ファンタジア






 ヒカルの知らない小さなアキラ。
 それは芦原の言う通り、きっととても可愛らしい子供だったに違いない。
「ねえ、塔矢の昔の話、もっと教えてよ。俺、昔のアイツって目をこーんなに吊り上げてる顔しか思い浮かばないんだ」
 ヒカルはそう言いながら、人差し指で自分の両目の端を吊り上げた。芦原はヒカルの表情に大笑いして、目尻の涙を拭き拭き頷く。
「進藤くんって面白いよね。アキラとタイプ違うのに、不思議と仲いいんだ。正反対だからしっくりくるのかなあ」
「そ、そうかな?」
 なんとなく照れ臭くて、ヒカルは頭を掻いた。
 確かに、アキラの性格とヒカルの性格は全くと言っていいほど違う。
 アキラは良くも悪くも真面目一直線で、碁に一途なだけではない、頭の回転が速くて天才肌の部類に入るだろう。しかし、その天賦の才だけで満足せずに、努力の力で更なる飛躍を目指しているのがアキラの良いところだ。
 どんな分野でも、アキラならば努力でこなしてしまいそうな気がする。最近で言うなら、以前はいびつだった料理もだんだん凝ったものを覚えてきたようで、つい先日も市販のルーを使わないシチューをご馳走になったヒカルはその出来栄えに感動した。どうやらすっかり料理の腕を上げてしまったようだ。
 何かに躓いても弱音を吐かず、自分の力にしようとする。それがアキラの強さで、ヒカルにない部分かもしれない。
 ヒカルといえば、好き嫌いがはっきりしているせいか、無理だと思ったことにはほとんど手を出さない。その代わり、気に入ったことは時間を忘れて没頭するが、他のことに頭が回らないので行動にまとまりがなく見えるらしい。
 優等生然としたアキラに比べ、落ち着きのない今時の青年と思われがちなヒカル。
 しかし、ヒカルの力に気づき始めているまだ限られた人々は、本当の天才とはヒカルのような人間を指すと思っていることを、ヒカルは知らずにいた。
「アキラはねえ、本当にいい子なんだよ。周りにいるのが大人たちばっかりだから、妙に大人びた子になっちゃったけどね。小さい頃から負けず嫌いでさあ。」
「負けず嫌いは昔からだったんだ」
「そうそう。もう、絶対勝つまで離してくれなかったよ。最初は置き碁も嫌がったしね。あしわらさん、もういっきょく! て、可愛かったなあ〜」




 ***




 ――あしわらさん! もういっきょくおねがいします!

 折り畳みの碁盤を手に、行洋の研究会へといざ出席しようとする芦原の脚を掴み、アキラはキッと自分よりずっと大きな少年を見上げていた。
 芦原十三歳、アキラ六歳。
 アキラの背丈は未だ芦原の腹にも満たず、前に進もうとする芦原をとめるためには全力を用いなければならないようだった。必死の表情でしがみついて来るアキラを見下ろし、芦原は苦笑する。
「アキラくん、俺もうそろそろ先生のとこに行かないと。研究会が終わったらまた相手してあげるよ」
「いやです! あといっかいだけおねがいします!」
「アキラくん〜」
 大きな目を歪めて、今にも泣き出しそうなのをぐっと堪えているアキラの幼い表情は酷く愛らしい。
 初めて芦原が正式に塔矢門下に入門し、この塔矢邸に挨拶に来た時から、随分可愛らしい子供がいるなあと見蕩れていたものだった。
 顎の高さで揃えてある黒い髪。ぱっちりした瞳に長い睫、白くてすべすべの肌。頬だけは桜色で、笑う度にその色は更に鮮やかになる。
 きっと大きくなったら美人になるだろう! ――芦原のやや邪な希望は、すぐに師匠の言葉で崩れ去ることになった。
「芦原くん、紹介しよう。息子のアキラだ」
 ――息子。
 芦原は地の底に沈みそうなくらいにショックを受けた。
 こんなに可愛い子が男の子だったなんて……!
 もしもアキラが女の子だったら、七歳くらいの年の差なんて……と少しでも思ってしまった自分が恨めしい。芦原は浅はかな自分の夢に舌打ちしたが、それでも小さなアキラのことは純粋に可愛がった。
 大人が多い碁の世界、ひっきりなしに人が訪れる塔矢邸とはいえ当然子供の姿は珍しい。小さなアキラにとって、芦原は一番年の近い友達であると認定するのに躊躇いはなかったようだ。
 研究会で芦原が訪れる度に、アキラはあしわらさんあしわらさんと纏わりついて対局をせがんで来る。あまりに毎回ねだられるので、だんだん芦原がやってくる時間が研究会の開始時刻よりも早くなり、気付けば暇さえあればアキラに会いに来ていた。
 二歳から行洋直々に碁を教わっていたアキラは、未就学の子供とは思えない棋力の持ち主だった。
 それでもまだ芦原に適うものではなかったが、将来を考えると空恐ろしい気分になるのも否めない。おまけに、対局中のアキラはまるで子供とは思えない集中力で、碁盤を睨む厳しい視線は父の面影を色濃く見せていた。
 最初こそ五子を置いていた対局も、四子、三子と徐々に少なくなって行くのにそれほど時間はかからなかった。
 しかし芦原もプロを目指しているという意地がある。いくら師匠の子供とは言え、簡単には負けられない――そうして芦原が勝利を手にする度、負けず嫌いのアキラは芦原にしがみついて再戦をせがむのだった。
「アキラさん、芦原さんはこれからお父さんと勉強するのよ。困らせてはいけません」
 かなり一方的な押し問答を続ける二人の間に、やんわりとアキラの母である明子が仲介に入ってくれる。
 芦原はほっとし、アキラはしゅんとする。
「ごめんなさいね。アキラさんは芦原さんが大好きだから」
「いえ、俺も楽しく対局させてもらってますから。アキラくん、後でね。研究会が終わったらまた打とう」
 芦原が優しく告げると、アキラは泣き出しそうな顔を輝かせ、大きく頷いた。
「ほんとうだよ! ぜったいね、あしわらさん!」




 ***




「か〜わいかったなあ……今じゃアイツ、俺よりでっかくなっちゃったけどねえ……」
 とろんと目尻を下げた芦原に対して、ヒカルもまた目元を緩ませた。
「アイツ、綺麗な顔してるから、ちっちゃい頃可愛かったんだろうなあ」
「そりゃもう、女の子みたいだったよ。置いといたら日本人形そのものだったね」
「ええ〜、見てみたかった〜」
「明子さんがアルバム持ってるんじゃないかな? 今度帰ってきた時に見せてもらうといいよ」
「マジ! 見たい見たい! うわ、絶対見せてもらおっと!」
 ヒカルが目を輝かせる。芦原は笑って、そういえば、と言葉を続けた。
「アキラがあんまり可愛いからさ、ちょっと明子さんがハメ外したんだよねえ……」






そろそろ皆様お気付きかもしれませんが、
ロリもショタも書くのは苦手です……(読むのは好物です)
可愛いアキラってのがどうにも……かゆい。