Lady xxx Pop !






「いいよ、女の子好きそうな店いくつか知ってるから。せっかく来たんだからあちこち回っていきなよ」
 目的のものは購入したのだから、と、早々と渋谷での予定を終えてしまった二人は、ヒカルのそんな言葉でその後もいくつか女性向けのショップを点々と回った。
 ヒカルは先ほどのように入口傍で待っていたり、時には物色しているところを覗き込んであれこれとアドバイスをくれたり、嫌な顔ひとつしないで少女たちの長い買い物に付き合ってくれる。
 押し付けがましさのない、それでいて下心もない純粋な優しさに、幼い胸は翻弄されっぱなしだ。
 街を歩けばちらほらとヒカルを振り返る女性が目につく。ヒカルは鈍感で気づいていないのか、それともすっかり慣れっこになっているのか、そういった視線にはまるで頓着していない。
 その余裕のある態度が、ますますヒカルを男らしく大人に見せていた。


 午後になり、昼食にしようとヒカルに連れられて入った店は、洒落たイタリアンレストランだった。
「好きなの頼んでいいよ」
 今回も二人に財布を出させまいとするヒカルに、美冬は慌てて手を振った。
「あ、いえ、ここは自分で払います」
「いいっていいって。せっかくお小遣い貯めて来たんだろ? 好きなもの買って帰んなよ」
 優しい笑顔だが口調はやけにきっぱりとしていて、美冬は小さく肩を竦めた。
 お小遣い、という響きが何だかとても恥ずかしかった。すでに社会人として働いている彼に比べて、自分は未だ親の保護下にある子供なのだ。
 ヒカルも自分のことを子供だと思って見ているのだろう……そう思うと何だか胸が苦しくなる。
 それぞれ注文を済ませ、先に運ばれてきたドリンクのストローに口をつけながらぽつぽつと話していると、ふいにヒカルがポケットから携帯電話を取り出した。音は鳴らなかったのでマナーモードにでもしていたのだろうか、ヒカルが手にした携帯の背面は何か着信があったことを知らせてチカチカと青い光を点滅させている。
 ヒカルは画面を開いて、ボタンで何やら操作した後、ああ、と目を細めた。
「夕方、間に合ったら塔矢も来るって。あいつも今昼の休憩みたいだ」
 ヒカルの言葉に美冬がぎょっとする。
「塔矢さん……、来るんですか?」
「ん? 間に合うか分かんないけどね。最初に社が頼んだのってアイツだったんだ。聞いてやれなくて申し訳ないってさ、せめて見送りだけでも行けたらって。まー、アイツじゃ渋谷案内は無理だったと思うけどな〜」
 ヒカルが歯を見せて笑う。美冬も確かに、と上目遣いにアキラの様相を思い浮かべた。
 とても渋谷の街が似合うタイプではない……どこか古風な雰囲気を持つ彼は、女の子のショッピングに付き合うなんて姿が酷く似合わなかった。
 できれば間に合いませんように――ヒカルに気付かれないよう美冬がそんなことを祈っていたら、再びヒカルが携帯に目を留めた。ピカピカと光っているそれを見ると、今度は誰かから着信があったようだ。
 ヒカルは画面を開いてあっと目を大きくした。それからにやっと笑い、ちらりと美冬に画面を見せる。
 美冬も目を丸くした。「社清春」――画面にはそう表示されていたからだ。
 ヒカルは軽く辺りを見渡し、そのまま電話に出ても大丈夫な雰囲気かを確認したようだった。昼時で込み合ってはいるが、席と席の間隔が広く多少の会話なら届かない作りになっているため、これなら大丈夫だと判断したのだろう、ヒカルは着信ボタンを押す。
「もしもし? ……あー、お疲れ。今打ち掛け? んなデカい声出さなくても聞こえてるって」
