TEENAGE EMOTION






 放課後の会議室は殺気立っていた。

「花壇が広いから全校生徒で整備するなんて理由にならない。緑化委員で手に負えない花壇なんて潰すべきだ!」
「お偉方の視察に合わせて花壇の拡大を推奨したのはどっちだよ! 広げるだけ広げておいて、後は緑化委員に押し付けるなんて筋が通らねえだろ! もう予算だって組んでんだ、手が足りないなら全員でやるしかねえじゃねえか!」
 会議机を挟んで立ち上がり、喧々諤々喚きあう少年たち。
 彼らの横にはそれぞれずらりと制服をきた少年少女が並び、各自胸に「○○委員長」なる記章をつけている。
「粗野な言葉遣いだな。これだから進藤派の連中は嫌なんだ」
 ぼそりと脇から呟かれた言葉に、花壇を潰すべきだと主張していた少年に噛み付いていた少年が振り返った。
「なんだと、てめえ!」
「怒鳴らないでくれ。これじゃ会議にならない」
「ホント、やかましい人」
「まるで野性の猿だな」
 ぎりぎりと歯軋りする少年の対面に並んだ生徒たちは、一様に冷めた目で彼を一瞥する。
 怒りに燃える少年の胸には、「体育委員長・和谷義高」と書かれた記章がつけられていた。
 一方、和谷と同じ机の側に並んでいる生徒たちは、和谷のように怒りで顔を真っ赤にしているものや、憤る和谷を心配そうに見上げているもの等様々であるが、和谷に対して好意的な様子であることは間違いなかった。
 週に一度行われる放課後の生徒会会議は、こんな光景がすっかりお馴染みになってしまっていた。
 長机を隔てていがみ合う生徒会の面々は、合計すると割り切れる人数にも拘らず、和谷側の生徒は7人、その対面の生徒は11人と不揃いに座っていた。
 どうやら彼らにとって、机のどちら側に座るかは重要なポイントのようだった。
「和谷、落ち着けって。座れよ」
 ふと、会議机の上座に座る金色の前髪を持った少年がのんびりした声をかけた。
 全員が一斉に彼を振り向く。
 和谷が座る並びの先頭に位置する彼の胸には「生徒会長・進藤ヒカル」と書かれた記章が輝いていた。
「もうじき学園祭だってのに花壇潰すわけにいかねーだろ。見栄えも悪いし。いっそ花壇整備も学園祭のネタにしちまうってのは? そうだ、クラスごとに花壇を区切って、綺麗にして、一般投票で順位つけるってのはどうだ?」
 生徒会長らしからぬ口調で彼はそんなことを告げ、会議室がにわかにざわめきだす。
 すると、そんな彼の隣で先ほどから無表情に委員たちの話を聞いていた黒髪の青年が、おもむろに口を開いた。
「受験前に面倒な作業を増やすことは感心しない。キミの奇抜なアイディアには毎度毎度感服するが、無意味な意見を出して面白がるだけならやめてもらいたい」
 淡々と告げた彼の胸の記章には、「副会長・塔矢アキラ」と書かれている。彼は和谷とは対面の生徒たちの並びの先頭に腰を据えていた。
 隣り合う生徒会長と副会長の間に、見えない火花が散った。
「無意味な意見だと? 何でも受験って単語出しゃ許されると思うなよ。大体学園祭はうちのガッコの宣伝のためでもあるんだ。それなのに荒れ放題の花壇晒してちゃ洒落になんねえだろ」
「学園祭は一時的なものだ。その時だけクラス分担で整備されたとしても、後に手に余るものだということに変わりはないだろう。ならば今のうちに処分を検討するのが妥当だと思わないか?」
「だったら今年度の予算割当てはどう辻褄合わせんだよ。お前が居残りでやるってのか」
「……会計で荷が重いというのなら、ボクがやっても構わない」
 会議室が静まり返る。
 張り詰めた空気に、取り残された生徒たちは居心地悪そうに肩を竦めた。
 生徒会長ヒカルは、厳しい横目で副会長アキラを睨みつけ、それからふっと鼻で笑った。
「どっちみち、予算を動かすなら校長と会計と、俺の承認が必要だ。副会長の分際で出しゃばれると思うなよ」
 ざわ、と会議室が揺れる。
 ヒカル側に並ぶ生徒たちはにやりと口元を緩め、アキラ側に並ぶ生徒たちは怒りを込めて口唇を噛んだ。
 しかしアキラはそんなヒカルの言葉に動じず、涼しい目でため息混じりに告げた。
「……つまり、頭の悪いキミに現状をもっと分かりやすく説明しなければならないということか。仕方がないからそれはボランティアで引き受けよう」
「なんだと!」
 ドン、と拳を机に叩きつける音が響く。
 一気に凍りついた空気の中、アキラの呆れたようなため息が静寂を破った。
「これでは話にならないな。……今日は解散しよう。後はボクと会長の話し合いだけで充分なようだ」
 その言葉を皮切りに、躊躇いつつもガタガタと椅子から立ち上がる音が響き始めた。
 生徒たちはそれぞれのボス的存在である会長と副会長を振り返りながら、そして敵対していた相手と牽制しあいながら、会議室を出て行った。
 最後に出て行った和谷が、ヒカルを振り返って拳を突き出した。ヒカルも拳を見せてそれに応える。
 そうして誰もいなくなった会議室に、二人だけがぽつりと座っている。
 かたん、と静かな音を立て、アキラが立ち上がった。彼は真っ直ぐ生徒たちが出て行った扉に向かい、大きな音を出さないように注意しながら鍵をかける。
 それから、ヒカルを振り返り、先ほどとはがらりと変わった穏やかな表情で微笑んだ。
「ああいう言い方はよくない、進藤。みんなが興奮するだけだ」
「だってよ、ちょっとしたパフォーマンスみたいなもんじゃん。お前だってノッてたくせに」
「売られた喧嘩を買ったまでだよ」
「なんだよ、最初に喧嘩売ったのお前じゃん」
 軽く笑った黒髪の副会長は、扉から離れてゆっくりと生徒会長の元へ歩いていく。
 再びその隣に腰を下ろすのではなく、目の前で足を止めた彼は、金色の前髪にそっと手櫛を差し入れた。それは酷く優しい仕草だった。
「……パフォーマンスが必要だろう?」
「……ひでえヤツ」
 二人は笑い合い、それから少しだけ目配せし合って、やがてひっそりと口唇を重ねた。
 海王学園高等部、生徒会長進藤ヒカルと副会長塔矢アキラ。
 学園中の生徒の誰もが犬猿の仲と信じて疑わないこの二人は、実は人目を忍ぶ恋人同士であった。




