恋をしようよ






 翌日、早速仕事帰りに必須アイテムを買い集めたアキラは、ヒカルに連絡をとるべきか迷っていた。
 キスを交わしてから早くも三日。何と言って呼び出せば良いものか。しかし家に呼ぶとなるとアレばかりが目的だと勘違いされないだろうか……
 何とかうまく二人になる口実はないものかとぼんやり帰り道を歩いていたら、鞄から僅かな振動が伝わってきた。
 入れっぱなしだった携帯電話が震えているとすぐに気づいたアキラは、慌てて携帯を取り出し、そして表示された名前を見て目を見開く。
 ――進藤ヒカル――アキラは即座に通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
『もしもし? ……塔矢? 今、だいじょぶ?』
「う、うん。……どうしたの?」
 まさに今思い浮かべていた相手から電話がかかってこようとは、アキラはばくばくと音を立てる胸を押さえながら尋ねた。
 ヒカルは受話器の向こうで少し押し黙って、やがてぼそ、と聞き取るのが困難なほど小さな声を漏らした。
『……、逢いたくって……』
 そのか細い声をアキラは確かに拾い上げた。
 ずきん、と心臓に杭打たれたようだった。
 アキラはカラカラの口唇を何度も舐めて、意を決してヒカルに提案をする。
「……進藤。うちに来ないか……?」
『お前ん家……』
「ボクも、逢いたい……」
『……、……うん。行く……』
 通話が終わるや否や、アキラは空を飛ぶ勢いで自宅を目指して走り去った。



 自室に飛び込み、買ったばかりのコンドームとオイルをどうするべきかと部屋の中で右往左往する。
 まさかどんと置いておくわけにもいくまい。ヤル気満々すぎてまたヒカルが嫌な思いをしては元も子もない。
 とりあえず目立たないところに、と机の引き出しにそっと忍ばせた。もし良い雰囲気になった時にさりげなく取り出せるかは微妙だが……しかし出しっぱなしよりはマシだろう。
 前回は泊まり前提でヒカルがやってきたのだから、夜に布団を敷くのは自然な流れだった。しかしもしこれからコトに及ぶとなった時、うまく布団を出せるだろうか?
 こんな時ベッドだったら楽だったのに、と小さく舌打ちする。こういった細かい技をオーちゃんに聞いておくんだった――後悔しかけたアキラは、いやいやと首を振った。
 セックスは愛情だ。多少段取りが悪くても愛情でカバーだ!
 胸を張ったアキラは、ヒカルが来る前にと今度は爪を切り始めた。元々爪は長くはないが、必要以上に切った。白い部分は全て切り落とし、若干深爪気味になって痛む指もあるが、ヒカルの痛みに比べたら些細なものだと自分に言い聞かせる。
 風呂を沸かしておこうか……いやそれは後でもいいか……落ち着かなく家中を歩き回っていたアキラの耳に、ピンポーンと運命の音色が届いた。
 アキラはごくりと唾液を呑み込んで、玄関まで全速力で駆けていった。


