宇宙はダメ、岩山もダメ、滝に落ちるのももちろんダメ。外で長く並ぶものは基本的に却下。海風は冷たいから風邪を引く―― 「お前なあ、それじゃほとんどダメじゃん」 呆れたようにヒカルに文句を言われても、アキラは頑として首を縦に振らなかった。 そもそもああいった騒々しいアトラクションは苦手なのだ。三年前に無理をしてボロボロになりながらもヒカルに付き合ったのは、とにかくヒカルからの好意を余すところなく受け止めたかったからで。 恋人となって数年経過し、いくつかの試練を乗り越えて対等に付き合えるようになった今、嫌われたくないなどと不毛な理由で遠慮をする必要は一切なかった。 「んだよー、前は平気だ! 一緒にいられるだけでいい! なんて調子のいいことばっか言ってたのにさ〜」 嫌味たっぷりにヒカルに言われた時には若干アキラの眉が揺れたが、表向きは平然としてきっぱりノーを繰り返した。 「人ごみを歩くだけで充分疲れるんだ。更に疲れることもないだろう? その場で雰囲気を味わうだけでも充分だと思うよ」 「あーあ、せっかくだからまたスプラッシュマウンテンで写真買いたかったのにな〜。あ、前の写真俺ちゃーんと持ってるもんね、逆毛おかっぱ! 引っ越す時持って行くから壁に貼っていい?」 「ボクの部分だけ切り取って処分しろ!」 アキラが譲らなかったこととチケットが一枚ずつしかないこと、そして前日のヒカルの仕事が遅くまでかかりそうなことを考慮して、二人は午後からのんびりと、隣接する二つのテーマパークのうちあまりアトラクションにガツガツせずとも雰囲気を楽しめそうな、海沿いのパークに出かけることを決めた。 ヒカルとしては不本意だったようだが、アキラは内心ガッツポーズである。何しろ前回酷い目に合わされたアトラクションの大半はもうひとつのパークに存在している。あの山々さえ封じてしまえば随分と精神的に余裕が生まれるというものだ。 それに、もうお互いにあの頃のような少年ではない。成人まであと一年、世間的には充分大人の部類に見られている青年なのだ。それを子供のようにはしゃぐだなんて傍目にも恥ずかしいのでは――アキラのこの説にはヒカルはきっぱり異論を唱えたが、確かにタイトな日程になりそうだからと、これらの提案を呑むことを約束してくれた。 最初は少しだけごねて、最後はすんなり受け入れる。本当は初めから全て言うことを聞くつもりだったくせに――さりげない甘やかし方が上手になった恋人に、昔の面影を重ねてアキラは一人想いを巡らせる。 あんなに子供っぽかったのに。 呟けば、しばらく忘れていた切ない胸の軋みが甦ってくるようで。 あれから三年も経ったのだと思うと、当時とは随分変わった自分たちの関係が、遠くまで来たのだなと感慨深く心を揺らす。 多分、あの頃の二人の形もまた幸せだったのだ。 ただひたすら恋に迷い、自分が世界で一番苦しんでいると錯覚していたあの頃。 周りを見なくても許された。 欲しいものだけを追いかけていられた。そんな自分を恥じなかった。 あの一生懸命さが、思い出すたび少し苦い。 ヒカルに自覚はなくとも、たしかに存在していた二人の間の絶対的な温度差は、良くも悪くもアキラの中で特別なしこりになっていた。 それを決定付けた場所に二人で行くということは、実は相当に勇気のいることだった。 ヒカルは知らないままだろう。いや、知らなくて良いのだ。あの時の笑顔のまま、できれば知らずにいて欲しい。 寒さを忘れて立ち尽くした門の前。一人で泣いた冬の夜。 三年経って、愛しい人と共に在る喜びが身に沁みる。今が幸せだからこそ、過去の孤独がより色濃く影を引く。 切なくて少し淋しい、大切な思い出なのだ。 思い出すだけで、じんわり瞼が熱くなるくらい。 *** 「おー、相変わらず人いっぱいいんなあ」 パーク入り口に降り立ってすぐに広がる光景にデジャヴを感じ、揚々と人の群を見渡すヒカルの隣でアキラは微かな目眩を起こした。 空は晴天、綿を小さく千切ったような頼りない雲がちらほらと見えるだけで、日差しは眩しいくらいだった。 しかし吹き付ける風の冷たさはやはり冬のそれで、うるさくヒカルの服装に口を出してマフラーを巻かせたのは正解だったとアキラは横目でヒカルを伺う。 ヒカルがそんなアキラにちらりと視線を寄越した。ふいに目が合うと、もう何度も見詰め合った仲だというのに胸がひそやかに高鳴るのが悔しい。 ヒカルはにっと笑い、行くぞ、とアキラに念を押した。 苦笑したアキラは頷いて、足取りの軽いヒカルの後をゆったりとした大股でついていく。 自分たちのような年齢の男二人が連れ立って歩くのは不自然ではないか、との心配は杞憂に終わった。一度中に入ってしまえば、昔と変わらない華やかな世界が人々の意識を虜にしている。 これだけ多くの人たちが、楽しさを求めて広い敷地に集っている。見渡す限り笑顔ばかり、音楽が溢れる賑やかな大通り、仄かに水のニオイが近付いて来る中、キャラクターの顔をした風船がにこにここちらを見下ろしていた。 駆けて行く子供たちだけでなく、自分達よりも年上の大人の姿も多かった。男女だったり、友達同士のようだったり、家族連れだったり……あらゆる人が存在しているのに、すれ違う人にほとんど意識を払わない自分がいることにアキラは気づく。 誰も周りのことなんか気にしやしない――前にも同じようなことを考えたなと、目を細めてクリスマスカラーに彩られた仮想の街を眺めていた。 あの時訪れたのは夜だった。今は太陽の下ではっきりと建物が輝き、光る水面に聳える火山、正面からはっきりと姿を見たのはこれが初めてでアキラは小さく息をつく。よく出来ているな、と呟いた。 変わらないシルエット。懐かしい景色を見渡していると、隣のヒカルが嬉しそうにアキラの様子を伺っていた。 あの頃よりも随分大きくなった自分達は、顔を見合わせる視線がぐっと高くなってしまっている。 今日ここに来たのも車を使った。すっかり慣れたヒカルの運転で、当たり前のようにアキラが助手席に座って。以前来た時は電車を乗り継いでここまでやって来たというのに。 本当に年を取ったのだ。ぴったり三年、十九歳になったばかりのアキラは、懐かしい異国の気配にしみじみと微笑んだ。 |
たぶんこの二人、前回ネズミから少なくとも15センチは
身長が伸びたんじゃないかと思います。
さすがに19歳なので、コースもしっとりめで。