだ。 分かってない。頭にくる。最悪だ。 「前にも少し話したと思うけど、初めから“君が言うような”つきあいじゃないからいいんだよ。お互い理解の範疇を越えていた、関係ないからこの話はやめようって言ったの覚えてない?」 「覚えているが、しかし…あれでは彼女が可哀想だ」 ……。 ああ、そうか。 何を言っても駄目なのだ。 分かりっこない。これは次元の違う生き物だ。 (…苛々する) どうしようか。 …どうしてやろうか。 「…そう。では君は、彼女と話し合って元のサヤに収まれと、そう言うんだ? 君は知らないだろうけど、あれは随分したたかな女だよ。君の想像を遥かに越えてる」 にっこりと笑ってみせた。 その笑顔に安心したのかより不安になったのか、マイクロトフの声もしっかりとしてきた。 「しかし、あの様子では必ずしもそうと決めつけることはできない。確かに俺は何も知らないのだろうが、彼女は随分と寂しそうな様子だったのだ。きっと傷ついている」 「傷ついてる、ね。では君に聞こう。もし君の別れたばかりの女性が、やはり後悔しているから許してくれ、なんて持ちかけて来たらどうするつもりだい?」 少し意外だったのか、マイクロトフは眉間に皺を寄せた。 ここで「お前に関係ない」なんて突き返さないのがこの性格だ。…ほら、真剣に考えてる。 「…ちゃんと話し合いをした上で、お互いが納得のいくようであれば…」 「元に戻ってもいいんだ? いいの? ひょっとしたら新しい男より君のほうが外見が良かったとか、金があったとかそんな理由かもしれないよ?」 「彼女はそんな女性ではない!」 思わず、にやりと。 静かに鎌首を擡げた悪い心が。 …その台詞を聞きたかった。 「…そう?」 悪く思わないでくれよ、マイクロトフ君。 最初に私を怒らせたのは君だからね。 常にそういう調子で生きていたんじゃ、いつかつまずくってことを教えてあげましょう。 「…まあ、考えておこう。さあ君が立ち入ることができるのはここまでだ。後は私の問題…違うかな?」 う、と言葉に詰まる彼を押し退け、部屋のドアに手をかけた。 開いたままのドア。 「では、“また”。」 極上の微笑みを残し、バタンとドアを閉めた。 内側から鍵を閉めて、チェーンロックも音が聞こえるようにしっかりかけて。 まだ甘い残り香が漂う部屋で、静かにほくそ笑む。 「…悪いけど、また会うことになるよ。マイクロトフ。」 取り出した自分の携帯、新しい番号を呼び出す。 ふたつめの、新しい番号を。 |
うわーやな感じ。
ほんとに最悪な男ですね!
人の事どうこう言うマイクもどうかと思いますがね!
さてこの後どうしましょう!
(オノレが一番最悪じゃ)