もう一度君に






 競い合うように胸を絡め合って、玄関前でひとしきり息苦しい程の抱擁を交した後、アキラの腕の中でヒカルがもぞもぞと顔を上げた。
 涙に濡れた瞳が廊下のライトを反射してきらきら光り、どこか照れくさそうに微笑んだその様が少しだけ子供っぽく見えて、アキラは目を細める。
「……中、入れろよ」
 からかうような口調はアキラがよく知るヒカルのそれだった。
 一秒でも手を離すのは躊躇いがあったが、いつ人が通るか知れないマンションの共用スペースでは確かに落ち着かない。名残惜し気にヒカルの身体から腕を抜いたアキラは、もどかしくバッグの中の鍵を探った。
 いつもはすんなり鍵穴に入る鍵が、この日に限ってうまくはまらない。がちゃがちゃと乱暴な音を立てるアキラの隣で、ヒカルが小さな笑い声を上げた。
 ようやく開いた扉の向こう、アキラはバッグと鍵を奥へ放り投げて、ヒカルの身体を抱えるように中へ突進する。そのまま玄関に倒れ込んだ二人は、勢いそのままキスをした。
 靴は履いたまま、床に転がり、膝下はまだ玄関部分に投げ出されていて、それでもお互いの身体を離さなかったアキラもヒカルも二ヶ月振りのキスに没頭する。
 アキラの下で、ヒカルがアキラの頭を抱えるように腕を絡めて来た。薄く開かれた口唇の隙間に舌を滑り落としたアキラは、久しく触れていなかったヒカルの頬や首に指を這わせながら、心が求めるままに懐かしい感触を貪った。ヒカルの舌もアキラの動きに応え、二人は転がったまま長い長い口付けを交わす。
 ようやくアキラが少しだけ頭を持ち上げた時、二人の口唇から同時に荒い息が漏れた。鼻先が触れあう距離で、潤んだ目を細めて見つめあう。
 ふと、ヒカルの口が短い呼吸を繰り返しながらも歯を見せて笑った。
「……目ぇ、覚めたか」
 アキラのうなじに手を差し込んで指に髪を絡めながら、ヒカルはそう囁いた。
 アキラはふっと笑みを浮かべ、挑戦的な目でヒカルを上から覗き込む。
「なんなら、今から一局打って確かめてみるか?」
 ヒカルが軽く吹き出した。
「それも、いいな……」
 呟きながら、ヒカルは投げ出していた右足をするすると手前に引き寄せて、立てた膝をぐっとアキラの下半身に押し付けた。
「でも、こっちが先、かな……」
 アキラは微笑み、もう一度ヒカルに深く口付けて、その頭を抱えるようにヒカルの身体を抱き起こした。
 二人は蹴飛ばすように靴を脱いで、賑やかな足音を立てて寝室へ飛び込んで行く。
 アキラの腕の中で、ヒカルが笑った。
 アキラが愛して止まない、太陽さえ怯むような眩しい笑顔だった。






