「まあまあ、ようこそ! 汚い家でえらいすいませんねえ」 「初めまして、塔矢アキラと申します。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いいたします。これ、お口に合うか分かりませんが……」 「あらもう、そんなお気遣いなく〜! いややわ、こんな有名どころのお菓子! ありがとうございます、ほんまにすいませんねえ」 母親の出迎えに艶然と頭を下げたアキラは、誰もが惑わされそうな微笑を湛えている。 社は母親をちらりと見やり、そしてため息を漏らした。今まで息子が連れてきたどの友達とも毛色の違うこの男に、すっかりやられてしまっているようだ。 「ご丁寧にどうも、さああがってくださいな。どうぞどうぞ」 「オカン、何標準語に戻しとんねん」 「お黙り、清春」 アキラを引き連れて居間へ向かい、アキラは促されるままソファに腰掛けた。社もその隣に腰を下ろそうとして、台所から自分を呼ぶ母親に気づく。 「なんや」 社が台所に顔を出すと、そのまま奥まで母親に引っ張り込まれてあやうく転びかける。何すんねん、と怒鳴るより早く、母親の輝いた顔が目に飛び込んできてぎょっとする。 「えらい綺麗な子やねえ。王子様みたいやないの!」 「ま、まあ、アイツは外面ええからなあ……」 「何言っとるん、あんたとは育ちが違う雰囲気やったわあ。あんたでもあんな友達できるんやねえ。囲碁やらせて初めてよかった思うたわ」 「……そら、どーも」 憮然とする息子をさておき、母親は途中だったらしい夕飯の支度に取りかかった。 社は上機嫌の母親の背中にべっと舌を出し、ソファで上品に足を揃えて座っているアキラの元へ戻って来た。 「荷物、俺の部屋置いてくるか? どや、それから一局」 「ああ……、でもキミのお母さんが忙しそうにしているから、手伝ったほうがいいんじゃないか?」 アキラの言葉に振り向くと、母は怒濤の勢いで料理器具片手に奮闘していた。 慣れない料理に張り切ったせいか、どうやら作業は思った以上にはかどっていないらしい。 社はしゃあないなあと呆れたように呟いた。 「俺着替えてくるわ。その後オカン手伝ったるか」 「あ、それならボクの荷物も一緒に持っていってくれ。ボクも手伝おう」 「は? ……お前が?」 「一晩泊めていただくんだ、当然だろう?」 涼しい顔で聞き返されると、社も何も言えなくなってしまう。 ――こういうところが「外面がいい」のだが。 優等生体質が染み付いているのか、嫌味なく言ってのけるところが嫌味である。ほんじゃヨロシク、と半ば自棄に言い放ち、アキラの荷物を抱えて社は自室へ向かうべく階段を上がって行った。 途中、弟の部屋からゲームの音が漏れているのを聞き咎め、社はドアを開ける。 「豊秋、お客さん来てんで。お前も挨拶しい」 「春兄ぃおかえり〜。今ええとこやねん、終わったら行く〜」 振り向きもせずに答える弟に眉を顰め、はよせいよ、とだけ伝えてドアを閉めた。 あの分では、夕飯まで下りてくるつもりはなさそうだ。 制服から着替えて戻って来た社の目に、にこやかに作業をする母親とアキラの姿が映る。 シャツの袖をまくったアキラは何かボールの中身をかき混ぜている。アキラに指示を出す母親の頬がほんのり桜色で、社はげんなりと肩を落とした。 「清春、なにデカい身体で突っ立ってんの。お客様が手伝って下さってるのに、あんたはぼーっとして」 「へいへい、俺は何したらええんや」 「なんやあんたのゴツイ身体がこっち来ると暑苦しいわあ。それに比べて塔矢くんは凛々しくて羨ましいわあ。こんな息子が欲しかったんやけどねえ」 「残念やったな、オカンの血が混じったからこんなんが産まれて来たんやろが」 「ほんっと口ばっかり達者になって!」 親子の会話をアキラはくすくすと笑いながら聞いている。そんな仕種も確かに絵になり、社は心に割り切れないものを感じた。 「これ、終わりました。次は何をお手伝いしましょう?」 「あら、塔矢くん手際いいわあ。