Lady xxx Pop !






「良かったよ、駅は人多いからちょっと心配してたんだけどさ。お兄さんそっくりなんだもんな。」
 向かいでコーヒー片手に悪びれなくそんなことを言うヒカルに若干むっとしつつ、美冬はヨーグルトサンデーを小さく突付いた。
 隣の花恵はプリンアラモード。なんでも好きなものを頼んでいいよと言われて、つい欲張ったものを注文してしまった。しかしヒカルは嫌な顔ひとつせず、「大丈夫、これでも結構稼いでるから」なんて冗談っぽく笑ってくれた。
「渋谷は二人とも初めて?」
 ふいに尋ねられ、美冬はぴしっと背筋を伸ばす。
「は、はい」
「あー、硬くなんないでいいよ。せっかく遊びに来たんだろ? リラックスリラックス」
 ヒカルのおどけた口調に花恵が小さく笑った。美冬も思わず肩をすとんと落としてしまう。
 会った時からずっとにこにこと笑いかけてくれている目の前の彼は、確かに笑顔だけでリラックスさせてくれそうな雰囲気を持っていた。
 アキラとは全然違うタイプだ――美冬は先月自宅に訪れた、兄の東京の友人の一人であるという塔矢アキラの姿を思い浮かべる。
 兄が自慢していただけあって、確かにびっくりするようなキレイな顔立ちだった。奇妙な髪型をしていたが、あの黒髪の艶やかさは女性でも珍しく、またやけに彼に似合っていたのだから何も言えなくなってしまう。
 穏やかで、落ち着いていて、立ち振る舞い全てが優雅で、品があって……しかし美冬の直感は「この人は危険だ」とシグナルを鳴らしていた。
 何か、得体の知れない影を背負っているような、そしてその影を容易には他人に覗かせないような見えない壁を感じたのだ。
 深く関わると厄介な人ではないだろうか。たった二日の対面ではなんとも言えないが、正直今日ここに来る相手がアキラだったら、美冬は遠慮したいと思っていたのだ。
 ところが今テーブルを挟んで向かい合っているヒカルは、アキラにはない親しみやすい雰囲気を全身から醸し出している。
 砕けた服装のせいだろうか? とはいえさりげなく着こなしているシャツやジーンズが、そこらへんの安物ではないことに美冬は気づいていた。
 それが嫌味に感じられない。この人、オシャレなんだ……ちまちまとフルーツを口に運びながら、美冬は二人をくつろがせようと話しかけてくれるヒカルをぼうっと眺めていた。
「で、どの店に行きたいんだっけ?」
 ふとヒカルの目が意識的に美冬に向けられ、美冬はびくっと肩を跳ね上がらせる。
 この人、意外に目力がある――そんなことを思いつつ、美冬は慌てて大阪から持参した雑誌の切抜きを取り出した。
 美冬の手から切抜きを受け取ったヒカルは、軽く目を走らせてああ、と微笑んだ。
「オッケー、場所分かったよ。それ食べ終わったら行こうか?」
 こくこくとうなずいた二人は、慌てて残ったアイスやら何やらを片付け始めた。急がなくていいよと笑うヒカルに顔を赤らめながら、美冬は冷たいクリームをごくりと飲み込んだ。




 当たり前のように三人分の会計を済ませたヒカルの後ろを、不自然に一人分の距離を開けて美冬と花恵はついていく。
 遊び慣れしていない二人だが、男慣れもしていなかった。クラスの男子生徒と喧嘩したり騒いだりしたことはしょっちゅうでも、初めて会った年上の青年に喫茶店で奢ってもらったことなど一度もない。
 人込みでヒカルと分断されてしまわないよう気をつけながら、モスグリーンのダウンジャケットの背中を目印に黙って歩いていると、花恵がふと耳打ちをしてきた。
「なあ、カッコええなあ……オシャレやし。なんや凄い大人っぽく見える」
「そ、そりゃ、うちらより年上やし」
「せやけど、クラスの男子とかと全然違うやん。東京の人ってみんなこんな感じなんやろか」
 夢見がちに呟く花恵をからかうこともできず、美冬は気まずげに口唇を尖らせて目を泳がせた。
 花恵に同意して、そうやねと盛り上がってしまえれば良かったのだろうけれど。
 何故だか、軽い調子ではしゃげない。一体どうしてしまったのだろうと再びモスグリーンの背中を探そうとして、背中ではなくヒカルの顔がこちらを向いていたことにどきんと胸を鳴らした。
「ごめん、歩くの早かった?」
 ヒカルは二人が追いつくのを待っているようだ。
 意図的に距離を空けていた美冬と花恵は、ぶんぶん首を横に振って慌てて小走りにヒカルの傍へ近寄った。
 ヒカルは満足げに二人を見下ろし、
「はぐれんなよ」
 と優しく笑いかける。
 先ほどどきんと音を立てた美冬の胸が、今度はぎゅうっと締め付けられた。

