『……お前、キレ−な顔してるな』 至近距離で向き合ったまま出し抜けに呟いたヒカルに対し、アキラは眉間に皺を寄せて不服そうに瞬きをした。 『なんだと、馬鹿にしてるのか!』 『馬鹿になんてしてねーだろ! 人がせっかく褒めてやったのに!』 『……そうか、褒めたのか』 途端にアキラは大人しくなり、直前の怒鳴り声が嘘のようににっこりと笑った。 その唐突な感情変化に動じないほど出来上がっていたヒカルもまた、満足げに笑い返した。 『うん、褒めた。こんなに近くで見たの初めてかも〜……お前の顔ってよくできてるなあ〜』 『キミだってよく見れば可愛らしい顔をしてるじゃないか。鼻は少々低いけどそれがなかなかイイ』 『お前こそ釣り上がった目が神経質っぽいけど、睫毛びっちり生えててカッコイイ』 『キミはつるっとした口唇が特に可愛らしいな。桜色で血色もいいし』 『お前の顎、すっきりしてんのに尖りすぎてなくて超形イイよ。肌もつるつるだし……』 お互い右手は相手の髪を乱雑に掴み、しかしそろそろと伸びた左手は今し方挙げたばかりのパーツに触れ、ぺたぺたと顔を触り合った。その行為に何の疑問も持たず、それどころか更に顔を近付けてまじまじと相手を覗き込もうとする。 『俺、前からお前ってカッコイイな〜って思ってたんだ』 ヒカルは心なしかうっとりと目を細めて、独り言のように呟いた。 アキラは驚いた素振りも見せなかったが、条件反射のように「ボクが?」と聞き返す。 『うん。碁も強えし、しゃきしゃきしてるし、おっさんたちのウケもいいしさ、優等生! って感じで。またそういうのがサマになるんだよなあ』 アキラが少し口唇を尖らせる。恐らく何か文句を言おうといざ口を開かんとした時、ヒカルがへらっと笑って遮った。 『でも、今日お前と飲んで、お前案外カワイイなって思っちゃった。お前もフツーの人間なんだもんなあ。すげえ楽しかったあ、今日……』 今にも目を閉じてしまいそうなほどに瞼を被せ、ヒカルがへらへらと笑う。 アキラは一瞬きょとんとしてから、少しだけ照れくさそうな顔を見せて小さく笑った。 『ボクだって、キミはいつでも堂々としていて……自分のスタイルを貫いていて、人に媚びない強いやつだと思っていた』 ヒカルは上目遣いに「俺が〜?」と尋ね返した。 『ああ。でも、今日のキミは……とても素直で一生懸命で、なんだかいじらしかった。キミも可愛いと思う』 『お前のがカワイイ』 『いやキミだ』 『お前だ』 『キミだ』 いつしか髪から指は解かれ、アキラはヒカルの、ヒカルはアキラの頬を両手でがしりと掴み、息がかかる距離でくだらない言い争いに夢中になっていた。 まるで呪文を唱えるように、「お前だ」「キミだ」と繰り返す二人は、最早言葉の意味など何一つ考えてはいなかった。 ただ、相手の瞳の中に映る自分の姿をぼんやり見つめながら、うわ言みたいにただの音に成り果てた言葉を呟き続ける。 『なあ、お前チューしたことある?』 突然ヒカルがとんでもない質問を始めても、アキラはそれを疑問にさえ思わなくなっていたようだった。 『そりゃあるよ。ボクだって彼女くらいいた』 『でもフラれたんだよな』 『キミだってそうだろ』 碁バカの二人は悪びれずににやりと笑みを浮かべた。お互いに恋人の存在が過去形になっている原因の自覚はあるようだが、それを反省するつもりはないらしい。 『なんか、お前の口見てたらちょっと気になるっつうか……なんかこう、ムラムラしてきた』 『ああ、それはボクも同感だ。