時の色






 しかし、張り切ってやってきたとはいえ、かつてアキラが騙されて乗った大半のアトラクションは禁止令が出されているため、目標となるものが何もない。
 とりあえず遅い昼食でも取ろうかと、目についたイタリアン中心の店に入って確保したテーブルの上で、ヒカルが入り口でもらったパーク内の地図を広げた。
「レイジングがダメならさ、せめてインディ・ジョーンズは? これくらいならお前だって大丈夫なんじゃねえ?」
「飛ぶ、揺れる、振り回されるのは全部却下だ。そんなに乗りたいならボクは外で待ってるから、キミ一人で行って来い」
「意味ねえだろそれじゃ! ったく、ここまで来て食って終わりってのもつまんねえじゃん」
 昼食時からは随分時間がずれているというのに、店の中は客でいっぱいだった。相変わらず人の多いところだとアキラはげんなりしつつ周りを見渡して、それからヒカルが睨んでいるパークの地図を渋々一緒に覗き込む。
 アキラはアトラクションの案内を読みながら、より刺激が少ないと思われるものを提案する。
「ホラ、これなんかどうだ、安全そうだろう」
「お前な、さすがに俺らみたいな男二人で船乗って人形見てんのは引くぞ?」
「じゃあホラ、この電車みたいなものなら」
「あっちからこっち行って終わりじゃねえか! なんかさあ、せっかく来たんだからもうちょっと満喫できるもん乗ろうぜ〜」
 消極的なアキラに対して呆れた顔を見せながら、ふとヒカルの目線が地図上のある一点で止まる。何を見つけたかとアキラがその場所を追う前に、ヒカルは地図を手早く畳んでしまった。
「進藤?」
「いいとこ見つけた。あれ行こう、あれならお前も気に入る」
「あれ?」
「うん、あれ」
 あれ、と代名詞だけ口にしてアトラクションの名前を言わないヒカルを細目で見据え、アキラはヒカルの顔色を探った。
「……あれって何だ?」
「んー? なんか古いホテルの中見学して回るツアーアトラクションだよ。お前、なんか古くて小汚さそうなの好きじゃん」
「小汚さそうって……、遺跡を見るのは好きだけれど」
「そうそう、そのイセキ! そういうの見るやつ!」
 ぴんと立てた指をびしっとアキラの目の前に持ってきてにっこり笑ったヒカルの目に、含みがあるようなないような――アキラは疑いの眼差しを向けたが、食事が終わるや否やヒカルが座席から立ち上がり、追求する間もなくアキラの腕を引いた。
「おっし、行くぞ! ぼーっとしてたら日が暮れる!」
「ちょ、ちょっと待……」
 食べたばかりだというのに、腕を引っ張られたまま全力で走るヒカルに引きずられた。店を飛び出し向かって左、パーク中央に作られた人工の海をぐるりと沿って。
 この時点で、食事直後にすぐ乗ろうと言い出すのだから、それほど揺れたり飛び上がったりするものではないのだろうかと愚かにも安堵してしまっていたのだ。
 アキラは気づいていなかった。三年前にこの場所に訪れた時には、パーク中央からも充分姿が拝めるほど高く聳えるホテルがまだ建設されていなかったことを。
 走らされたまま何とか辺りを見渡すと、景色ががらりと雰囲気を変えていた。昔映画で見たような古き良き時代を思い起こさせる建物や看板をのんびり眺める余裕もなく、急ぐ必要もないのに息を切らせて走る。
 時々ヒカルが振り返って悪戯っぽく笑うのは、やはり何か企みがあるのだろうか。そんなことを思いながらも、腕を掴むヒカルの手を振りほどこうという気が起こらない。
 こうして振り回されるのは嫌いじゃないのだ。いつだって振り回されてここまで来たのだから。
 時々本当に突拍子のないことをしでかすけれど、彼の笑顔の先にはいつも素敵なことが待っていた。大人の顔になった今でもそれは変わらない。
 ――だから、もう大抵のことには驚かないんだ。何度彼のビックリ箱を開かされたか分からない。
 寧ろ今では、この刺激が心地よいのかもしれない。今度はどんな不意打ちで、自分を楽しませてくれるのだろうかと――




 ……前言撤回。



 アトラクションの出口から出てきてずっと、腹を抱えて大笑いしているヒカルを取り残し、ずんずんと歩くアキラは無言だった。
「おーい待てよ〜、やっぱ写真買わねえ? ヒー腹イテー」
 確かにヒカルの説明は嘘ではなかった。文化的に価値があると言われるホテルの内部を見学し、そこに遺跡らしきものがちらほら展示してあったのも本当だが、最後に落とされるだなんて一言も説明がなかった。
 妙だと思ったのだ――エレベーターだと言われて座らされた座席に、やけに頑丈なシートベルトがあるのだから。
 おまけに地上三十八メートルから落下と上昇を体験させられた挙げ句、またも写真を取られる仕組みになっていたらしく、出来上がった写真はそれは酷いものだった。
 事態についていけずに顔は無そのものだったが、黒髪が宙に乱れて無重力空間に漂っているかのようだった。それを見てヒカルがイソギンチャクイソギンチャクと馬鹿にしたのが追い討ちだ。
「そんな怒んなよ〜、面白かったじゃん」
「どこがっ……」
 思わず振り向いて怒鳴りかけると、ヒカルの顔の前に四角い小さな物体が構えられている。あっと思う間もなくヒカルがシャッターを押し、カードサイズのデジタルカメラがジーと音を立てた。
「うおっすげえ仏頂面! イイ男台無しじゃん」
 液晶画面に納まったアキラの顔を見てへらへら笑うヒカルから、デジカメを取り上げようとアキラが手を伸ばした。それをヒカルがひょいと躱す。
「待て、進藤! 消せ!」
「やだね、記念にとっとくもんね〜」
 イベント先でも持ち歩いているというデジカメをジャケットのポケットに隠し、歯を見せて笑うヒカルにアキラも降参した。
「……もう、頼むから危険な乗り物はやめてくれ……」
「だってお前、飛ぶのと揺れるのと振り回されるのはダメっつったけど、落ちるのはダメって言わなかったじゃん」
「どうしてキミはそういう時ばっかり口が回るんだ」
 ヒカルの笑顔は満足げだった。






とりあえずお約束は押さえてみました……
私コレ乗ったことないので写真のタイミングが
よく分からないのが微妙ポイントです……