恋をしようよ






 いざへたくそな自分に打ち勝つために――
 とりあえず思いつくままに検索をかけてみたものの、情報量が多すぎてかえってアキラは混乱してしまった。

『セックスの特選テクニック〜腰使い編〜』
『どんな女でもイク!彼女をイカせる指技百選』

 手当たり次第思いつく単語を入力すると、そんな目に眩しい見出しがごろごろと出てきて、アキラは興奮どころか生々しさに眩暈を感じた。
 何事も勉強といくつかサイトを覗いてみたものの、そもそも欲求の矛先が普通とは若干違っているせいかあまり役に立ちそうにない。なんたって相手は彼女ではなく彼氏なのだ。まず身体の構造が違うではないか。
 ようやくそのことに気づいたアキラは、多少の抵抗を感じないでもなかったが、検索単語にそれまでとは変えて「ゲイ」「ホモ」なる言葉を追加してみた。
 そうして最初に見たサイトから次のサイトへ、とネットの波に乗り始めて数時間、アキラはとある掲示板で特定の人物の名前が連呼されていることに気づいた。

『オーちゃんのアドバイスがやっぱり一番安心した。なんか友達に励まされてるみたいで気軽にいろんなこと相談できたし。』
『彼とうまくいかなくなった時、オーちゃんの言葉を思い出して頑張れたよ。おかげで今はラブラブ! セックスも充実してます』

 どうやら掲示板に集う彼らが「オーちゃん」と慕う人物は、ゲイ専門で悩み相談を行っているアドバイザーらしい。ゲイ間の様々な悩みについて親身にアドバイスにのってくれるというオーちゃんの評判は高く、絶対的な信頼を得ているようだった。
 アキラがそのオーちゃんのサイトを探すのにそれほど時間はかからなかった。それからひとつ後に見たサイトのリンク集に、オーちゃんのサイトもリンクされていたのである。
 それでは早速とオーちゃんのサイトのバナーをクリックした後、現れたピンク色の画面にアキラは唖然とした。

『悩めるゲイたちへ〜オカマのオーちゃんのハートフルセラピー〜』

 薔薇とリボンが乱れ舞うトップ画面にしばし魂を抜かれ、本当に信用してよいものかと疑心暗鬼になりながらもサイトの内部に入っていく。
 このサイトでは悩み相談を受け付けているということだが、それは完全非公開型で、直接オーちゃんとメールのやりとりをすることでより親身な回答を得られるのが魅力らしい。
 時にはオーちゃん自らチャットのお誘いをくれて、まるで直に話し合っているようにアドバイスをくれるという徹底振りが人気のようだ。
 十代の時に自分がゲイであることを自覚したオーちゃんは、誰にも相談できずに一人悩み続けたことをプロフィールで明かしている。話だけでも聞いてもらえたら楽になるのに――そんな自分の経験を元に、ゲイたちが気軽に相談できる窓口を作ったのだという。
 直接会って話すわけではなく、あくまでネット上でのやりとりなので、その匿名性も是非利用して欲しいとオーちゃんは語っている。ちょっとしたおしゃべりでも大歓迎、とオーちゃんが広げた窓口はかなり広いようだ。
 アキラは迷った。この人に相談してみようか……でも、本当に信用できるのだろうか? それにこれだけ来訪者のカウンタが回っているのだから、きっとメールもたくさん来ているだろう……返事なんて来ないかもしれない。
 しかし話だけでも聞いてもらえるというのは案外魅力的で、アキラはダメで元々とメールを送ってみることにした。掲示板の信望ぶりも後押しをしてくれた気がする。あれだけ感謝されているのだから、ひょっとしたらアキラにも良きアドバイスをくれるかもしれない。
 もしおかしな答えが返ってきたら適当に流して、また新しいサイトを探せばよいのだ……そう考えたアキラは、早速オーちゃんにメールを打ち始めた。


『オー様
 はじめまして。ボクの名前は』


 はたとアキラの手が止まる。
 ありふれた名前とはいえ、さすがに本名ではまずかろう。
 しばし悩んだ挙句、アキラは自分の名前の頭文字を削ることにした。


『ボクの名前はキラといいます。
 今日は相談にのってもらいたいことがあってメールしました。ボクの恋人のことです。』


 そうしてアキラはやっとの思いでヒカルに告白を受け入れてもらえたこと、つきあって三ヶ月でキスをして、ようやく昨日セックスにこぎつけたところで手酷く拒否されてしまったこと、極め付けはへたくそと言われてしまったことなどを切々と説いた。


