Maybe Tomorrow






「う……」
 ぼんやりと暈けた視界が開いたり閉じたり、やがてそれが自分のゆったりとした瞬きのためだと気付いたアキラは、気怠く身を捩って寝返りを打った。
 ふわ、とずれた毛布から肩がはみ出して、そこから一気に押し寄せて来る冷気が全身を走り抜ける。
「……くしゃん!」
 大きなくしゃみに自ら飛び起き、アキラはぱっちり開いた目をすぐに顰めて頭を押さえた。
 なんだか頭が酷く重い。まるで長い夢を見ていたような……
 それに身体も怠くて、おかしな疲労感が節々に残っている――戸惑いながら見下ろした自分の身体を見て、アキラはぎょっと目を剥いた。
「な、な!?」
 飛び起きたせいで腰骨の辺りまで落ちた毛布の下、どうやら下着一枚さえ身に付けていない自分の格好に唖然と口を開ける。
 全裸だと認識した途端に容赦のない寒気がアキラを襲った。アキラは思わず自分の胸を抱き締めながら、そういえばここは、と慌てて辺りを見渡す。
 見慣れてはいないが、見覚えのあるこの部屋。カーテンのない大きな窓――ヒカルの部屋だ。
「な、何故……?」
 とにかく服を着なければ、と硬いベッドから降りたアキラの足元に、自分が着ていた服が散らばっている。
 まさか、と念のため尻や腹の下のものに触れて調べてみるが、使われた形跡はない。ほっとしつつも不安は晴れない。アキラは無意味にきょろきょろと部屋中を見渡しながら衣服を身につけた。
 さて、と温まった身体でアキラは頭を整理し始めたが、――どうにも思い出せない。
 遡った記憶では、確かにアキラは一度この部屋に訪れていた。その時に出逢ったヒカルはアキラの知るヒカルではなく、初めて逢ったこの世界での「ヒカル」であり、彼が眠ったことも確認した。そう、今までアキラが裸で眠っていたこのベッドで。
 それから自宅に戻って、母から小言を食らって、そうして……自分の部屋に戻った。そこまでは覚えている。
 その後、何がどうして自分が裸でヒカルの部屋にいるような出来事が起こるのか。
 まず間違いがないのは、自分が再び「アキラ」に取って代わられた、ということだ。
 恐らく彼が彼の意志でここへやってきたのだろう。
 しかし素っ裸なのはどういうことだろう。もしや、とも思ったが、どうも交わった痕跡は見られず、裸でいる理由が分からない。
 そして、ヒカルの姿が見当たらない。この狭い部屋で隠れる場所があるはずもなく、シャワールームからは水音も一切聞こえない。彼は何処へ行ったのだろう。
 一気に不安が押し寄せて来た。
「とにかく、進藤に連絡をとろう」
 一人呟いて、アキラは携帯電話を取り出す。
 液晶画面に視線を落とした時、下を向いた弾みでずきんと頭が痛んだ。
「……ッ」
 思わず目を瞑ってこめかみを押さえる。
 なんだかやけに頭が重い。三日程眠り続けた後、目覚めた時も同じような感覚が残った。
 だけど、今はそれに加えて妙に脳裏に何かがこびりついているような妙な意識がある。
(なんだ……?)
 なんだか、ずっと何かの映像を見ていたような気がする。
 思い出せないけれど、大切な何かをずっとこの目で追っていたような。
 何故頭だけでなく、この胸が潰れそうに苦しいのか。
 訳も分からず、ひたすら沸き起こる哀しみと……不思議な愛しさは何だろう。
(ボクはここで、何をしていた……?)
 思い出せない。
 何か、大切なものを見ていたはずだ……この目で。


 ――塔矢。本当のこと、言って。


「!」
 アキラははっと顔を上げた。
 耳に残る澄んだ声。優しいけれど、力強いあの声は――
「進藤……?」
 呟いて、アキラはもう一度部屋の中を見渡す。
 肌寒い殺風景な部屋。冷えた空気にはアキラの他に人の気配はない。空はとっくに明るく、もうすぐ太陽が真上に昇る。


 ヒカルは確かにここに居た。


 アキラは確信した。
 すでに気配さえも消えてしまっているけれど。
 僅かな痕跡さえも残されていないこの部屋で、確かに「アキラ」はヒカルと一緒にいたのだ。
 アキラは手の中の携帯電話から素早く「S」を呼び出し、もどかしく耳に当てた。
 だが、唯一の繋がりであるツールから聞こえて来たのは無機質な機械の声だった。
『現在電波の届かないところに……』
「くそっ!」
 アキラは乱暴に通話を切り、苦々しく携帯を睨み付けた。
 何か、酷く嫌な予感がする。今すぐにヒカルを見つけなければ、取り返しがつかないような気がするのだ。
 しかしこの部屋にヒカルがおらず、携帯も繋がらなければ、今のアキラにヒカルの居所を知る手立ては一切残されていない。自分の無力さが恨めしかった。
 それでも何とかしてヒカルを探さなくては――アキラは駄目で元々とばかりにヒカルへメールを打った。
 ――気づいたら、連絡して欲しい。
 恐らく電源が切られている携帯メールに望みを託すのも心もとないが、アキラにはこれしかできない。
 しかし、万が一メールに気付いたのが「ヒカル」であるなら……そのまま握り潰されてしまう可能性は少なくはないだろう。
「進藤……!」
 何もできず、ただ待っているしか方法はないのだろうか。
 この胸の内をのた打つような焦燥は一体何だというのだろう?

 口唇の端を噛んだ瞬間、忌々しく握り締めていた携帯電話がふいに手の中で震えた。
 飛びつくように画面を見たアキラだったが、――表示されている「和谷義高」の名前を認めてがっくりと肩を落とす。
 そうだ、また無断外泊をしてしまったようなのだ。恐らく心配して電話をかけてきたのだろう。
 仕方ないと通話ボタンを押そうとして、アキラはもしかして和谷がヒカルのことを知らないだろうかと目を大きく開いた。
 もしヒカルが「ヒカル」になっていないのなら、何か和谷に言付けを残しているかもしれない。
 僅かに生まれた期待を胸に、アキラは急いで携帯電話を耳に当てた。






もうごちゃごちゃですね……
「アキラ」も「ヒカル」もどっちもどっちです。
ポジティブとネガティブの両極にアキヒカと「アキヒカ」が
いる感じでしょうか……(余計分からない)
最終回まであと残り9話です。
(2007.04.20/46〜54UP)