POSE






 ある程度は予想していたとはいえ、ずらりと並んだ検索結果にアキラの表情も自然と渋くなる。
 見たところ棋院関連のURLが多いようだが、ページをめくっていけば案の定ファンサイトらしきものもちらほら現れ始めた。
 やはりここ最近、囲碁に関係ない雑誌などでの露出が増えたせいか、碁に興味のない層に対しても知名度が徐々に上がってきているようだ。
 それは喜ばしいことではあるが、同時に常に周囲の視線を気にしなければならないという状況を自覚し受け入れることでもある。
 偉大な父を持つ息子として、幼い頃から何かと注目されてきたアキラにはその覚悟が出来ているが、つい数年前まで普通の学生だったヒカルはどうだろう?
 彼の言動にはまだ配慮が足りないところが多々あり、見ていてヒヤヒヤすることはこれまで一度や二度ではなかった。それでも出会ったばかりの頃に比べれば随分分別がついて大人になったものだが、周りが重視するのは成長度合いではなく「今」である。
 何かよからぬことを穿り出されなければ良いが、とアキラはいくつかのサイトをチェックし始めた。


 囲碁の棋士全般を取り上げているサイトではヒカルの扱いも小さいのだが、どうやらヒカルが人気を集めているのは囲碁にそれほど興味の無い若い人たちのようで、碁の内容そっちのけでファンサイトを名乗っているサイトもある。
 確かに昔に比べればすらりと背が伸び、服装もお洒落で華のあるヒカルは外見でも人目を惹くのだろうが、肝心な戦績について何も触れられていないサイトを見ているとアキラはどんどん面白くない気分になってきた。
 先月の北斗杯は賞賛に値する結果を収め、年配の棋士からの評価も随分高かったと人づてに聞いている。ついアキラまでもが誇らしい気持ちになったというのに、仮にもファンと名乗る人たちが本業よりもルックス重視だなんてあまりに情けない。
 こんな状況だからいつまで経っても若い世代に囲碁が受け入れられないなんて、およそ年に似合わないことをぶつぶつと呟きながら、アキラは別のサイトを開いてみた。
 そのサイトはヒカルの簡単なプロフィールとこれまでの戦績などが箇条書きに記されていて、後はファン同士の交流の場に使うらしい掲示板が設置されたごくシンプルなものだった。
 特に問題はないようだとアキラが画面を閉じようとした時、大きく広げたブラウザの向かって右下、奇妙なマークがチカチカ点滅していることに気付く。
 不思議に思ったアキラがそのマークをクリックしてみると、現れたページには堂々と「秘蔵!」の文字が躍り、アキラはあんぐりと口を開けた。


『このページは進藤ヒカル三段の秘蔵写真掲載コーナーです。なお、関係者には内密にお願いします☆』


 アキラは大きなため息をつく。
 案の定、こういう輩が出てくるのだ。
 関係者に内密にということは、掲載どころか撮影の許可も得ていないような、表に堂々と出せない写真ということだろう。立派な法律違反である。
 早速プロバイダに通報を、とメーラーを立ち上げかけたアキラだが、その前にどんな写真が掲載されているのか確かめねばと並ぶコンテンツをクリックする。
 そして最初に現れた、柔らかそうな頬を緩めてまだあどけなく笑っている写真にアキラは「うっ」と小さな呻き声を上げた。
「こ、これは……」
 随分と幼く見えるが、胸の記章を見たところ囲碁のイベント会場で撮られたものだろう。恐らくプロになりたての、今よりずっと小さくてぷくぷくとしていた頃のヒカルだった。
 この頃のアキラといえば、ヒカルの力を測りかね、きちんと向き合うことができていなかった。まだ胸に潜んでいただろう恋心にも気づいていなかった数年前……
 こうして見ると今のヒカルは随分と大人びたものだと感心するが、それにしても写真のヒカルは可愛らしい。こんなことなら意地を張らずにあの頃からもっと交流を深めていれば……と悔しさに口唇を噛む。
 そうして誰がいるわけでもない部屋で念のため周囲を確認し、アキラはこっそりとマウスの右クリックを押した。
 名前をつけて画像を保存。
(……これは証拠物件だ。紛れも無い関係者であるボクが押収したって問題はないだろう)
 ご丁寧に頭の中で言い訳も述べながら、アキラは続いての写真コンテンツをクリックした。
「せ、制服……!」
 それだけ言ってアキラは絶句する。
 なんと次は学生服姿のヒカルだった。
 友達と笑っているところを見ると、囲碁には関係のないところで撮られた写真が流出したのだろうか。
 アキラも何度か見たことのある、黒い学ランで首元のボタンをいくつか外した、悪戯っぽいその笑顔。
 普段碁盤に向かっているヒカルとは違う、素顔のヒカルがそこにいた。
「これは問題だ……! こんなの、完全に違法じゃないか!」
 そう言いながらも右手はしっかりとマウスを走らせ、ちゃっかり画像を保存する。
 学生服の写真なんて一枚も持っていないのに! ――怒りの矛先が若干ずれてきたようだが、本人は真剣だ。
 それからも続々と出てくるヒカルの秘蔵写真にアキラは身悶えながら、その全ての画像を保存しつつ(ついでに素早くCDに焼きつつ)、くまなくサイト内をチェックした。
 プロバイダに通報するには詳細な情報が必要だろうと、重箱の隅をつつくようにあらゆる箇所を調べていく。
 そのうちにリンクページに行き当たり、ずらっと並んだ他のサイトへの入口を軽く見ただけでやり過ごそうとしたアキラは――気になる単語を見つけて思わず眉を顰めた。

「……『ワヤヒカ』……???」

 表示されているリンクページは、各サイトのバナーの横にサイト名と管理人名、そして一言のみのサイト説明が書かれているものだったが、他に「プロ棋士」とか「棋戦」とか耳に馴染む言葉が並ぶ中、ひとつだけ「ワヤヒカ」とカタカナで暗号のような言葉が記されているサイトがある。
 ワヤヒカ。ワヤヒカ。アキラは何度か口の中で呟き、その言葉を発するたびに生まれる違和感と符合感にますます表情を歪めた。
「ワヤ……ヒカ……」
 試しに言葉をふたつに分けた時、なんだかその理由が分かってしまったような気がして、アキラはごくりと唾を飲み込む。
 そうして、意を決してそのサイトに乗り込まんとバナーをクリックした。






予想通りの展開になりました。
アキラさんあらゆる意味でサイアクだ……