恋をしようよ






 アキラは押入れから布団を引っ張り出した。
 ごめん、と断わってからのぎこちない行動に内心冷や汗を掻いていたが、ヒカルは文句も言わずじっと待っていてくれる。
 縒れたシーツを整える余裕もなく、敷布団をただ畳に下ろした状態でアキラはヒカルを見やった。ヒカルは静かに傍へ近寄ってきて、布団の上にちょこんと座り込む。
 腕を伸ばし、ヒカルの肩を包む。軽く力を入れただけで、ヒカルの身体はころんと転がった。
 アキラを見上げるヒカルの目は忙しなく瞬きを繰り返し、紅潮した頬はどこか硬い。
 アキラはその頬に触れるだけのキスをして、ヒカルの衣服に手をかけた。
 初めてヒカルを抱いた時は、すでに風呂も済ませてお互い準備万端だった。唯一ヒカルの心だけは準備が出来ていなかったが、そんなことお構いなしにアキラは寝支度が済んで軽装のヒカルをぱっぱと剥いていったのだ。
 しかし今のヒカルはしっかりとパーカーやジーンズを着込み、アキラも前のように無理強いはしたくないと思っているため、自然と手付きが辿々しくなる。特に厚地のパーカーを一体どのようにしたらスムーズに脱がすことができるのかと眉間に皺を寄せてしまったアキラの前で、おもむろに上半身を起こしたヒカルがそのパーカーをめくり上げた。
 アキラが驚いて丸くした目の前で、ヒカルはパーカーを脱ぎ捨てTシャツ一枚になる。そのTシャツにも手をかけようとしたヒカルは、アキラがぽかんとしているのに気付いて半ばむっとした表情になり、自分のTシャツに触れていた手をアキラへ伸ばしてきた。
 アキラのシャツの襟を軽く引っ張って、どこか甘ったれた促しを見せてから、ヒカルはアキラの一番上のボタンをひとつ外した。それでも狼狽えたアキラが未だ反応できずにいると、薄ら赤い顔で下口唇を尖らせるヒカルが上目遣いにアキラを睨んで来る。
 ああそうか、彼も協力してくれているんだ――思いもよらなかった展開をアキラはようやく自分の中で消化し、そうして胸をじんわりと熱くさせた。
 ヒカルが自分の意志でアキラと肌を合わせようとしている。それがこんなに嬉しいことだったなんて。
『やっぱり嫌だ、怖い、やめろ――』
 あの夜どれだけ心が離れていたのか改めて思い知らされた。オーちゃんの最初のメールが甦る。
 あれはセックスじゃなかった。……ただの独りよがりだったのだ。
 アキラもまた、ヒカルに手を伸ばした。薄地のTシャツの裾から手を潜らせ、背中を撫で上げるように服をまくりあげる。ヒカルはくすぐったそうに身を捩ったが、嫌がりはしなかった。
 アキラがヒカルからTシャツを脱がし終えた時には、アキラのボタンもヒカルの手ですっかり外されていた。前がはだけたシャツを脱ぎ捨てて、アキラはヒカルを優しく抱き締める。
 肩に小さく口付けた。鎖骨にも、首にも。あまり口唇を尖らせず、柔らかい皮膚を押し付けるように、熱を伝えるように何度も何度も。
 優しくしてあげるんだ。たくさんキスして、うんと抱き締めて、もしヒカルが嫌がったら最後までできなくてもいい。こうしてくっついているだけでも幸せだってことが分かっているから――
 夢中でヒカルの肌にキスを繰り返していたら、おもむろにヒカルの指がアキラの髪に差し込まれた。黒髪を梳くように指の間に通し、絡めて行く動作がアキラの首筋をくすぐる。
 思わず笑みを漏らしたアキラは、一度顔を上げて正面からヒカルを見つめる。ヒカルもまた照れくさそうに微笑んでいた。
 その口唇に口付ける。目を閉じたヒカルの後頭部に手のひらを当て、アキラは抱き締めたヒカルの身体を丁寧に布団の上に倒した。
 膝立ちになってヒカルを跨ぎ、キスをしたまま手のひらを平らな胸に滑らせる。ヒカルの肩がぴくりと揺れた。アキラは啄むように一旦口唇を離し、怖がらないで、ともう一度柔らかく口唇を食む。
 肌を撫で擦る手を徐々に下ろしていく。皮膚は微かに汗ばみ始めていた。シャツを脱いだアキラも、自分の背中に汗が滲み出して来ていることを自覚していた。
