翌日。 まだ春先ということもあって早朝はかなり冷え込んでいる。そんな冷たい空気すら清らかだと感じて、マイクロトフは心地良い目覚めを迎えた。 手がかじかむような水で顔を洗い、居住区から講堂へ移動する。まさかそこに人影があるなどとは考えてもみなかったので、一瞬ぎょっとした。その男は紛れもなく、昨晩置き去りにしてきたカミューだ。 「まさか一晩中そこに?」 カミューは珍しく、自ら進んで祈りを捧げている最中だった。 「いや、まさか。ちゃんと自宅に戻りましたよ。マイクロトフの顔が見たくて、こうして早起きしてきたのさ」 女癖が悪いと聞いていたが、意外に一途な面もあるな。それともこれすらも獲物を胸中に誘い込む手管であろうか。 マイクロトフも横に並び、朝の祈りを簡単に済ませてからカミューと向き合った。 「マイクロトフ神父…どうやら私は、心底あなたのことを愛してしまったようです」 「隣人を愛せよ…人を愛することは素晴らしいことだ」 「昨晩はあの後、ずっとあなたのことを考えて自慰していました」 「それこそ、ありのままの人の姿だろう。恥じることはない」 「告白します。私は今まで数多くの女たちと寝てきました。愛のないセックスを沢山しました」 「懺悔ならば部屋を移ろう」 「いえ、このまま聞いてください。あなたの姿を見て言いたいのです」 「いいだろう、汝の迷いを聞こう」 「私の心は燃えるようにあなたに恋焦がれています。あなたの乱れる姿を見てみたいのです。私に抱かれるあなたを見てみたいのです」 「神は汝を赦すだろう」 「…」 カミューは押し黙ると、じっと目を見つめてきた。 昨日までの野生の獣のような目ではなく、慈悲に縋ろうとしている子羊の目であったが、マイクロトフは一瞥して鼻でせせら笑った。その蔑みにすら身震いし、カミューはうっとりする。 「どうか、私を救ってください」 「神は何人も平等に救うだろう」 「私を救えるのは神父様だけです」 「祈りを捧げるんだ。きっと神は応えるだろう」 ふぅと溜め息を吐き出して、カミューはくるりと踵を返す。また来ます、そう言い残して。 その言葉通り、それから毎日カミューは早朝と夕方に必ず現れた。この時間帯を選んだのは、邪魔されるずにマイクロトフと二人きりになれるからだろう。それは愛しい人の元に通うというより、むしろ何かに取り憑かれているかのような狂信ぶりだった。 毎日、毎日、カミューは教会に通った。 いつかマイクロトフが自分に振り向いてくれると信じて。 また来ている。 マイクロトフはうんざりしていた。 カミューが全く女たちに手を出さなくなったのは良いことだが、こうも教会に通われると不気味になってくる。最初のうちはそれこそ口説こうとしてカミューは話し掛けてきたが、今では無視されることにも恍惚とした表情を浮かべて、教会の隅に佇んでいるだけなのだ。 一挙手一投足も余すことろなく観察するカミューの視線。 そろそろ罪を赦す頃合だろうか。 夕方、村人たちが居なくなるとマイクロトフは数日ぶりにカミューに視線を合わせた。 「カミュー、お前は毎日この教会に通い、心を悔い改めたことだろう。こちらに来い」 ふらふらと引き寄せられるようにカミューはマイクロトフの傍に来るなり、その足元に跪いた。うやうやしく黒装束の端を両手で持ち上げ、キスをする。 「今の気持ちを、正直に言ってみろ」 「マイクロトフ神父の×××を口で咥えてしゃぶりたいです」 「…」 全く反省の色なしだ、この男は。 まさか毎日教会に通い、そんなことばかり考えていたのだうろか。 救いようもない色情魔だ。 「お願いします、私にしゃぶらせてください。どうか、どうか」 狂っている。 カミューはマイクロトフの腰に抱きつくと、装束の上から股間に頬擦りしてきた。我が子でも愛おしむかのように何度も顔を摺り寄せる。 「かわいそうに…道を見失ったのか」 「もうマイクロトフ神父の見返りは期待しません。どうか、私にご奉仕させてください。頭がおかしくなりそうなんです。毎日、毎日、あなたを見ているだけで体が疼いて」 自慢の亜麻色の髪を振り乱して、カミューは形の浮き上がってきたそこを布の上から口に咥えた。 「カミュー、お前の気持ちはわかった。だが、俺には神がいる」 村の美丈夫をこんなに狂わせてしまったのは自分か。 少しやつれた頬を撫でてやると、ますます激しくカミューは頭を動かした。 