 脱ぐ前から汗が浮かんでいた背中を、ヒカルの手のひらが愛おし気に撫で上げる。
 首筋の薄い皮膚を這うアキラの舌の動きに合わせて、ひくひくと肩を揺らしながら、ヒカルは胸の上に圧しかかるアキラの身体を抱き込んで切な気に眉を寄せた。
「ば……かやろ、こんな……痩せやがって……」
 ヒカルの指が触れるアキラの身体のどこもかしこも、以前よりずっと骨ばってしまっていた。
 アキラはヒカルの耳たぶを口唇で歯み、ごめん、と掠れた声で囁く。ヒカルがぎゅっと首を竦めた。
「もっと……しっかり、俺のこと抱けよ……」
 ヒカルは目を閉じ、額をアキラの肩に擦り付けた。
 アキラはヒカルの背中に腕を差し入れて、強く自分の胸に引き寄せる。
 そのまま右腕がヒカルの背中を滑り、腰に触れて、双丘を撫でた。ヒカルは思わず身体に力を込めたようで、触れ合っている場所の硬さが増す。
 アキラの指が確実な意志を持って奥へ伸びてくるのを、身体を強張らせたままヒカルは抵抗せずに受け入れようとしていた。アキラの首にしがみつくように回されていた腕の先、垂れたアキラの髪の一房をぎゅっとヒカルは握りしめる。
「俺だって……淋しかったんだからな……」
「……うん」
「待ってたんだからな……ずっと……」
「……、うん……」
 切れ切れの呼吸の合間に必死で言葉を紡ぐヒカルの口を、アキラは再び包み込むように塞いだ。
 触れている場所全てが熱を膿んで溶けてしまいそうだった。
 一度は失ったと思い込んでいた、大切な輝き――
 辛抱強くアキラを待ち続けていた愛しい人を、ようやくこの腕に抱き締めることができた。
 アキラはヒカルの顔中にキスを降らせ、しばらく肌を重ねていなかったせいか少し緊張している身体を優しく撫でながら、ジェルに浸した指先を改めて硬い入り口に潜らせる。
 開いたヒカルの脚がぎゅっと縮むように跳ねた。
「ヒカル……、力抜いて」
「う……」
 閉じられたその場所はきつく、中指一本でさえ窮屈に締め付けて来る。
 アキラは逸る気持ちを抑え込んで、丁寧にデリケートな場所を解し始めた。
 目を閉じたヒカルは、荒い息のために口唇をカラカラに乾かしてしまっていた。アキラは指先を動かしながらヒカルの胸の上で上半身をずり上げ、渇いた口唇をそっと舐める。
 身体の一番奥から、少しずつヒカルの力が抜けて行った。
 ヒカルがおもむろにふっと息をつき、強張っていた肩を下ろす。ゆるゆると瞼を開いたその先の視界にアキラがいることを確認し、安心したように微笑んだ。
 アキラも微笑み返し、優しいキスを頬と口唇に落とす。ヒカルもアキラの頭を抱きながら、アキラが動きやすいように自ら両脚を広げた。
 指の数を増やしていたアキラは、大分熱を持ったその場所から中指と人さし指を引き抜き、もう一度入り口の輪郭をなぞるように指の腹で撫でる。柔らかさを確認した最後の動作に、はっきりと艶を帯びた吐息がヒカルの口から漏れた。
 ヒカルが広げた脚を抱え、アキラはゆっくりと腰を沈めていった。
「……っ……」
 長く身体を重ねていなかったせいだろう、圧迫感を感じるのかヒカルの表情が苦し気に引き攣る。
 アキラの髪を掴む指にも力が入っているようだが、アキラは痛いとは思わず、ヒカルもやめろとは言わなかった。
 アキラも動きを急がず、少しずつ少しずつ、ヒカルの身体を傷つけないよう腰を進めて行く。やがて腹にヒカルの太股が当たるようになった頃、アキラの下でヒカルはようやく目を開き、今にも泣き出しそうに目を細めて笑った。
 その目尻に溢れようとしている水滴を見た途端、アキラも胸の中に溜め込んでいたものが一気に氾濫したように、切なく歪めた不格好な笑顔を見せる。
 笑い合うと、自然とキスがしたくなる。
 身を乗り出して口唇を重ね、アキラは腰を動かし始めた。
 ふ、と口唇の隙間からヒカルの息が漏れる。アキラも眉間に皺を寄せたまま、走り出した欲がもう止まらないことを悟った。
 口付けて、舌を絡めて、獣みたいに荒い息を吐き出しながら、二人は同じリズムで身体を揺らす。
 離れていた間、ひとつずつだった心は常に傍にあったけれど、こうして胸を合わせて熱を分け合えばその距離はぐっと近付いて大きな塊に変わる。
 優しい鼓動が力強く脈打ち、この身が生きていること、抱き合えることの幸せをお互いの胸に打ち付ける。
 ――ようやく、帰って来た。
 アキラはヒカルを掻き抱き、深く強く腰を沈めた。ヒカルは顎を仰け反らせ、あ、と大きく開いた口から熱に浮かされたようにアキラの名前を呼び続けた。

 夜が満ちて行く。








 ***








 翌朝、アキラが目を開くとまず金色の髪が重力に負けて垂れ下がっている光景が飛び込んで来た。
 アキラに身体を向けて、その腕に頭を乗せたまま、ヒカルはすうすうと規則的な寝息を立てている。
 閉じた瞼がぴくぴくと揺れ、先端を飾る睫毛もその動きに合わせて震えているのを、アキラは愛おし気にじっと眺める。
 この温もりは夢ではない。
 誰より愛する人が、腕の中にいる。
 その喜びを噛み締めながら、アキラはそっと空いた腕をヒカルの背中に回して自分の元へと抱き寄せた。
 う、ん、とヒカルが身を捩る。
「……ただいま、ヒカル」
 耳元で優しく囁くと、ヒカルはもぞもぞと身体を動かしてアキラの首に頬を擦り付けながら、まだ寝惚けた声で小さく呟き返した。

「おかえり、アキラ……」






このお話の出だしが「そして翌朝――」とかだったら
ぼこぼこにされるだろうなと思いました。
更新日がエイプリルフールだったらきっとやってたね!
青アザいっぱいできてそうな再会でした。