 ヒカルとアキラが生徒会長・副会長を務めるこの海王学園では、生徒たちの間で二人の人気が二分し、そのまま大きな派閥となっていた。
 すなわち、ヒカルを指示する進藤派と、アキラを指示する塔矢派である。
 そもそも海王学園では、立候補者を募って投票を行う他の委員の選抜方法とは違って、生徒会長と副会長の椅子だけは完全な他薦方式を採用していた。
 実力のない立候補者を作らないための措置として始まったこの全校生徒による会長選挙が、いつしかこの学園の伝統的な人気投票として定着していた。
 今期の生徒会長として選ばれた進藤ヒカルは、偏差値の高い海王学園にスポーツ推薦で入学したちょっとした異端児であった。
 大企業の跡取り息子や社長令嬢の多いこの学園で、特に金持ちでもなく頭が良いわけでもない、姿格好が派手で言動の目立つ彼の存在は、小さくなりがちな庶民層に特に親しまれていた。
 一方副会長に選ばれた塔矢アキラは、世界に名を馳せる塔矢グループの御曹司で、容姿端麗成績優秀、品行方正冷静沈着と四文字熟語をずらりと背負う今期会長の大本命であった。
 そのアキラが、僅差でヒカルに競り負けた波乱の会長選挙以来、彼らをそれぞれ支持する生徒たちは勢力を二分して、事あるごとにぶつかり合っていたのである。
 その巨大派閥の頭領として仕立て上げられたヒカルとアキラは、当然のように敵対していると誰もが思っていた。実際、生徒会の会議では常に意見がかち合い、棘のあるアキラの言葉に腹を立てたヒカルが会長の権力を振りかざして黙らせるという光景がしょっちゅう見られた。
 そんな二人が恋人同士であるということは、学園内の誰も知らない衝撃事実であった。






初めての学園ものです……
書き上げてから思わず「く…くだらねえ…」と呟きました。
どうせならとことんやろうと思って変な設定ばかりを肉付けし、
いかにもな単語をたくさん出して読み返すのも困難な有り様。
「進藤派」とか「派閥」とか「御曹子」とか出て来る度に吹いちゃって、
なかなか校閲進みませんでしたホントに……
あの、真面目に読むと損するのでそういうものだと思って読んで下さい。