GLAMOROUS






「進藤、もうこんな時間だぞ」
 周囲の騒々しさに負けじと、少々怒鳴り気味にアキラはそう言った。
 遊び疲れか、少し渇き気味の口唇を軽く舐めながら、アキラはヒカルに時計を見せる。
 ヒカルはフーン、と答えるだけで特に驚いた様子がないのに、アキラが驚いていた。
「さすがにそろそろ帰らないと。キミもご両親が心配してるんじゃないのか」
「……帰らないよ。俺、もうお前ん家に泊まるって言ってあるから」
「なんだって?」
 ゲームセンターの自動販売機に硬貨を入れたヒカルは、大きな声を出すアキラを尻目にコーラを購入する。
 ゴトン、と落ちてくるコーラの缶を拾いながら、「お前も俺ん家泊まるって電話しとけよ」と何でもないことのように告げた。
「何言ってるんだ、キミは」
 目を丸くするアキラを横目でちらりと見たヒカルは、黙ってコーラのプルタブを引いた。
 一口含むと、ぴりぴり弾く液体がヒカルの体内を刺激していく。ふうっと息をついて、くるりとアキラを振り返った。
「たまにはいいじゃん。お前、楽しくない?」
「そ、そういうわけではないけど」
「お前スロットにムチャクチャハマってたくせに」
「! あ、あれは、その、ハマってたわけじゃなくて、絵柄を揃えるのが……少しだけ」
 楽しかったんだろ。ヒカルが続けると、アキラは言葉に詰まってしまう。
「じゃあ、いいじゃん。もうちょっと、遊ぼう?」
 上目遣いで見上げるヒカルに、アキラは困った目を向けるばかり。
 もちろん、明日はお互い手合いの予定がないことは知っている。アキラは午後から指導碁が入っているはずだが、これくらいの夜遊びが仕事に響かないことを分かっている上で、ヒカルはアキラを誘っていた。アキラが断らないことを承知で。
「……でも進藤。キミはボクの家に泊まると電話して、ボクがキミの家に泊まると電話をするなら、ボクらは一体どこに泊まるんだ? まさか夜通し遊ぼうなんて言い出すんじゃないだろうな」
「んー、それもいいけど」
 缶を口につけたままのヒカルの声はくぐもっていて、アキラが聞き返すように眉を顰めていた。
「じゃあ、泊まるとこ探そうか」
「探す?」
 アキラの問いかけには答えず、ごくごくとコーラを喉に流し込んだヒカルは、その痺れ具合に目を瞑って唸りながらもぷはっと気持ちよさ気に息を吐き出す。
 傍のゴミ箱に空き缶を押し込んで、アキラの手首を掴んだ。そのまま騒がしいゲームセンター内を横切り、外に出た途端ふっと騒音が耳から離れる。
 アキラは深くため息を漏らし、肩の力を抜いたようだ。少々アキラにはうるさすぎる空間だったかもしれない。
 ヒカルはその場できょろきょろと首を振り、あっちのほうかなあ、と呟きながら歩き出した。慌てて追ってくるアキラが焦りを隠さずヒカルの腕をとる。
「待て進藤、どこに行く気だ」
「だから、泊まるとこ探すんだって」
「探すって、こんなところで?」
「そうだよ。……あ、お前のほうが詳しいか」
「?」
「ラブホ」
 途端、アキラは派手に吹いた。らしからぬ音を立てた恋人にヒカルは少し驚きながらも、どことなく楽しげにアキラを見つめている。
「し、進藤、キミは、何を」
「お前、ラブホの特集本持ってたじゃん」
 その言葉にアキラはぱくぱく口を空振りさせ、みるみるその顔が首から耳から赤く染まっていく。その分かりやすい様子をヒカルはおおーと感動の声を上げながら見守り、アキラにきっと睨まれる。
「キミ、見たな?」
「あんな隠し方してるから悪いんじゃん。あれじゃ見てくれって言ってるようなもんだぜ」
「そんなことはない! それはキミの勝手すぎる解釈だ!」
「お前、それ本気で思ってるってヤバすぎ」
 けたけたと笑ったヒカルは、ふいに笑うのをやめて、まるで試すような目でアキラをちろりと見上げてやった。その目の含みを感じ取ったのか、アキラの喉がごくりと上下する。
「……で、どうすんの? ラブホ行く?」
「……進藤」
「俺、すげえ、したい」
 カサカサしたヒカルの声にぴくりと揺れたアキラの眉の下、切れ長の瞳の中央に何かしら艶めいた炎がふらりと揺れた。それを見逃さなかったヒカルは僅かにほくそ笑む。
「……決まりだな。お前、いいとこ案内しろよ」
 ヒカルに腕を引かれたアキラは、もう諍わなかった。