キミの口唇、柔らかそうだなあって……ちょっと試してみたい』 そんなことを囁いている間もじりじりと顔を近づけていたものだから、すでにツンと上を向いた上口唇の先端は微かに擦れ合っていたのだけれど、それはまだ二人にとってはキスの部類ではなかったらしい。 じゃあ試してみるか、うん、と実にあっさりしたやりとりの後、同時に目を閉じた二人はえいっとそのまま顔を突き出した。 身構える余裕もなく、口唇は無造作にくっついた。キスというより押し付けただけの口付けはほんの数秒で、くっついた時と同じように呆気なく離れた後、お互いに小さく息をつく。 『……お前、キス下手だろ』 ヒカルががっかりしたように言った。 『違う、キミが下手なんだ』 アキラも不服そうな表情で言い返す。 『下手じゃねえよ! おい、もっかい顔貸せ!』 『ボクだって下手じゃない! ちょっと大人しくしろ!』 競い合うように顔を掴み、再び二人は口唇を突き出した。角度をつけようと思ったのか、運悪く同じ方向に首を傾けてしまい、斜めに重なる予定の口唇がまたも正面からぶつかったことに二人は眉を寄せた。 口唇を合わせたまま、ヒカルが半ば乱暴に首を反対方向へ傾ける。その強引な行為が癇に障ったのか、アキラはがしっとヒカルの後頭部を掴んで逃がさないように押さえつけ、ヒカルの口唇を吸い上げた。 『〜〜〜!』 顔を顰めたヒカルは負けじとアキラの口内に舌を突っ込む。うぐ、と一瞬息を詰まらせたアキラもまた、引いてなるものかとヒカルの舌に応戦した。 色気とは程遠く、二人は無体なキスを交わす。 ようやく口唇が離れた時は、まるで乱闘後のようにすっかり息があがっていた。 『やっぱ、お前、下手だ』 『いいや、キミが下手で下手でどうしようもないんだ』 『人のせいにすんな!』 『キミこそ!』 進歩もなく平行線を辿る口喧嘩は体力を消耗させるだけで、無意味な時間にさっさと飽きてしまったらしいヒカルが、いらなくなった玩具を放り投げるようにアキラから手を離した。 そうして不貞腐れたように下口唇を突き出し、ぷいっと顔を背けてしまう。 『……』 アキラも最初は同じように不満極まりない顔をしていたのだが、やがて先ほど何の感動もなく口付けたヒカルの口唇をじいっと見つめ始め、おもむろに手を伸ばしてきた。 肩にアキラの手が触れたのを嫌がって、ヒカルが身を捩じらせる。 『なんだよお』 『いいから、ちょっと黙って』 アキラは一方的にそう告げると、ヒカルの顎を掬って突き出したままの口唇にもう一度自分の口唇を押し当てた。 ヒカルの身体が一瞬強張ったが、先の二度の口付けとは違う、皮膚の優しい弾力を感じる節度あるキスだということに気づいて、持ち上がった肩はすとんと降りてしまった。 熱を分け合うように、じっくりと。 柔らかさの中に潜む、心ごと掬い取られそうな浮遊感。 ちゅ、と小さな音を立てて口唇が離れた後も、余韻で二人の顔はぼうっとしていた。 『……ホラ、キミが大人しくしていれば問題ないんだ。ボクは下手じゃない』 『俺ばっか悪いみたいじゃん……。お前だってムキになるから……ああ、でも今のは気持ち良かった……』 『うん、気持ち良かった』 『もう一回』 『うん』 そうしてちゅ、ちゅ、と小さなキスを繰り返し始めたアキラとヒカルの目には、やがて酔いのせいだけではない仄かな熱がこもり始めた。 とろんと下がった目尻はまさに恍惚のそれで、碁盤そっちのけで腕を絡ませ合って口付けを交わす。はあ、と熱いため息を漏らしたヒカルは、力なくアキラにしなだれかかった。 『ヤバイ、なんかお前が余計にカッコ良く見えてきた。お前のアップって心臓に良くない』 『キミだってそんな顔するから、こっちも変な気分になってきたじゃないか。