 がらがらと引き戸を開けると、俯きがちだったヒカルが照れくさそうに上向きの視線を寄越した。
 軽く尖らせた下口唇にアキラは思わず頬を緩める。これはヒカルの照れ隠しの仕草だ。さっき「逢いたい」なんて言ったものだからきっと恥ずかしいのだろう。
「いらっしゃい。入って」
 なるべくヒカルの緊張を解すように、アキラは優しく声をかけた。そそくさと中に入って来るヒカルをそのまま抱き締めてしまおうかとも思ったが、いやいや焦るなと冷静に引き戸を閉めた。
 その途端、どんと何かが背中にぶつかってきた。
 驚いて振り返ったアキラの目に映るつむじ――思いがけずヒカルの頭を見下ろすことになったアキラは、引き戸を閉めた格好のまま硬直する。
 ヒカルが抱き着いてきた。自分から……初めて……
『……俺も、お前がスキ』
『……俺、帰りたくない』
『……、逢いたくって……』
 ここで怯んでいては男ではない。
 力いっぱい愛してあげればそれでいい――オーちゃんの言葉に後押しされたアキラは、くるりと身を翻してヒカルの身体を抱き締めた。
 アキラの耳をヒカルの切な気な吐息がくすぐる。それだけでどうしようもなく身体が煽られてしまう。
 アキラはヒカルの髪に顔を埋め、久方ぶりのヒカルの匂いにうっとりと酔った。こんなふうに抱き締めたのは本当に久しぶりだった。
 じわじわと布越しにヒカルの体温が伝わって来る。今まで抱き締めた時よりも、ずっと温度が高いように感じるのは気のせいではないと思う。
 アキラはそっと腕を緩め、ヒカルの顎に指を当てた。促されるように顔を上げたヒカルの大きな瞳がゆらゆら揺れている。ほんのり赤く染まった縁があまりに可愛らしくて、アキラは顔を近付けた。
 目を閉じたヒカルに、優しくキスをする。触れた一瞬は固く感じた口唇が、すぐに柔らかく蕩けた。
 ちゅ、ちゅ、と啄んで柔らかさを堪能した。今までのように無理に舌でこじ開けて、中を掻き回したいとは思わなかった。この柔らかな感触を分かち合いたい。これもまた快感のひとつであるとアキラは実感した。
 何度も角度を変えて口付けていると、ヒカルの膝がかくりと折れて腕がアキラに縋りついてくる。驚いて身体を支えたアキラは、自分を見上げるヒカルの目がしっとりと色付いていることに気付いた。
「……お前……」
 掠れたヒカルの声はぞくりとアキラの肌を粟立たせた。
「なんで、そんな優しいの……?」
 薄ら頬を染め、切なく眉根を寄せるヒカルの熱っぽい視線にアキラは目眩を感じた。
「あんなに強引だったのに。なんでそんな、急に優しくすんだよ……」
 まるで喘ぐように囁くヒカルの身体は、アキラが支えていないと今にも重力に引かれて崩れてしまいそうだった。
 アキラは堪え切れなくなり、ぐいっとヒカルを抱き寄せて目の前に届いた耳たぶに口唇を寄せる。ヒカルがくすぐったそうに肩を竦めた。
「……優しいのは嫌?」
「……、ううん……」
 ヒカルが小さく首を横に振る。さわさわと髪の毛がアキラの鼻先を擦った。
「嫌じゃない……」
 呟きはダイレクトにアキラの胸を突いた。


 靴を脱ぐのももどかしく、ヒカルの手を引いて自室へ。
 誰もいない広い塔矢邸、更に閉鎖された空間に二人きりになって、アキラはヒカルを抱き締める。夢中で腕に力を込めて、しかし腕の中のヒカルの身体が小さく強張ったのを僅かに感じ、はっとした。

 ――触れるときはソフトタッチ。決して乱暴にしないこと――

 いけない、と腕を緩めてそっとヒカルの髪を梳く。
 怖がらせたくない。せっかくここまでヒカルが心を開いてくれたのに、初めての時のように我を忘れて辛い思いをさせるわけにはいかない。
 するととたんにヒカルが不安そうに顔を上げた。階段でヒカルを支えた時とよく似た反応を見て、アキラはどうしたものかと困ってしまう。
 乱暴にしてもダメ、かといって素気なくするのもヒカルの不安を誘う。
 優しさとは難しい、と頭を悩ませたアキラは、今更格好つけても仕方がないことを認め、素直に今のもどかしさを白状することにした。
「……進藤。ボクはもう、前みたいにキミに辛い思いをさせたくない……優しくしたいんだ。でも、どうしても気が急いて、乱暴になってしまうかもしれない。嫌だったらすぐに言って。必ず止めるから。絶対に無理強いしないから」
「塔矢……」
「ボクは……キミが好きなんだ」
 そう言うと、アキラはヒカルの背に回していた右腕をゆるりと下ろして、探るようにヒカルの左手に触れた。そのままぎゅっと握り締めると、触れ合った手のひらの熱が安心感を与えてくれるような気がした。
 ヒカルはアキラを見つめたまま小さく喉を鳴らしたようだった。それでも握り返してくる手の温もりがアキラに勇気を与えてくれる。
 アキラはそっとヒカルに口付けた。何度も啄ばんで、恐々舌先を薄く開いた口唇の隙間に差し込んでみた。
 先端に、同じようにおずおずと触れてくる柔らかい感触がある。
 くすぐるように舌を掠めあった二人は、静かに口唇を離した時に引いた糸に気づいて顔を赤らめる。
 気恥ずかしそうな表情がどちらともなくはにかんだ微笑みに変わり、二人はもう一度小さくキスをした。






ここから裏要素突入します。
とはいえそんな大したものではないのですが、
いつになく長いのでげんなりされたらすいません。