 お目当ての店にたどり着くと、やはりそこは女の子、美冬も花恵も目を輝かせて地元の店には並んでいない商品を品定めし始める。
 ヒカルは店の入口近い壁に背中を凭れさせ、腕組みをしてはしゃぐ二人の様子を見守っていた。
 美冬はちらとヒカルを伺う。店内は女の子向けに可愛らしく装飾され、訪れている客層も美冬たちと同年代か、若干年上の少女たちばかりだ。
 そんな店の中で、不思議とヒカルの存在は浮いてはいなかった。女だらけの店内で確かに目立つのだが、それは違和感ではなく際立っているというのが正しいかもしれない。
 大抵の男なら居心地が悪く落ち着かないだろうこんな店で、実にのんびりと二人の少女の買い物ぶりを見守っている。これが我が兄貴なら「こんなチャラチャラした店におれるかい!」なんて品なく髪をがしがし掻き毟りながら出て行ってしまうことだろう。
 しかしヒカルは穏やかに、時折店のあちこちにさりげなく目を走らせて、可愛らしいモニュメントに目を細めたりしている。恐らく彼自身がこの空間を拒絶していないからなのだろう、決してヒカルに似合うようなものが並んでいる場所ではないのに、雰囲気が溶け込んでいた。
「ね、あの人カッコよくない?」
「ホントだ。一人でこんなとこ来ないよね……彼女待ちかあ」
 美冬の隣で新作を物色していた二人組みの少女が、ちらちらヒカルを振り返りながらそんなことを話している。
 彼女、の響きに美冬の胸がまた音を立てた。
 ――進藤さん……、彼女、おるよね。
 いないわけない、と思い込むと、ますます胸が苦しくなる。
 彼女がいる、それはそうだろう。だからこそこんな店にも抵抗なく入って来れるのだ。きっと普段からあんなふうに、彼女を待っているのかもしれない。
 どんな人だろう。きっと可愛い人だろう……ヒカルは優しいんだろうな。よく二人で買い物とか行ったりするんだろうか。可愛い彼女がどっちを買うか迷ってる時に、こっちが似合うよ、なんてアドバイスしてくれたりするのかもしれない……
「あ、可愛いじゃん。何? どっち買うか迷ってんの?」
「!」
 突然ぼんやりしていた視界の中にヒカルの顔が現れて、美冬は二種類のスニーカーを両手に持ったまま固まった。
 じっと待っているのが退屈になったのか、ヒカルは美冬が手にしているスニーカーをう〜んと慎重に見比べた後、片方のピンク色のラインが可愛らしいスニーカーを指差した。
「こっちだな。こっちのが似合う!」
「え……」
「俺のお墨付きだから大丈夫。こっちが正解」
 美冬はヒカルがオススメするスニーカーを見た。かと思うと、もう片方のスニーカーを慌てて棚に戻し、残ったスニーカーを抱えてレジへ身を翻した。
「こ、これ買って来ますっ!」
 逃げるように顔を背けたのは、真っ赤に染まった頬を見られなくなかったからだ。
 ――あかん、何ドキドキしとるんやろ、あたし……
 落ち着かなくては。確かにヒカルは今まで周りにはいなかったタイプで素直に格好良いと思うが、あの兄の友人……碁打ちなのだ。
 あんなカジュアルな棋士がいるというのも驚きだが、しかし自分の兄だってヤンキー棋士ではないか。いちいち惑わされてはいけない、と赤くなった頬をぺちぺち叩きながら、本日最大の目的であるスニーカーを購入すべく美冬はレジに並んだ。






なんか天然タラシみたくなってる……。
たぶんヒカルが可愛い店に慣れた様子なのは
単純に図太いだけかと思われます。
(普段若と一緒だから多少のことでは動じないのかも…)