 携帯を若干耳から離したヒカルの言葉通り、何を言っているのかは分からないが兄の大きな声が漏れまくっている。美冬は真っ赤になって、あのクソ兄貴、穴があったら埋めてやりたいと拳を握り締めた。
「うん、大丈夫。ちゃんと合流してるから……え? ばっか、余計な心配すんなって。うん、うん、……ああ、任せとけ。駅までちゃんと送るから」
 そう言ったヒカルは、携帯を耳に当てたままちらりと美冬を見た。その横目に美冬の胸が竦む。
「今美冬ちゃんいるよ。替わる?」
 美冬は慌てて首と手をいっぺんに振った。
 ダメだ、兄貴なんかと喋ったら絶対に喧嘩になる。ヒカルにそんな可愛げのないところを見られる訳にはいかない。
 ヒカルは大袈裟な美冬の反応に軽く笑って、
「いいってさ。うん、まあ大丈夫だから。心配すんな。ああ、じゃあ……はは、分かった。んじゃな、午後も頑張れよ」
 静かに電源を切る。
 そうして改めて顔を上げたヒカルは、楽しげに美冬に笑いかけた。
「アイツ、意外にシスコンなんだな。すっげ心配してんの。仲いいんだ?」
 ヒカルの言葉に思わず美冬は「まさか!」と声を出した。
「ぜ、全然仲良うないです。いっつも、……喧嘩ばっかりやし」
「喧嘩するほどってやつ? いいなあ、俺一人っ子だからさ。家族多いの、羨ましい」
 目を細めるヒカルに、ますます頬が熱くなる。
 美冬はヒカルから顔を逸らして、照れ隠しのように嘯いた。
「そんな、ええもんやないです。春兄ぃ、口煩いし単純やし、頭悪いし……いっつも強引やし、……進藤さんにも、メーワクかけてんやないかって……」
「メーワク? そんなことないって」
 ヒカルは美冬の言葉を即座に否定し、「どっちかっつうと迷惑かけてんのはこっちっつうかね……」とぼそりと呟いた。
 疑うような目を向ける美冬に苦笑いを見せたヒカルは、コーラのグラスを手にとってカランと氷を鳴らしながら伏せ目がちに口を開いた。
「イイヤツだよ、社。すっげえ世話好きでさ、いつも親身になってくれて。ホント、アイツがいなかったら今頃どうなってたか……俺、マジでアイツには世話になってるからさ。すげえ感謝してんだ」
 ヒカルが語る兄の意外な評価に美冬は驚いた。
 あからさまに半信半疑の顔をしていたのだろうか、ヒカルは美冬を見て小さく噴き出した。
「ホントだよ?」
「え、で、でも」
「まあ、強引ってのは当たりかもしんないけど。でもアイツに背中押されたおかげで、俺は後悔しないで済んだからさ……。頼もしいヤツなんだ、マジで」
 美冬は何と応えたものか考えあぐね、困ったように目線を落とした。
 何だか、家族のことを目の前で話されるのはくすぐったい。おまけに日頃邪険にしている兄のことを褒められるだなんて、嬉しいというより恥ずかしさのほうが勝ってどうしたら良いのか分からない。
 ヒカルはそんな美冬に優しく笑って、アイツね、と続けた。
「普段メチャクチャ明るいし、余計なこと言わないヤツだからあんまり表に出さないけど。人にすっげえ気ぃ遣ってんの分かる。自分のことみたいに心配してさ。お兄さん、イイヤツなんだよ。あんな兄貴がいて羨ましい」
 美冬は助けを求めて隣の花恵を振り返った。花恵はうっとりとヒカルの話に聞き入って、美冬の戸惑いなど知る由もない。
 何か返事をして場を繋がなくては、そう思うのだが、ここまでストレートに兄を褒められたことに対し、素直に「ありがとう」と礼を言うのはとても耐えられなかった。
 話をされるだけでも恥ずかしいのに、まるで偉人のように讃えるヒカルの言葉が照れ臭くて仕方ない。何か、何か言わなければと焦った美冬が口にしたのは、本人も予期しなかった質問だった。
「――あの。春兄ぃ、碁……強いんですか?」






天然タラシ、苦労人を語る。
社をシスコンにしてしまってごめんなさい……