やりすぎたか。 カミューのこの性癖は生まれついてのものだろう、これ以上の改心はマイクロトフにでもできそうもなかった。 カミューの体を押し戻そうとすると、強い力で祭壇の上に押し倒される。盛りがついた雄犬のように、マイクロトフの下肢をまさぐり自分の雄を押し付けたきた。 「お前はそんなに俺の体が欲しいのか?」 「ほ、欲しい!マイクロトフ、私に慈悲を。×××の先だけでもどうか舐めさせてください」 色に狂った鳶色の目。 彼もまた、哀れな子羊なのだ、赦しを与えなければ。 「きっと神ならば…子羊には右手を差し伸べる」 白い手がカミューに差し伸べられると、夢中でその指をしゃぶった。その行為に快楽を覚え、カミューは欲を解放してしまった。じっとりとズボンの前が濡れていく。 女たちがみれば、さぞガッカリする姿だろう。 「カミュー、今日は泊まっていけ。そんななりでは帰れんだろう」 唾液でベトベトになった手を引き抜くと、その手で彼の頬を撫で回した。乱れた髪の毛が頬に張りつき、ますます彼は狂人じみて見える。 「今のお前には安息が必要だ」 「泊まることはできません。マイクロトフ神父と同じ屋根の下に居ると思っただけで、興奮してしまいます」 ほらと、カミューはマイクロトフの手を誘導し、再び膨らみかけた股間を触らせた。 「…ふっ…あぁぁ…マイクロトフ神父…」 触れられただけで激しい電流が体を駆け巡るようだった。カミューはズボンの前を広げると、勃起しかけているそれをマイクロトフの手の平に押し当て、激しく腰を揺らした。 「お願いします、私の性器に慈悲をください」 人とはこのように変れるものなのか。 恐ろしい。 そうしてしまったのは自分か。 「落ち付くんだ、カミュー」 「いえ、もぉ、もぉっ!」 「カミュー、お前の心は悪魔に取り憑かれている。よく聞くんだ。毎朝、井戸の水でその身を清め、汚れを祓え。それ十日続ければ、お前に慈悲をやろう」 「ほ、本当ですか!?」 冷たい清めの水は頭をスッキリさせてくれる。きっとカミューも改心するだろう。その前に逃げ出してしまうかもしれないが。 神よ、迷える子羊をお救いください。 カミューは再び昇り詰めると、マイクロトフの手の中に射精した。それも嫌な顔一つしないで、マイクロトフは受け止める。 身を切るような冷たい水を何杯も体に浴びても、カミューは毎朝の禊をやめようとはしなかった。 これにはマイクロトフも感心して、そして呆れた執念だと思った。何故ならカミューは、改心するどころかマイクロトフの体目当てで冷たい水も我慢しているのだから。 「今日で九日目です」 頭からずぶ濡れになったまま、白い息を吐きながらカミューは言った。 まさか本当にやるとは。 これで改心したのならば言うこと無しだが。 「神はきっと、お前に加護をくださるだろう」 「私は神の加護なんて必要ありません。マイクロトフ、あなたの慈悲さえ得ることができれば…何でもする。だからどうか、あなたの体に触れさせてください」 あと一日が待てずに、カミューはマイクロトフの足元に縋りついた。靴にまでキスし、裸のままで許しを求めている姿は、同じ男として情けない。 いや、だが、神はこのような男でも見捨てはしない。 「神父様、いらっしゃいませんかー?」 講堂の方で女性の声がした。 マイクロトフは手にしていた綿布をカミューの肩にかけてやり、キスをやめさせる。 「救いを求める子羊が来たようだ。カミュー、早く着替えろ。風邪を引くぞ」 マイクロトフは優しく微笑みかけたつもりだったが、カミューからしてみるとこの上もなく淫靡な笑みであった。マイクロトフ自身自覚がないようだが、それは魔性の笑み。 「こんな早朝にどうされた?」 「神父様、どうか告白を聞いてください」 朝早くから来た女性は今にも泣きそうな顔だ。余程の事情があると見受けて、マイクロトフは懺悔室へと案内した。 やって来た女性は村一番の美人。最近、村長の息子と結婚したばかりのはずだ。その幸せ一杯の女が、今にも泣きそうな顔で教会に駆けこんで来る理由は…淫猥なものであった。 暗く、小さな懺悔室に入ると、まずはランプに灯りを。 「さぁ、告白を」 「えぇ、はい。実は、あの…私、先日結婚しましたでしょ?もちろん彼のことは愛してますし、毎日はとても楽しいのです。