Maybe Tomorrow





 ――おい、目、覚ますぞ。
 先生呼んで! 伊角さん、伊角さん!
 塔矢が目を覚ます!

(……誰だ……?)
 気持ちよく眠っていたのに、誰かが傍で大声で喚いている。
 少し静かにしてくれないか。そう口を動かしたかったが、なんだか全身が気だるくて、瞼を動かすのも億劫だった。
 それでも怠け者の瞼をじりじりこじ開け、その目に光を入れる。
 アキラはゆっくりと目を開いた。
 ――白い天井。
 馴染みのない景色に一瞬思考が停止する。
 そんなアキラを、覗き込んだのは……意外な人物だった。
「塔矢……、分かるか?」
「和谷……くん……?」
 自分の声が呟いた名前に、酷く違和感を感じる。
 何故和谷が自分の顔を覗き込んでいるのだろう? それに、ここはどこだ?
 アキラは状況を理解しようと上半身に力を込めた。
「痛っ……」
 全身にびりっと走った痛みに顔を顰める。和谷が慌ててアキラの肩を押し、起き上がろうとしていた体を再びベッドに沈ませた。
「まだ寝てろ。無理すんな」
「ここは?」
 さっぱり飲み込めない。アキラは心底不思議そうに和谷に尋ねた。和谷からの答えはアキラを素直に驚かせた。
「病院だよ。お前……大丈夫か?」
「病院?」
 アキラは記憶を探る。病院に寝ているということは、自分に何かあったからに他ならない。
 途切れた意識。全身の痛み。
 アキラははっと目を開ける。
「進藤は!?」
 痛みも構わず飛び起きた。和谷が驚いて目を見開く。
 そうだ、思い出した。
 子供を庇って飛び出したヒカルと一緒に、恐らく車に轢かれたのだ。
 いや、こうして無事でいるということは轢かれてはいなかったのかもしれない。軽くかすった程度で済んだのだろうか。それなら、自分が突き飛ばしたヒカルは無傷か、もしくは軽症で済んだのではないか?
 アキラは病室を見渡す。ベッドがひとつしか置かれていないこの部屋は個室のようだ。ではヒカルはどこに? 再び尋ねようと顔を上げて、アキラはぎょっとする。
 和谷は何か忌わしいものでも見たように、苦々しく表情を顰めていた。
 アキラの背筋を汗が伝う。
 まさか。――まさか。
 進藤はどうしたんだ、とアキラが声を荒げるより早く、ところが和谷の告げた言葉はアキラの予想の範疇外だった。
「あいつのことは……もう忘れろ」
「……え?」
「もういいだろ。あんなヤツのことはもう忘れちまえよ! お前、アイツに何されたか分かってんのか!?」
「????」
 怒鳴る和谷の言うことがさっぱり飲み込めない。アキラは目を丸くしたまま、しかし肝心なことが知らされていないことに苛立ちを募らせる。
「あの、よく分からないが、とにかく進藤は? 進藤は無事なのか?」
 なるべく和谷を落ち着かせようと声を落として尋ねたのだが、和谷の怒りは収まらないらしく、「くそっ!」と傍の壁を殴る。その音にびくりとアキラの肩が揺れた。
「進藤のヤツ――!」
 和谷は憎悪を込めた目で吐き捨てると、アキラに踵を返して病室を飛び出していった。アキラは一人呆然と取り残される。
(これは……一体……どういうこと……?)
 さっぱり状況が分からない。和谷は何を突然怒り出したのか。
 ――お前、アイツに何されたか分かってんのか!?
(何の話だ?)
 疑問のつきないアキラが頭を抱えていると、開けっ放しだった病室のドアから伊角がそっと中の様子を伺うように入ってきた。アキラの姿を認めて、ほっと安堵に顔を綻ばせている。
「……伊角さん」
 親しくはないが、名前くらいは知っている。
 そう、親しくはないのだ。伊角だけではない、和谷も。彼らはヒカルと仲が良いが、自分とはそうでもない。会えば挨拶くらいは交わす、そんな程度だ。
 それなのに、そんな和谷や伊角が何故自分の病室を訪れるのだろう? ヒカルはどうしたのだろう? アキラはますます混乱する。
 伊角はアキラの元に近づき、穏やかに微笑んだ。
「塔矢……目が覚めてよかった」
「ど、どうも……」
 頭を下げ、そうして再び伊角を見上げてぎょっとする。
 伊角が涙ぐんでいる。
「伊角さん!?」
「よかった……本当に、無事で……」
 伊角は右手で顔を覆い、そのまま肩を震わせる。
 アキラはただ半開きの口で、その異様な光景を呆然と眺めていた。