そんな、誘うような目をして……』 『誘ってんのはそっちじゃねえか……お前、流し目超強烈だぞ。なんでそんな色っぽいんだよお』 『人のことが言えるか。甘えた声を出して……いつもこんなふうに誘うのか?』 アキラはヒカルを抱き寄せながら、自身の体重を預けるように身を擦り寄せ始めた。ヒカルの首がだらん、と仰け反り、下から覗き込むような目でアキラの濡れた瞳を見上げる。 『違うよお、こんなの初めてだよお。誰とでもこんなことするかよお』 『ボクだって、他の人間にこんなことはしない……』 ごろん。 アキラがなおも体重をかけたせいで、二人の身体は呆気なく転がった。 アキラの下で、ヒカルがううんと身を捻る。 『塔矢、チンコあたってる』 『興奮したんだ』 『お前ハジライってもんがねえな。そんなこと言うから俺も勃っちゃったじゃん』 『本当だ』 『触んなよお』 口調の割にはヒカルは抵抗する素振りも見せず、アキラの下で転がされたまま下半身を撫でられてぼうっとしている。 アキラといえば何か他意があったというよりは、ただ物珍しげに股間の膨らみを観察しているといった様子だった。 無遠慮に股間を撫で擦られて、ヒカルがぴくぴくと身体を揺らし始める。 『ちょ、お前、中途半端に触んな! 触るならもっとしっかり触れ! ついでに重たい、背中が痛い!』 『そうか、それは悪かった』 アキラはひょいっと身体を起こして、ぐてんと転がっているヒカルの腕を取り、同じくひょいっと引っ張りあげた。 『ベッドに行こう。そこなら背中は痛くない』 『マジ〜? ベッド広い?』 『二人なら余裕だ』 アキラの言葉に満足したのか、ヒカルは手を引かれるままに寝室への道のりをついてくる。 何の疑問も持たず、躊躇いさえ忘れてしまって、アキラとヒカルはぼすんとベッドの上に飛び乗った。 『なんかエッチするみてえだな』 『違うのか?』 『だって俺ら男同士じゃん』 『やり方はほとんど同じだろうから問題ないだろう』 『そっか……じゃ、お前寝ろよ』 『なんでボクが』 『だってお前のほうが髪とか女っぽいじゃん』 『さっきも言っただろう、ボクのほうが背も高くて手も大きくて肩幅も広くて足が長い。キミが寝ろ』 『ちえ、お前偉そうだな』 文句を言う割にはそれ以上の反論をするつもりがないようで、ヒカルはコロンとベッドに背中をつけ、その位置からアキラを見上げて「服は?」と尋ねた。 『脱ぐか。せっかくだから』 『せっかくの意味は分かんねえけど、暑いから脱ぎたい』 『じゃあ脱ごう』 二人は恥ずかしげもなく着ている衣服をぱっぱと脱ぎ始め、下着までも取り払ってぽいっとベッドの下へ放り投げてしまった。 ヒカルは全裸でベッドにぺたんと尻をついているアキラを見て、驚いたようにその肩をぺしんと叩いた。 『なにお前、いい身体してんな〜! うっそ、ずるくねえ?』 アキラはむっとしてヒカルに叩かれた部分を擦りながら、キミこそ、と反論した。 『キミこそ意外に肉付きがいいじゃないか。いつもだぼだぼした服を着ているから分からなかった』 『あのね、俺休日は結構アウトドアよ? 俺よりお前だよお前、碁ばっかのモヤシっこじゃなかったのかよ〜詐欺くせえ〜』 『失礼だな。必要最低限の運動はしている。碁だって体力勝負じゃないか』 『そうだけどさあ、あーあ、やっぱ俺が下かあ』 一人で納得したヒカルは再びベッドに転がって、カモンカモンとアキラを手招きする。 アキラは分かっているのかいないのか、半分眠ったような顔をしながら招かれるままによいしょとヒカルの上に身を乗り出した。 |
私は酔っ払い=パルプンテとでも思っているのだろうか……!
相当無理を感じつつもこれより酷いノリで裏後編へ!