『どうぞ彼を満足させられるようなアドバイスをください。よろしくお願いします』


 そこまで書き切って軽く見直し、えいと送信して息をつく。
 インターネットを徘徊し始めてからすでに四時間近い時間が経過していた。さすがに疲れを感じたアキラは、今日はここまでにしようとパソコンの電源を落とした。
 どうか返事が来ますように……悶々としつつも長い間モニタを見つめ続けてすっかり乾いた目を閉じると、驚くほどあっさりと眠りは訪れた。




 ***




 翌日はヒカルと仕事が被らず、顔も合わせる機会がなかった。それなのにヒカルからは何の連絡もない――静かな携帯電話に焦れながら一日を過ごし、とぼとぼと帰宅したアキラは真直ぐにパソコンに向かってメールチェックを行った。
 一通、新着メールが届いていた。思わず身を乗り出したアキラは、差出人の名前が英字たったひとつの「O」となっているのを確かめて、慌ててメールを開いた。


『キラちゃんはじめまして〜★
 オカマのオーちゃんよ。デスノートのファンなのかしら?
 メールありがとう。読ませてもらったわ。

 メールの感じからして、キラちゃんてすっごく真面目な子じゃない?
 だから余計に視野が狭くなっちゃってるみたいね。
 セックスのテクニックも愛し合う上で大きな役割を果たすことがあるのは確かだけど。
 でも、肝心なことを忘れていないかしら?』


 オーちゃんからのメールは終始オカマ言葉で実に砕けていて、首を傾げる箇所もあるが(デスノートとはなんだろう?)、その後に続けられた文章にアキラはどきんと胸に痛みを覚えた。


『キラちゃんはどうしてその彼とエッチなことをしたいの?
 彼が好きだから、一緒に気持ちよくなりたいからよね?
 それなのに、彼の気持ちを無視してセックスのテクニックだけを手に入れたって問題は解決しないわ。
 彼は最初に嫌だって主張したのよね。それなのに無理に抱く行為に愛はないわ。
 セックスじゃなくて、レイプよ。』


 アキラは息を飲み、思わずモニタから顔を逸らしてしまった。
 はっきりと文字で目に映った言葉の威力は、若いアキラには相当のものだった。
(……セックスじゃない……)
 嫌だと喚いたヒカルを強引に組み敷いて事を進めた。それはセックスじゃない……レイプ。上手い下手など関係なく、愛のない行為だと断言された衝撃は大きい。
 アキラは肩を落とす。
 ヒカルの気持ちを考えず、ただ快楽を求めた自分がとても醜い生き物のように感じた。
 最初はオーちゃんの言う通り、ヒカルのことが好きだから身体を重ねたいと思ったのだ。一緒に気持ち良くなりたかった。ヒカルにも同じように求めて欲しかった。
 それなのにいつしか欲望ありきで嫌がるヒカルを無理矢理抱いて、彼が怒ったことに対して理不尽だと腹を立てるだなんて、自分は何て勝手でどうしようもない人間なのだろう……
 すっかり落ち込んだアキラだったが、オーちゃんのメールの締めくくりに望みの光を見出した。


『キラちゃん、おいくつ? ひょっとしたらとっても若い子なんじゃないかしら?
 若いうちは何でも焦っちゃうものだから、あまり思いつめないで前向きにね。
 きついことを書いてごめんなさいね。でもね、とても大事なことよ。是非彼ときちんと愛し合ってもらいたいわ。
 良かったらまたメールちょうだいね。オーちゃんがいつでも相談にのるわよ。
 あ、それからオー様なんてくすぐったいからやめてちょうだい! オーちゃんて気軽に呼んでね★』


 またメールちょうだい、の文字にアキラの心が少し軽くなる。
 こんなどうしようもない自分を見捨てずにいてくれる、そう思うと顔も知らないオーちゃんが女神(オカマに適切な表現かどうかは分からないが)のように思えて来る。
 ――本当だ。話を聞いてもらえるだけでも気持ちが楽になるものなんだ……
 オーちゃんがまた話を聞いてくれる。恋愛に未熟なアキラに対してもきちんと返事をくれたオーちゃんが――そうなんです、彼が好きなんです。だから彼とエッチしたいんです――誰にも言えないそんなことを当たり前のように肯定してくれる見知らぬオカマに、アキラはもう少し相談してみようと椅子に座り直した。
 オー様、と打ちかけて、少し考えた後に修正する。


『オーちゃんへ
 キラです。お返事ありがとうございました。
 オーちゃんの言葉、耳が痛くなりました。
 ボクは大切なことを忘れていたようです……
 オーちゃんの言うとおり、ボクは彼が好きで好きでたまらないんです。
 それなのに、乱暴にして彼を傷つけてしまった……
 ボクにはもう彼に触れる資格はないのかもしれません……』