「……ここがいいとこ?」
「いいところかは知らないよ。紙の上でのデータしか知らないんだから」
 ラブホ行こう、なんて威勢良く誘ったというのに、入る時はおっかなびっくりきょろきょろしながら自動ドアを潜ったヒカルは、間接照明が照らす仄かなオレンジ色のホテル内で物珍しげに目を動かしている。
「案外、キレイなんだな」
「最近はブティックホテルなんて言い方もするみたいだから。あまり派手な外観のホテルも少ないようだし」
 アキラは何事か考えるように顎に指を添えながら、さほど広くないロビーを真っ直ぐ突っ切っていく。ヒカルは誰かに見咎められないものか、その後ろから恐々ついていくが、想像していたようなフロントはなく、ただ小さな液晶画面が壁に掛けられている空間に出た。
 液晶の中には各部屋の小さな写真が四角く区切られて、カラー写真のものと、ランプが消えたようにモノクロ写真のものに分かれている。ヒカルは、ランプが消えている部屋は使用中なのだと感づいた。
「ここ、無人なんだ」
「だから選んだんだよ」
「お前、都内のラブホ情報全部頭に入れてるんじゃねえだろな」
「そんな暇なことはしない! ……使えそうなところは数ヶ所記憶していただけだ」
 なんて無駄な努力なのだろうと呆れたいところだが、アキラらしくもあった。変なところがちゃっかりしている。こんな形でラブホテルに行くことになるとは考えていなかっただろうが、あわよくば何かの機会を狙っていたのは事実なのだろう。
 初めての空間に、ヒカルの心臓はどくどくと激しく伸縮していた。これからすることに対する期待だけではない、年齢も、性別も、様々なルールに違反してこんなところに来てしまったというスリルが、ヒカルの喉をカラカラにさせる。
 アキラにどこにするんだと聞かれ、ヒカルは適当な部屋の液晶画面に触れた。ぱっと画面が大きくなり、部屋の概観が表示される。この部屋でいいかとの確認画面に、YESを選択した。
 ジー、と音がして、液晶画面の下に取り付けられていた機械からカードが吐き出された。どうやらこれがルームキーになるらしい。アキラはカードをさっと抜いて、ヒカルについて来るよう目で促す。
 歩き出した廊下は酷く静かで、他の部屋に誰か人が入っているなんて想像できなかった。未成年で、男同士であるが故、誰かに会わないかと思わず周囲を見渡してしまう。
 辿り着いた部屋のドアの上で、備え付けられた赤いランプがピカピカ点滅していた。
「ここみたいだな」
 アキラがカードに書かれた部屋の番号と照らし合わせ、ヒカルを見る。ヒカルは胸の内の緊張を隠し、アキラからカードを引っ手繰ってドアノブの下に差し込んだ。
 自ら選んだ部屋の扉を勢いよく開くと、ヒカルなりに描いていた室内風景とは全く異なったスタイリッシュな空間がそこにあった。
「うわ、すげえ」
 思わず先に中へ入っていくヒカルに続き、アキラも潜ったドアから手を離す。ぱたんと閉まったドアは、ジー、とオートロックのかかる音を残して静かになった。
「マジ!? シャワー丸見えじゃん!」
 ヒカルは思っていた以上に広い室内の中央で、ぐるぐる四方を見て回る。想像していたピンクの世界はそこにはなく、モノトーンの家具に大き目のテレビ、テレビにはカラオケまで備え付けられている。小さな自動販売機には何が売られているのだろう。
 こぢんまりとしたカウンターにはポットとカップが置かれ、一通りの飲み物が楽しめるようになっているようだ。その下の棚はもしや冷蔵庫だろうか。
 窓際のライトは青く、少し寒々しいイメージを与える。ガラスで隔てられたシャワールームは部屋からの視線を遮断するものがほとんどなく、狭いバスタブが申し訳程度に置かれているのが見える。
 そして、壁にぴたりとつけられた大きなベッド。
「すげー、ベッドでけえ。カラオケもある、すげえ」
 すげーすげーと連発するヒカルのはしゃぎっぷりに、アキラはやれやれとため息をつく。
「進藤。カラオケをしにここに来たんじゃないぞ」
「なんだよ、若先生。余裕ないじゃん」
 にやっと口唇を吊り上げたヒカルは、背中からベッドにダイブした。スプリングで上下する振動に揺られ、自分の家のものとは違う弾力と広さに感動さえ覚える。
 揺れるヒカルを少し細めた目で見ていたアキラは、もう一度ため息をついた。ほんの少しだけ眉間にできた皺が、アキラの表情を気難しげに見せている。
 しかし、その悩ましさに見え隠れする荒々しい視線にヒカルは気づいていた。アキラは一度目を閉じ、軽く首を横に振る。
「そうだよ、もう余裕なんてない。早くシャワーを浴びてきてくれ」
「やだよ、このガラス張り超恥ずかしいもん。お前先に浴びてこいよ」
 含み笑いでからかうようにそんなことを言うヒカルに、ついにアキラは焦れたのだろうか、ベッドの上に尻をついて足を投げ出しているヒカルに近づき、自らもそのベッドに膝をついた。
「じゃあ、一緒に入ろう」
 吐息交じりの声で囁かれて、ヒカルの背筋にぞくりと痺れが走る。表情を変えないように努めるのが精一杯だった。
 アキラは四つんばいの格好でヒカルににじり寄り、至近距離でヒカルと激しく視線を絡めた。
 ――ああ、この眼だ。
 しっとり濡れた黒い瞳の、中央でぎらぎらと燃える炎。微かに血走った白目から雄の獣のニオイが漂う。
 ごくりとヒカルの喉が鳴る。どこにも触れられていないのに、身体の奥から熱いものがヒカルの心を押し上げていく。
 アキラは口唇を一舐めし、掠れた声で囁いた。
「あまり待てない。……ボクをこんなにした責任はとってもらうよ」
 その台詞に、ヒカルはくっと口角を持ち上げて、挑戦的に微笑んだ。
 瞳には、きっとアキラと同じ獣が棲んでいる。
「ばあか。――お前が、俺をこんなにした責任をとるんだよ」






若の勉強(?)の成果がここに実りを。
使えそうなところって、やっぱり使う気だったのか。
てゆうかブティック云々は最近ではない気がするよ、若。
この後半部分を書くためだけに、某所でのチャット中に
「誰かラブホ資料くれ」とお願いしたのは本当に申し訳ないと思ってます。