このままうちの息子ならへん?」 「オカン、これ焼いてええんか!」 「ったく馬鹿息子が、お母さんと塔矢くんの楽しいひとときを邪魔するんやないの!」 ぎゃあぎゃあと騒がしい台所にて、一応着々と夕飯の支度は進んで行った。 「ただいま〜、お母さん、ご飯は〜?」 ひょいっと居間に顔を出した美冬は、そこに知らない人間が居ることを予想していなかったようで、驚いた顔のまま固まった。 「おうおかえり。遅かったやないか」 社が声をかけても、美冬はすぐには反応しない。 社は美冬の目線がアキラに向いていることに気付いた。 「ああ、こいつ兄ちゃんの友達や。塔矢アキラ、こいつも棋士やで」 「き……棋士の人?」 「こんにちは、初めまして。お兄さんにはいつもお世話になっています」 再び営業スマイルでにっこり微笑んだアキラを見て、美冬の顔が一気に真っ赤に染まった。そのあからさまな様子に社はぎょっとする。 美冬は後ろ手にバッグを持ち替え、もじもじと上目遣いでアキラを見上げている。 「あ、えっと、み、美冬です……。あ、兄がいつもお世話に……」 「……美冬、さっさと着替えてきい」 拙い挨拶を不機嫌な兄の声に遮られ、美冬はむっとして口唇を尖らせる。 真っ赤な顔のまま身を翻し、階段を駆け上がって行く音を聞いて社はフンと鼻を鳴らした。 ――ガキが、ちっといい男見ると色気づきよって…… 「妹さん、いくつ? キミとそっくりだなあ」 「……美冬に手え出したらあかんで」 「何を言ってるんだ、キミは?」 それから程なくして二階から豊秋を伴った美冬が下りて来た。子供を盾に照れ隠ししているようだ。 豊秋は何か珍しいものを見つけたように目を丸くして、アキラをぼんやり見上げている。アキラは豊秋に優しく微笑みかけ、少し腰を屈めてこんにちは、と話しかけた。 その声にびくりと肩を揺らした豊秋は、まだ放心したような表情で「こんにちわ」とオウムのように返した。アキラは穏やかに苦笑いしている。 「豊秋、塔矢さんや。兄ちゃんより昔っから碁打ってんやで」 社がアキラをそう弟に紹介すると、弟は目をぱちぱちと瞬きさせた。 「塔矢さん、春兄ぃとどっち強いの?」 純粋に痛いところを突いて来る豊秋に、社は一瞬言葉に詰まって、しかし正直に説明しようと弟に目線を合わせてしゃがんだ。 「兄ちゃんより塔矢さんのほうが強いなあ。塔矢さんはなあ、すっごい強いんやで。兄ちゃんは塔矢さんに負けないように一生懸命碁の勉強しとるんや」 「春兄ぃより強いの!?」 豊秋は丸い目を更に大きく広げた。 今まで社が連れて来る棋士の友人と言えば、社より年上の人間が多かった上、彼らは皆社より棋力が下だった。豊秋の狭い囲碁世界の中では、兄がナンバーワンだったのだろう。 突然現れた物腰柔らかな美青年は、豊秋にとってはまるで違う国の人間のように感じているのかもしれなかった。 するとアキラがふいに社と同じくしゃがみ込み、豊秋の小さな顔を正面から見つめてにっこり微笑んだ。 「キミのお兄さんはとても強いよ。日本を代表して戦っている棋士だからね。お兄さんを誇りに思うといい」 意外な言葉に、社のほうが薄ら頬を赤く染めた。 アキラがそんなふうに思ってくれているなんて――たとえ弟の前でフォローしようと言ってくれた言葉だとしても、胸にじんわりと喜びが広がるのに変わりはない。 そして兄としての威厳も保ってくれたようで、豊秋は目の前の優しそうな青年の言葉に瞳を輝かせている。 これはアキラに感謝せねばなるまい。社はひっそり苦笑した。 |
ここでまた懺悔をひとつ……
社少年が小4まで関東にいたということは、ご両親はたぶん関東出身ですよね。
ということは、ご両親は恐らく大阪弁ではなく関東の言葉を……
恐らくも何も、コミックス読み返したら社父標準語でした。
もうがっつり社母に大阪弁もどきを喋らせてしまってますね……。
社母は環境に感化されやすい人ということにして頂けると……!
毎度毎度中途半端ですいません……