かくしてヒカルの誕生日当日。 「……すげえな」 和谷が呆れたように呟いた。 事務局に呼び出されたヒカルは、アキラの予測通りのことが起こったことを知らされ、対局が終わってうろついていた和谷と冴木を引っ張って事務局へ伴った。 棋院付けで届けられたヒカルへの誕生日プレゼントが段ボールに二箱ほど。その他、箱に入りきらない大きなものがいくつか脇に添えられている。 「これは去年の塔矢くんクラスだね。持って帰れるかい?」 事務局の職員が苦笑いしながら箱を指す。ヒカルはう〜んと曖昧に首を捻り、どうしたものかと和谷と冴木を振り返った。 和谷はともかく、規模は違えど同じ経験のある冴木は、ぽんぽんとヒカルの肩を叩いた。 「とりあえず、持って行くならある程度中身を選定したほうがいいぞ。手作りものは申し訳ないけどやめたほうがいい。何が入ってるか分からないからな」 「冴木さん、コワイこと言わないでよ……」 「はは、でも用心したほうがいいからな。和谷、お前そっちの箱持て。空いてる部屋で仕分けしよう」 「うええ、屈辱だぜ。進藤宛のプレゼント運びで肉体労働かよ」 事務局に微かに笑いが広がる。三人は手分けしてプレゼントを担ぎ、使われていない対局室まで運び出した。 それから冴木の指示に従い、簡単に中身を確かめていく。 綺麗なラッピングはどれもこれも過剰包装で、解いて行くだけで一苦労である。 色とりどりのリボン、それから可愛らしいカードに書かれたおめでとうのメッセージ。封筒に入れられた手紙も多い。ひとつひとつ、どの手紙がどのプレゼントのものかきちんと確認する余裕はなかった。 「面倒なら全部捨てるって手もあるけど、どうする?」 「でも、それだと贈ってくれる人に悪いから」 「進藤らしいな。塔矢なんかはあらかじめ事務局に始末を頼んでるらしいぜ」 へえ、と何でもないフリをして相槌を打ちながら、ヒカルは内心肩を竦めていた。 ――アイツ、いつも手ぶらだと思ったらそういう訳か。 アキラはそういうところは恐ろしくきっぱりしているから、何を言っても無駄だろう。ヒカルからもらったものなら道端の石ころでも喜ぶだろうことが分かるだけに、彼にプレゼントを贈る女性たちが不憫だった。 もっとも、他の誰かからもらったプレゼントを嬉しそうに持って帰って来るアキラなんか見たくはないけれど。 (……と、このプレゼント、アイツにはNGか……?) なるべくアキラの目につかないようにしなければ。ヒカルは嫉妬深い恋人の不機嫌な顔を想像して肩を竦めた。 「んー、結構あるな、手作りお菓子。可哀想だけど、まとめて捨てるしかないな」 「すげえよな、雑誌に載ったってだけでどんなヤツかも分からない男にせっせとお菓子作るんだもんな。俺、ちょっと怖くなってきた」 「ファンは大事にしたほうがいいけど、あまり構いすぎると痛い目見るから気をつけろよ」 「冴木さん、経験者は語る?」 「馬鹿言え」 冴木と和谷のやりとりを何処か他人事のように聞きながら、ヒカルは時折出てくる時計などの高価なプレゼントに顔を顰めていた。 自分がしても似合いそうもない、高級な時計やブレスレット。普段見慣れない有名ブランドのロゴに微かな目眩を感じる。和谷の言う通り、顔しか知らない男にこんなものを贈る女性たちが空恐ろしくなる。 「……とりあえず持って帰るけど、まとめてどっかに寄付とかしようかなあ……」 「懸命だな。マトモに考えれば考えるほど、重くなるだろ」 「冴木さんもこんなのもらってた?」 「こんな数で来たことはないけど、何度かな。嬉しいって思う前に身構える気持ち、分かるよ」 俺たちは芸能人でも何でもないけど、でも顔を売る商売でもあるんだ―― ヒカルは複雑な表情で冴木をまじまじと見た。 冴木のどこかさっぱりとした涼しげな目は、ヒカルに自覚を促しているようだった。 いつか慣れる。これが当たり前に思える日が来てしまう。 だから面倒なことに目を逸らしちゃいけない―― 「……俺、事務局に頼んで残ったやつ俺ん家に送ってもらう」 「そうだな。その後はお前の好きにするといいさ」 「ありがと、冴木さん、和谷」 ヒカルは吹っ切れたように笑ったが、これで全ての問題が解決したわけではなかった。 プレゼントの仕分けも終わり、ヒカルが事務局に荷物を送ってもらうよう頼んだ後、いざ棋院を出ようとロビーに辿り着いた三人はガラス越しの外の景色に息を飲んだ。 冴木が咄嗟にヒカルを背中に隠し、一旦奥へと追いやる。 「……どう考えてもお前待ちだな。どうする? 裏から出るか?」 棋院の自動ドアを囲むように、二、三人の女の子グループがいくつか固まって待機していた。ちらりとしか見えなかったが、何か手に持っているのはヒカル宛のプレゼントかもしれない。 一般の人でも自由に出入りできるはずの棋院の前で、彼女達が中に入らず待っているということは、ロビーにたむろしているのを注意されたのだろうか。 黒山の人集り、というほど押し寄せている訳ではないが、数えれば十数人はいるだろう。このまま外に出て、囲まれるのは厄介かもしれない。 時折出待ちの女の子にサインや握手を頼まれることはあっても、これだけの人数を相手にしたことはない。ヒカルは彼女たちをうまく捌ける自信もなく、冴木の案に同意することにした。 「そうだね、裏から……、」 言いかけて、冴木の影からちらりと様子を伺ったヒカルは、女の子たちの中に見覚えのある姿を見つけてはっとした。 「あかり」 思わず呟いたヒカルを、冴木と和谷が振り返る。 「知り合いが?」 「幼馴染なんだよ。アイツ、何やってんだ」 目を凝らしてもう一度確認するが、間違いない、あかりだ。 何もあかりまで棋院の前で待っていなくても――ヒカルは自分の携帯電話を確認したが、あかりからのメールも着信もない。約束もなしにやってきて、ファンの一部と同化しているとは。ヒカルは小さく舌打ちする。 「まさか、彼女か!?」 和谷が血走った目で詰め寄るので、ヒカルも全力で否定した。 「違うって、マジでただの幼馴染! 近所に住んでんだ。馬鹿だなアイツ、俺ん家に来れば――」 そこでヒカルは口を噤む。 たとえあかりがヒカルを待ってヒカルの家を訪ねたとしても、ヒカルはこの後アキラの家に行ってしまう。 ヒカルとあかりが会うことはない。 (……あかり) 「で、どうするんだ? その子」 冴木に尋ねられ、ヒカルははっと顔を上げる。 「え? あ……、たぶん俺に用事があると思うから、ちょっと行って来るよ」 見てしまったからには放っておけない。 一歩踏み出しかけたヒカルの肩を、冴木が押しとどめるように掴んだ。 「よせ、囲まれた上にあの子との関係を勘ぐられて大変だぞ。待ってろ、俺がここまで連れてくるから。どの子だ?」 「え、えっと、あの端っこの……髪まとめてるヤツ。黒いスカートの」 冴木は頷いてヒカルの肩を叩き、ここから動くなと念押しして、身を翻した。 |
雑誌の影響力って実際どのくらいなのかなあ。
今回冴木さんたくさん書けて嬉しかったです。