アキラに言われた通りの荷物を抱え、いざ大阪に辿り着いたヒカルは、あらかじめ連絡していた通りに長身の男の頭を探していた。 アキラの携帯を使ってメールをやりとりした相手、社清春。アキラは事前に今回の手合いについて社に報告をしていたらしく、会う約束を取り付けていたらしい。北斗杯以来、ヒカルも社とメールを送り合うことは少なくなかったが、アキラまでもが社と親しくしていたのが少し意外に感じた。 「おーい、塔矢あ」 人込みできょろきょろ顔を動かしていると、さほど離れていないところで頭ひとつ飛び出た社が手を振っている。こういう時背の高い人間は便利だ、なんて思いながらヒカルは社に駆け寄った。 「よう社、久しぶり! 元気だった?」 満面の笑みでそう告げると、社が奇妙に眉を顰める。 なんだよ、と聞き返しかけて、慌てて口を押さえた。 ――ヤバい、今の俺は塔矢なんだった。 「なんや……お前、今日はやけにフレンドリーやな」 「あ、いや、その……、ま、まあね、フフフ」 あれだけ一緒にいる相手だというのに、なりきるというのは意外に難しい。 ヒカルは強張った笑みを浮かべながらなるべく喋らないでおこうと決意した。 「お前、進藤と一緒に暮らすうちに似て来たんちゃう? まあ、アイツみたいに脳天気なお前っちゅーのも気持ち悪いけどなあ、わはは!」 ヒカルはぴくりと眉を揺らしたが、ここで怒り出してはあっという間にボロを出してしまう。 努めて平静を装って、「あまり進藤の悪口を言わないでくれ」と釘を刺した。 澄ました口調といい、我ながらうまくアキラの真似をできたと思っていたのだが、その満足感も束の間に社に一笑されてしまう。 「何言っとるん、お前かていっつも「進藤は単純で困る」とか結構なこと言っとるやん! まあええ、惚気なら後で聞くわ。ほな行くで」 ――あの野郎! 普段は「純粋なキミが好きだよ」とか甘ったるいことほざきやがってるくせに! ヒカルはぎりぎりと奥歯を噛み締め、うすらでかい男の背中を睨み付けながらその後をついて行った。 「こ……ここ?」 「ああ、お前が注文うるさいからええとこ探すの苦労したんやで。」 社が自慢げに胸を張るその店は、疎いヒカルでも「老舗」という言葉を連想するに相応しい落ち着いた和食料亭だった。 確かに腹は減っていたが、こんな肩の凝りそうなところで……とヒカルはげんなりする。どうせなら腹にもっとどかんとくるものを食したい。こってりして、ボリュームがあって、大口開けて食べられそうなものを…… 「俺……いや、ボク……ファミレスとかで良かったんだけど」 「あん? なんや、お前散々「ボクの口に合う和食の店を探しておいてくれ」って念押ししてきたやないか。御墨付きやで、この店」 ヒカルはがくりと肩を落とす。アキラの余計な手回しを恨んだ。そのために骨を折ってくれた社の苦労を無駄にするわけにもいかないだろう。 観念して店に入って注文をするが、運ばれて来た料理はどれもこれもお上品なものばかりで、確かに味は上等でもヒカルの腹には物足りない。その上、 「約束通りここはお前の奢りやからな。あー、すんません、この松茸のなんちゃらもうひとつ」 社の台詞にがーんと後頭部を殴られたようなショックを受ける。 ……身体と携帯電話は入れ替わっているが、財布の中身までは入れ替えていなかった。 ――くそ、俺の手持ちで足りるかなあ……アイツ、全額、いや利子つけて請求してやる! しばしそうして社と差し向いで、可愛らしいサイズのくせに値段の可愛くない高級料理をもそもそ口にしていたが、ふいに社がこんなことを言い出した。 「で、どや。最近はうまくいっとるんか?」 「え……? な、なんのこと?」 