 気を抜けばキスの合間に漏れる呼吸がやけに荒くなって、すぐに獣を呼び込もうとする自分に辟易しながらじっと耐えた。
 布団の上に横たわる半裸の眩しいこと。もしも最初の夜から何も考えずにこのチャンスが与えられていたとしたら、同じ過ちを犯すだろうことが間違いないほどに青白い身体は魅力的だった。
 でも今は触れ合うことの大切さをよく理解している。
 手を繋ぐだけであんなに幸せだったのは、触れるだけのキスがあんなに心地良かったのは、小さく共有した暖かさに愛がこもっていたからだ。
 もう一方通行なんかじゃない。
 アキラはヒカルのベルトに手をかけた。自覚はなかったのに指先が震えていて、外す動作もぎこちない。
 それでもヒカルはじっとアキラの行動を見守り、ジーンズを下ろす時には軽く腰を持ち上げてもくれた。小さな気遣いがヒカルの意思表示に等しく、自分の手つきのまずさを後ろめたく思わせないことにアキラは感謝する。
 ヒカルだけに恥ずかしい思いをさせないよう、アキラも下着姿になった。布一枚で見つめ合うと、いよいよだという気分になって俄然心臓がうるさくなってくる。
 アキラは下着越しにヒカルの下腹部に触れた。
 ヒカルがぎゅっと目を瞑る。
 アキラが触れる前から緩く立ち上がりかかっていたらしいその場所をそっと撫でる。ヒカルの眉尻がみるみる下がっていった。
 布越しに感じる熱がどうしようもなくアキラを煽る。もどかしさに耐えられなくなって、乱暴にならないよう気遣いながらも下着の中に手を差し入れた。
 びくりとヒカルの身体が跳ねる。直に触れられたことへの不安だろうか、思わずアキラも手を引きそうになった。
 しかしヒカルが一瞬アキラに向けた顔は、気恥ずかしさに赤らんではいても非難のそれではなかった。制止の言葉もなく再びぎゅっと目と口唇を閉じたヒカルは、アキラにそのまま身を任せるつもりのようだ。
 アキラはヒカルの緊張を解こうと、もう一方の手で腕や胸を優しく擦った。右手の中で形を成すものも、緩く扱いてやる。
「……っ」
 短い吐息を漏らしたヒカルは口唇の端を噛んでいた。
 いけない、と身を乗り出したアキラは、その部分に静かに口唇を当てた。小さなキスの促しが効いたのか、ヒカルの顔からふっと強張りが解ける。
 少しだけ力の抜けた頬に安堵して、アキラは目を細めてヒカルの顔中にキスをした。強請るようにアキラを追う口唇に一番長く口付けて、中途半端にずり下がっていたヒカルの最後の一枚をえいっと引き抜く。
 ヒカルがまたきつく目を瞑ったので、瞼に何度も口付けてやった。その間も扱き続けている右手の中のものをじっくり見たいという欲求ももちろんあったが、それよりもヒカルを安心させるほうが大事だと、アキラはヒカルにキスの雨を降らせる。
 やがてヒカルの腕が頼りなく伸びてきて、アキラの頭を包むように回された。
 より深い口付けを求められたことに興奮も高まり、アキラの手の動きが速くなる。
「ん……、うっ、ん……」
 アキラの下でヒカルが身悶える。苦しげに漏れる声にアキラは心配になったが、アキラの頭を抱いたヒカルの腕の強さは変わらない。
 アキラが右手に握り締めたものはすっかり硬くなり、その凹凸を確かめるように指を滑らせれば、ヒカルはすすり泣くような声を上げる。せめて羞恥を散らしてあげようと、アキラは緩く口唇を塞ぎながら擦り上げた。
「んん、う、あっ……」
 口唇の隙間からひときわ大きな喘ぎが漏れた後、アキラの右手の中で硬く張り詰めていたものがびくびくと根元から震え出した。
 アキラは手の力を抜き、優しく搾り出すように指を動かしてやる。ヒカルが吐き出した白い液体は臍の辺りに水溜りを作り、とろりと脇腹に流れかかった。
 アキラは素早く手を伸ばして枕元のティッシュを数枚抜き取り、丁寧にヒカルの腹を拭いてやった。
 ヒカルは手の甲を鼻から口を覆うように押し当て、恥ずかしそうにアキラから顔を逸らしている。