 そこまでキーボードを打って一通り落ち込んだアキラは、なんとか気を取り直して続きを打ち始めた。


『ボクの年齢は高校生くらいです。
 彼に逢うまで、恋愛らしい恋愛をしたことがありません。
 どうしたら彼に許してもらえるでしょう。
 浅ましいとお思いでしょうが、ボクはやっぱり彼に触れたくて仕方がないんです。
 どうか良きアドバイスをよろしくお願いします。』


 打ち終えたアキラは、一度モニタに向かって手を合わせた後、祈るような気持ちでメールを送信した。
 良い返事が来ますように――祈りというより念をこめたのが効いたのだろうか、その日の夜、アキラが眠る前にもう一度メールチェックを行った時、待ち望んだメールの返事が届いていたのである。


『ハロー★ キラちゃんお元気? オカマのオーちゃんよ。
 二度目のメールありがとう。随分悩んじゃってるみたいね……カワイイわ。
 なんだかアタシの若い頃を思い出すわ〜。
 アタシも初めて好きな人が出来た時はキラちゃんみたいに悩んだものよ。
 毎晩彼の夢見てパンツ汚しちゃったりね……あら脱線したわね。ごめんなさい。

 さて、本題に入るわね。
 キラちゃんは高校生なのね?
 未成年に具体的なセックスの話をするのはちょっと気が引けるんだけど。
 でも間違った知識を持つよりはいいと思うから、アタシも真剣に答えるわよ。

 キラちゃんの気持ち、ようく分かったわ。
 彼のことが大好きなのね? 触れたくなるのは自然なことよ。
 そうね、それに高校生なんだから、一番性的な欲求に興味を持つ年頃ですもんね。

 でもね、ここで焦っちゃダメよ。相手は確か元々ノンケだったわね?
 しかも初めてのセックスで相当痛い思いをした……きっと怯えてるわ。
 触れたい気持ちも分かるけど、まずはそれ以前の問題ね。

 こういう時は急がずに、ゆっくりと信頼関係を築くところから始めるの。
 間違ってもセックスしたいなんて顔や態度に出しちゃダメよ。じっと耐えて。
 大好きな彼のためですもの。お互い幸せな気持ちで一緒にいたいわよね?

 じゃあ、どうやって信頼関係を築くか。
 何よりも大切なことは、「傍にいる」ことよ。
 ガッついたりしちゃダメ。ただ黙って傍にいるの。
 今は無理に彼に触れようと思わないで。そうね、しばらく彼の言う通りにして、指一本触らないことよ。
 彼にちゃんと誠意を見せて。反省しているってことをきちんと彼に認めてもらうの。
 一緒にいることが当たり前で自然なんだって分かってもらえるまで、辛抱するのよ。
 触れるのはそれからよ。できるかしら?』


 オーちゃんからのメールを読み終えたアキラは、眉間をぎゅっと寄せてむむと口唇をへの字に結んだ。
 要するに、手を出すな、でも近くにいろということだろうか? ……生殺し状態に耐えろと?
 考えただけでくじけそうだったが、最後に書かれていたオーちゃんからの言葉にアキラは何とか踏み止まる。


『大切なのは、彼を愛する心よ。
 まずは自分の欲求を満たす前に、彼の傷ついた心を癒すことを考えて。
 思いやりの気持ちが深ければ、きっと上手くいくわ』


 彼を愛する心……思いやりの気持ち……
 そうだ、ヒカルは心も身体も傷ついたのだ。自分勝手な都合で弱音を吐いてどうする……まずはヒカルを癒す事が先決だ、オーちゃんの言う通りだ。
 それにしても、こんな子供相手にもきっちり返事をくれるなんて。アキラはオーちゃんの丁寧な返信に感動さえ覚えた。しかも適当な内容ではなく、きちんとアキラと、そしてヒカルのことを考えてくれたオーちゃんの親身なアドバイスは、あの掲示板の評判通りでアキラの胸に染みた。
 よしと拳を握り締めたアキラは、早速オーちゃんに返事を書いた。

『オーちゃん、アドバイスありがとうございます。
 ボク、やってみます。彼との信頼関係を築けるように頑張ります。
 うまくいったらまた報告します』

 まずは信頼関係の回復だ――アキラは立ち上がって意気込み新たに天井を睨んだ。






うわあ寒い……!
第三者を引っ張って来るのは照れ隠しみたいです……私の。
今回はずっとこんなノリですすいません……