けれど、けれど、私ってば…」 マイクロトフはもそもそと足元で動く何かに気付いた。視線を下げると、何時の間にか忍び込んだカミューの姿がある。向こうからは顔の辺りしか見えないことをいいことに、カミューは大胆にも黒装束の中に潜り込んで、股間に顔を伏せた。 「!」 「実は…結婚する前、カミューと関係があったんです」 「関係というと…」 下履きの中から雄を引き出すと、カミューはキャンディでも見付けたかのように口に頬張った。やめさせようと肩に手をかけるが、がっちりと腰に手を回されて離れない。 「もちろん体の関係です。カミューとのセックスが忘られなくて…私、おかしいんです。夫のことをこんなにも愛しているのに、体はカミューを求めているんです」 「…それで」 「カミューの素晴らしいセックスといったら…あぁ」 うっとりと当時の様子を思い浮かべて、女は甘い溜め息をついた。 マイクロトフもそろそろと息を吐く。気を抜くと呼吸が荒げてしまいそうになるのを、必死で堪えて下半身に意識を集中しないように頑張った。 女が語るようにカミューの手管は手馴れたもので、相手が男だというのに、いや男だからこそ感じる場所を全て把握したように口を上下に動かせ、舌を幹に這わせた。手は下の生殖器をやわやわと刺激する。 「これは女たちの暗黙の了解ですが、みんなカミューとの不倫を望んでいます。今までは交代で上手くやってきたんです」 「こ、交代とは…」 「明日は誰と寝るのか、昼は誰、夜は誰、順番にカミューに抱いてもらっていたの」 「…望んで?」 「もちろんです」 どうやらカミューが淫乱な原因は本人だけでなく、この村の体質そのものにありそうだ。 一方的にカミューが悪だと決めつけていたが、これでは同罪ではないだろうか。 それにしても―――― 「…くっ…」 「神父様、どうなさいました?」 カミューの口と手の動きが早くなってきた。それに合わせて体中の血が逆流したように駆け巡っていく。神父といってもマイクロトフも男だ、こんなことをされて感じないはずはなかった。 「い、いや…何でも…神はどんな時でも…」 喋ると腹に入れている力で緩んで、ドクンと先からわずかに液体が飛び出したのがわかる。それをカミューは舐めて、もっと欲しそうに先端を舌で舐め回した。 「なんだか神父様に聞いてもらってすっきりしたわ。夫が目覚める前に帰りますね。セックスの後にベッドがもぬけの空だと、あの人も傷つくだろうし」 言いたいだけ言って、女はさっさと懺悔室から出ていった。扉が開いた時、外の光がカミューの姿を浮き上がらせたが、気付かれることはなかった。 「か、カミュー!なんてこと…ふっ…」 女が消えた途端、カミューはわざと水音を立ててしゃぶり始めた。 「や、やめ……カミュー!」 首を振っても体は言うことを聞かず、精液をカミューの口の中に吐き出した。 「カミュー、お前という奴は…そこから出て来い!」 少しでも同情したのが馬鹿らしくなってきた。 カミューがのそのそと黒装束の中から出てくると、狭い部屋の中で面と向かい合う。 「ふふ…」 笑うと、カミューの品の良い唇の端から唾液と混ざった白い液体がつぅと滴り落ちた。それが自分の吐き出したものと確認すると、マイクロトフはカァっと赤くなる。 「マイクロトフのおいしかったよ」 「お、お前!」 「だって、もう待ちきれなかったんですよ」 ゾクリ。 狂喜の目に見据えられてマイクロトフは怖気付いた。カミューを改心させるどころか、彼の中でまだ目覚めていなかったものを開花させてしまったらしい。 真性の色情魔。 このままここに居れば、もう手の付けようがなくなってしまうだろう。 身の危険を感じざるを得なかった。 「あぁ、その目。その目です…マイクロトフ神父のその目に見られると、堪え難い快感が体を支配するのです」 カミューは肩から羽織っていた綿布をばさりと床に落とすと、雄々しく反り立った幹をマイクロトフの前に突き出した。 「約束です、慈悲をください」 「まだ約束まで一日あるだろう!」 余裕なくマイクロトフは叫んで、カミューの腰を押し返した。 「一日…たった一日じゃないか」 「まだ一日残っている!」 「マイクロトフ神父!」 叫ぶカミューは今にも狂いそうに危うかった。けれどマイクロトフには、もう彼を救う手立てなど思いつきはしなかった。 逃げよう。 そしてカミューは精神科医に任せた方がいい。 |