 綺麗に拭いてやりながら、アキラは不思議な充実感に満たされていた。
 自分の手でヒカルを気持ちよくさせてあげられたことにすっかり満足してしまったのだ。
 そう思ったらなんだか今日はもう充分なような気になってしまって、アキラは脱がせたヒカルの下着を手繰り寄せるとそのまま穿かせてやろうとした。
 ところがその行動にヒカルが驚いた顔をした。
「な、なんで?」
「え?」
 足を縮めて穿かされるのを抵抗するヒカルにアキラも驚いてしまう。
「だって、お前、まだ」
 エッチしてない、と小さく呟いたヒカルの言葉にアキラは顔を赤らめた。
 照れくさそうに視線を泳がせながら、手に取ったヒカルのトランクスを握り締めてぼそぼそと答える。
「その、ボクは、キミが気持ちよくなってれたのが嬉しくて。初めてのとき、無理をさせたから……だから、今日はもう、充分なんだ。キミがボクを怖がらなくなっただけで、嬉しい」
 我ながら格好つけすぎかとも思ったが、しかし素直な気持ちでもあった。
 あれだけ煽られていた身体と心が、実に穏やかに凪いでいる。その代わり、胸の中はヒカルを愛しく想う気持ちでいっぱいだった。
 だからヒカルが満足してくれたなら本当にそれでよいと思っていたのだ。ところが、軽く上半身を起こしたヒカルの眉間に縦皺が現れた。
「やだ」
「えっ?」
「俺が、やだ。俺ばっかり、なんて」
 ヒカルは顔を真っ赤にしてアキラを睨みつけてくる。
 アキラはたじろいだ。思わぬ拒否に何と答えたら良いか戸惑っていると、ヒカルがおもむろにアキラの股間に手を伸ばしてきた。
「! し、進藤っ」
「お、俺だって、お前のこと気持ちよくさせたい」
「し、しんどう」
 ぐいとアキラの下着の中に手を突っ込んだヒカルに呆気なく分身を掴まれて、拒もうとしたアキラの動きが止まる。
 仕方がない。直接与えられる刺激の誘惑はあまりに強い。艶かしさがなくとも、擦り上げられるだけで若い身体は充分に反応を示す。
「お、俺、最初、お前ってヤりたいだけなのかもって思ってた」
 ヒカルのぎこちない指が絡み、上下に動いているそれだけでアキラの理性が吹き飛びそうになる。
 抵抗しようと伸ばしかけた腕の形もそのままに、アキラは布団の上にぺたりと座り込んだ格好でヒカルのされるがままになっていた。
「でも、あれからお前が凄く優しくなって。俺に気ぃ遣って、全然触ってこなくなったから……逆に怖くなったんだ。俺、我がままなんだ。嫌だっつったのに何にもされないのも嫌だなんて……」
「ち、違う、進藤、それは」
「お前と手ぇ繋いだとき、なんかすっげえドキドキして嬉しかった……お、俺だって、ホントはお前とベタベタしたいんだよぉ」
「しん、どう」
「で、でも、あの時、……すげえ痛くて……」
 いつしかぐずぐずと鼻を啜りながら手を動かすヒカルに、アキラは迫り来る快感の大波小波に耐えながら手を伸ばした。
 ヒカルの頬に触れ、親指で目尻を優しく拭いてやる。指の腹がほんの少し湿った。
 顔を上げたヒカルをアキラはぎゅっと抱き締める。咄嗟の行動に動きを止めてしまったヒカルの手を自身の下着から引き抜いて、アキラはその手を握り締めた。
 それをアキラの拒絶と受け取ったのだろう、ヒカルは腕の中で暴れだした。ばたつくヒカルの四肢を根気強く抱き締めたアキラは、抗議の声を上げようとした口唇を塞いで、再びヒカルの身体を布団に倒す。
 転がったヒカルが驚いた顔でアキラを見上げた。
 アキラはごくりと唾を飲み込み、恐る恐る、囁くように口を開く。
「……、抱いても、イイの?」
 ヒカルもコクリと小さく喉を鳴らし、黙ったまま頷いた。
 アキラはこれまで押さえていたものを吐き出すようにはっと荒く息をついて、自身の最後の一枚を手早く脱ぎ去った。






すいませんこの回もろくに見直しできてません。
なんだろうこの罪悪感……!
十六歳くらいの設定にしてしまったのが
申し訳なさに拍車をかけてます……