LONG ROAD






「向かって左側が新婦様、右側の列が新郎様となっております」
 スタッフに案内された通りにチャペルに足を踏み入れて、アキラは前方に広がる太陽光を取り入れた美しいステンドグラスに目を奪われた。聖書の一部分だろうか、三枚の縦長のステンドグラスが描く物語の上に掲げられた十字架が静かにバージンロードを見下ろしている。
 白を基調とした厳かな壁に囲まれた空間が、優しい自然光と華やかなステンドグラスからの七色の光で幻想的な雰囲気を醸し出していた。その美しさに思わず溜め息を漏らすと、隣のヒカルもまたぼんやりとステンドグラスを見上げて半開きの口から似たような息をついていた。
 すでに親族と思われる参列者が席についており、アキラとヒカルは目立たないよう後方の席へ身を滑り込ませる。二人が腰を下ろすまでの間にも続々と参列者がチャペルに訪れ、周囲の席はどんどん埋まって行った。 パーティードレスに身を包む女性たちは晴美の友人だろうか。
 ヒカルはきょろきょろと少し落ち着きない様子で顔を動かした後、そっと胸ポケットからデジカメを取り出し、アキラに耳打ちした。
「なあ、この中って撮影まずいかな」
「うーん……チャペル内は禁止かもしれないな。やめておいたほうがいいんじゃないか? 披露宴で撮れるだろう」
「……だよなあ」
 そう言いつつ、諦めきれないのかヒカルはデジカメをしまおうとはしない。実際に挙式が始まれば撮影できる雰囲気ではないことを悟るだろうと、アキラは特に何も言わないでおいた。
 時計を見ると、あと五分で予定の午後三時になる。大方参列者も揃ったのか、人の動きが極端に少なくなった。
 ヒカルが再びアキラにそっと顔を寄せて耳打ちする。
「緒方先生とか芦原さんって式には出ないんだっけ?」
「うん、二人とも夕方まで仕事が入ってるって。披露宴には間に合うはずだって言ってたよ」
「そっか。俺、知ってる人ってお前の他にはその二人くらいだろうから緊張すんだけど」
「ああ、でも話したことないかもしれないけど後援会の――」
 アキラが言いかけたところで、パイプオルガンの音色がチャペル内に響き渡った。
 ささやかなざわめきが止み、全員が前方のオルガンに顔を向ける。
 神父が現れ、空気は一気に厳粛さを含んで引き締まった。新郎新婦を迎えるために、参列者は全員立ち上がる。
 アキラの隣で、ヒカルがごくりと息を飲んだのが分かった。聞けば、ヒカルはこれまで結婚式に参列したことはほとんど無いと言う。小さな頃に親戚の披露宴に出た程度で、自分自身が招待されて出席するのは初めてらしく、不要な緊張をしているらしい。
 アキラも親から離れて結婚式に招待されるのはこれが初めてだが、これまでの場数が違うせいか、ヒカルほどに硬くなることはない。スーツを軽く着こなすようになっても、そういうところはアキラの良く知るヒカルと変わりがないことがアキラを微笑ませた。
 後方の扉から新郎が現れ、ゆっくりとバージンロードを歩いて来る。アキラが晴美の夫の顔を見たのはこれが初めてだったが、やや緊張を含んだ面持ちには優しそうな人柄が滲み出ていた。
 一度閉まった扉が再び開き、今度は父親の腕に手を添えた晴美が現れた。純白のウェディングドレスに身を包み、ベールがふわりと顔を覆って細かい表情は分からないが、アキラとヒカルがいる座席の横を通った時の横顔はとても綺麗だとアキラは素直にそう思った。
 父の腕から手を離し、新郎の腕をとって晴美は神父の元へと歩き始める。長いベールがバージンロードに広がり、アキラの後ろの席にいる晴美の友人と思しき女性が溜め息をついたようだった。
 耳に優しい賛美歌。ステンドグラスの光が届く位置で、若い新郎新婦が誓いを立てる。

 健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、哀しみの時も、
 富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか――

 か細いながらもはっきりとした声で晴美は「誓います」と口にした。僅かに反響したその大切な言葉を聞き、アキラは静かに目を細める。
 震える指で指輪を交換し、新郎がぎこちない手付きで持ち上げたベールの下、美しく化粧を施された晴美の伏せた瞳が恥じらうように揺れている。
 参列者がうっとりと見守る中、新しい夫婦はそれは優しい口付けを交わした。




 フラワーシャワーで新郎新婦を見送り、参列者が披露宴の会場となる階まで移動するべく動き出した後も、ヒカルはどこかぼうっとしたままアキラの隣に佇んでいた。
「進藤?」
 とっくにいなくなった夫婦が消えた方向を見つめたまま、どこか焦点の定まらない目をしたヒカルにアキラは思わず声をかけた。ヒカルは放心した表情のまま振り向いて、アキラに気付くとようやくはっと意識を取り戻したようだった。
「大丈夫か? どうしたんだ、ぼうっとして」
「あ……、いや、なんか……」
 ヒカルは頭を掻きながら、瞬きを繰り返して夢でも見ているように呟いた。
「ビックリした。スゲーキレイだなって……、なんか、市河さんじゃないみたいだった」
 その答えにアキラは苦笑いし、そうだね、と頷いてみせる。
 いつも碁会所で会う晴美の雰囲気とは随分違い、とても美しい花嫁に変身していた。ヒカルの戸惑う気持ちもよく分かる。
「あ!」
 ふいにヒカルが大声を上げた。何事かと周りの人が振り返るほど。
 アキラも例に漏れず驚いて、しかし尋ねるより早くヒカルがその理由を話し出す。
「俺、今のチャペルにデジカメ置いてきちゃった。どうしよう」
「ポケットに入れてこなかったのか? 取りに行かないと」
 幸い首を回せばまだスタッフが残っていて、慌ててヒカルは走って行き事情を話したようだった。一言二言やりとりを交わし、どうやら許可が出たようで、ヒカルは一度アキラに振り返って何かジェスチャーを見せてからチャペルへと戻って行く。
 アキラは溜め息をつきながら、ヒカルが出て来るのを待っていた。

 ……が、しかし、数分経ってもヒカルは出て来ない。
 まさか見つからなかったのだろうか? だとしても一度座席を覗けばすぐ分かるだろうに、報告にも来ないなんておかしい。
 見渡したが、すでにチャペルの周りから人は消え、先ほどのスタッフすら見当たらなくなっている。どうしたものかと困ったアキラは、様子を伺うためにチャペルへと歩み寄り、その重い扉に手をかけた。






また見事にいろんなこと端折って……!
これ書くために自分の式の写真見直したりしましたが
半目率があまりに高くて放り投げたくなりました。
一ケ所明らかにおかしい表現があるんですけど勢いでゴーサイン……!