ごまかしなどではなく本気で尋ねたのだが、社はまたまた、と手をおばさんのようにひらひらさせて、「進藤や、進藤」とやけににやにや粘っこい笑みを浮かべて言った。 「夜が淡白やっちゅーてため息ついてたやないか。俺の裏技試してみたんか? キキメ抜群やったろ?」 「う、裏技……?」 「いっつもがぶがぶ飲んでるコーラにウイスキーちびっと混ぜたれって教えたやないか。アイツ味覚音痴やから分からんって。まだやっとらんのか?」 ヒカルは手に持っている箸をばきりと割りたくなった。 ――そうか! それでアイツ近頃やけに俺にコーラを勧めると思ったら……! おまけにペットボトルのままじゃなく、わざわざコップに移してよこすと思ったら……その後なんかやけに身体が火照った感じになって、これって欲求不満なのかなあなんて思わずアイツの誘いにもすんなりのっちゃったりして…… ――アイツ、ヤク混ぜてやがったのか! くっそお、もうぜってえアイツの手からコーラは飲まねえ! 「……アドバイスありがとう。うまくいってるから、心配しないでくれ」 「せやろ! この前のアレも効いたやろ?」 「……アレ?」 ヒカルの目がキラリと光る。軽く酒の入っている社はそんな目の前の不穏に空気など気付かず、上機嫌で口を割る。 「お前が押しすぎで進藤が引くから、たまには引いてみろって話したやんか。ちょっと素っ気無い態度とったらあの甘ったれ、すぐ泣きついてきたやろ〜?」 ヒカルは何故、アキラが社と連絡を取り合っていたことをあまりヒカルに話していなかったのかを理解した。 ――あのおかっぱ野郎、何を余計なことばかりべらべらと社に喋ってやがる……! 社の言葉には確かに心当たりがあった。 普段ならヒカルが鬱陶しがってもべったりくっついてくるアキラが、しばらくヒカルと距離を置いたように感じる時期があったのだ。 帰宅しても事務的なやりとりしか口にせず、食事ももう済ませたと言って一緒に食卓を囲まない夜が数日続いた。おまけに夜もさっさと寝る支度をしてしまい、ヒカルが悶々としながらようやく眠りにつき、目覚めた時にはすでにアキラは仕事へ向かっているという日々。 さすがにそんなことが一週間程続いた夜、とうとうヒカルが我慢しきれずに枕を抱えてアキラの部屋を訪れてしまった。 何か怒らせただろうかと心配していたヒカルをよそに、一週間分の空白を埋めんばかりに優しくて甘ったるいアキラの腕が絡み付いて来て…… ――あああ、悔しい!! うまいこと策略にハマったというわけだ。 変だと思ったのだ。あのアキラがあんなに長いこと知らんふりをしているなんて…… ――それもこれも、全てコイツのせいか……! ヒカルはすっかり出来上がった様子で料理に舌鼓を打つ社に血走った目を向ける。 社はまるで気がついていないようで、のんびりと店員に再び声をかけた。 「あ、すんませーん、この松茸のやつもうひとつ」 ――社……殺す! 食事を終え、泣きたくなるような金額を支払ったヒカルは、社と別れて指定されていたホテルへ向かった。 簡素な部屋のベッドに腰掛け、イライラと殺気立っているところにアキラからのメールが入る。 『そちらはどうだ?』 素っ気無い文章に無性に苛立ちが募り、ヒカルはばしばしと乱暴にボタンを連打して返事を送る。 『社と 楽 し く メシ食ったよ。今ホテル。もう寝る』 『そうか。ボクも和谷くんと 楽 し く 仕事をした。明日負けたら承知しない』 『お前こそ、明日の取材うまくやりやがれ』 『キミも帰宅後ボクの両親に粗相のないように』 どこのお坊っちゃんがてめえの親に粗相のないよう、なんて念押しするんだ! ――ヒカルは携帯電話をベッドに投げ付け、腹の虫が収まらぬままシャワーを浴びるべくバスルームに飛び込んだ。 |
続いてアキラになったヒカルでした。